4.

「ちょっとあなた! 何してるのよ!?」

「ん……ああ、わりいわりい」

「あなた、何で謝りながら私の胸を揉んでるのよ!?」

「ちょっと黙っててくれるか。今大事な時なんだよ」

「あなたが黙りなさい! というかまず手を止めなさい! むしろ死になさい!」


 千尋が顔を真っ赤にして身体をばたつかせる。しかし浩介はまるで気に留めない。


「せっかくのチャンスを無駄に出来るかよ。えーっと、確か親父の教えだと、下から掬い上げるように優しく……」


 ぶつぶつと呟きながら、浩介の手が千尋の乳房を底から優しく揉み上げる。


「あ……っ!? ちょ、ちょっと、んあっ、やめっ、んっく、こら……っ」


 千尋の声から力が抜けていき、徐々に艶っぽくなっていく。


「どうだ、気持ち良いか?」


 戦闘中ということを忘れているのだろうか、浩介は千尋の胸を揉み続けている。千尋の頬が朱に染まり、四肢がぐったりと垂れていく。


「あ、あなた、何でこんなに上手いの……あっ、ふあぁ……っ」

「あー、親父から聞いたことをそのまま実践してるだけだよ。初めてにしては上手く行ってるな。……それにしても……あんたの胸、とんでもなく揉みがいあるな。あと1時間くらいこうしてて良いか?」

「ば、ばか言わない……で……んんん……っ」


 千尋の身体がびくびくと震える。押し寄せる快感に打ち負けていることは明らかだった。

 千尋の胸をもみくちゃにしながら、浩介は「はて?」と首を傾げた。


「俺たち、何してたんだっけ……うおっ!?」


 浩介の疑問は一瞬で氷解する。

 天井に浮かんだ2つの黒渦から、刀を振りかざした敵が2人飛び出してきたのだ。心なしか目に涙を浮かべている。


「あぶねっ!」

「きゃあんっ!?」


 浩介は千尋を抱きしめたまま起き上がって2人の攻撃を避ける。リノリウムの床に2つの金属がぶつかって鋭い音が立つ頃には、浩介は既に立ち上がって壁に背中を付けていた。……千尋の胸を揉んだまま。


「あっ、ちょ、ちょっと、んあっ、なんで戦いながら私の……ふぅっ、んんん……っ」

「いやごめん、こっちに集中したくて。……中も良いか?」

「え……あぁんっ!?」


 浩介は千尋のブラウスのボタンを3つ程外すと、腕をクロスさせて右腕を左胸に、左腕を右胸に伸ばした。一気に下着の中にまで手を突っ込んだことで、極上の柔らかさを手のひらに感じる。


「ちょ、ちょっと!? 信じられない、あなた何考えて――ひゃあんっ!? だめ、そこ……ああぁっ!?」


 先端を指で摘まれ、千尋の肢体が艶かしく跳ねる。人差し指の腹で先端をぐりぐりと擦る度に、千尋の身体が激しくのたうつ。


「すげえ……何この柔らかさ。あと三時間くらいこうしてていいか?」

「なんっ……で、さっきより……伸びてる、のよ……っ、んぅぅぅ……っ!」


 浩介に後ろから抱きすくめられたまま、千尋の身体ががくがくと痙攣する。

 一体この2人はどこまで行くのか――と思ったところで。


『貴様らぁぁぁぁ!! 何をやっとるかぁぁぁ!!』

『あ』


 敵の2人が血の涙を流しながら絶叫したことで、浩介と千尋は我に返った。


「ふーっ、ふーっ、おのれらぁ……よりによって戦闘中にイチャつくとは……一体どんな狂った感覚を持っていたらそんな真似が出来るのだ……」

「それもこんな美少女と……っ!」


 片方から本音がダダ漏れている。我慢していた方が頭をはたいた。

 浩介は敵2人を見て、うんうんと頷いた。


「本当にすまない。この階の状況の説明はしなくて良いから帰ってもらっていいか? もしかしたらこのままイかせられるかもしれない」


 千尋が浩介を見ないままにビンタした。


「ぬがっ!」


 見ないでやったために、浩介の頬からこめかみにかけての妙な範囲に千尋の手のひらがヒットする。浩介が顔を押さえると、千尋はようやく離れることが出来た。


「変態……ごみくず……社会の澱み……」

「あんたもまんざらじゃなかったろ」

「う、うるさいっ。消し炭にしてやるわよ!?」

「その前に組み伏せて、めちゃくちゃにするぞ」


 千尋の顔が真っ赤になる。

 付き合ってもいないのにこんなやりとりをする2人というのは、傍から見ても奇妙そのものだし、本人たちもテンションが上がりすぎているのか、何が何だか分かっていないように思えた。


「き、貴様ら……っ、殺す……っ!」

「おい待て、生け捕りしなければ意味がないだろう。事を荒立ててどうする」

「美少女がどうとか言っていたお前が何を言うか!」

「何を!」


 何故か敵が喧嘩をしていた。


「何はともあれ、戦闘再開だにゃっ」


 腕を組んで格好つけようとした浩介の頬を、千尋が後ろからつまんだ。そのため語尾が急に猫のようになってしまう。


「はっはっは、どうした神条。胸を当ててるのはわざとか?」

「『火』『強』『強』『強』――目の前の色情魔を消し炭にしろ――」

「ぬわぁっ!?」


 浩介が慌てて逃げる。数瞬前まで浩介が居た位置が豪火に包まれていた。


「くっ、逃げたか……」

「なに敵っぽいこと言ってんだよ!?」

「良いじゃない。本当の敵っぽいのはどうやらただのかませ犬のようだし」


 浩介の態度よりも、千尋のこのさらりと発した言葉により敵の堪忍袋の緒が切れた。


「……許さん……! 殺しはしないが、思い切り痛めつけてやる!」


 敵2人が刀を取り出す。どうやら刀は印で生成しているらしく、鍔の所にうっすらと『刀』の印が見えた。


「我らは『闇』の印の使い手。この印を使う限り貴様らの攻撃が届くことはない!」


 敵の言葉に、千尋はふむと頷く。


「そうね、実際、神草……ううん、エロ草くんの攻撃も避けられていたし」

「褒め言葉はやめろよ」

「…………」

「うそうそ、殺す気で印を書こうとしないでくれ」

「しかし、厄介なのは事実ね……ん? ……あ」

「どうした」


 何かを閃いた顔をした千尋が、悪戯っぽい笑みを浮かべて浩介に顔を寄せる。手で口元を覆って浩介の耳元で何かを囁くと、浩介は見る間に顔を顰めた。


「……あんた、極悪だな……」

「戦闘中に人の胸を揉みしだく変態に言われるなんて心外だわ」

「……違いねえ」


 冗談を交わすと、2人は敵にくるりと向き直る。


「……やっぱこええんだけど」

「うるさいわよ、つべこべ言わずに行きなさい」

「これが終わったら、俺、あんたの尻を揉むんだ……」

「……おめでとう、あいつらの後は私との戦闘が決定したわ。2連戦ね」

「絶対あんたの方がつえぇじゃねえか……」


 するりと褒められて、千尋は自分の顔が熱くなるのを感じる。どうやら褒められ慣れていないらしい。

 浩介は頭をがしがしと掻いて、敵を睨みつけた。


「んじゃまあ、行くぞ。……『速』『速』『速』『速』『硬』『硬』――我が肉体よ、敵の悪意を打ち砕け――」


 浩介の四肢に『速』、そして両腕に『硬』の印が浮かび上がる。

 続いて千尋が、浩介の後ろに立った。


「『火』『強』『留』――背中に留まって、色情魔のリビドーを焼き尽くせ――」


 千尋が詠唱すると、浩介の背後にぴったり寄り添うようにして、燃え盛る豪火が形なきまま留まった。


「あっつ! あっつ! ていうか詠唱おかしくないか!?」


 背後で火が燃え盛っているので、当然ながらかなり熱い。


「仕方ないわね……『水』『弱』『弱』『弱』『膜』――水の膜よ、この変態を心持ち守れ――」


 浩介と豪火の間に、うっすらと膜が張る。噴水で見られるような、心もとない膜だった。


「なんで弱めたんだよ!? さっきよりはマシだけど、これじゃかなりきついぞ!? そしてやっぱり詠唱がおかしいだろ!」


 浩介の抗議に対して、千尋はつんと顔を逸らすばかりだ。


「……ったく、行くぞ」


 諦めた浩介は、ふっと力を抜いて、まるで気絶したかのように前に倒れこむと――顔が地面に着く寸前、ほとんど身体が床と平行になった状態で、リノリウムの床に足がめりこまんばかりの力で床を蹴った。

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