第02話 神様から説明。

 しゅぼっ! という効果音と共に視界が戻った。俺はすぐさま辺りを見回したが、しかしそこはもう純白の世界ではなかった。

 町だ。


 そして俺がいるのは広場。

 付近にはベンチや植込み、噴水まである。ぐるりとレンガ造りの三角屋根の民家が立ち並び、広大な石畳の通りが放射状に続く。更に彼方の高台には、天を貫かんとそびえる荘厳な建造物が視認できた。その幾つもの円錐塔の集合体は、まさしく城。

 それらは歴史の教科書か何かで見た中世ヨーロッパの景観に酷似していた。

 

 周囲を歩く人々においては、俺の乏しい語彙力の内で表すなら《RPGの村人》そのもの。

 ワァーオ……などと西洋ちっくに驚きながら他人事のように眺めていたのだが、よく見ると自分も似たような恰好をしている。麻糸で織られた簡素なシャツに、紺色無地のゆったりとした長ズボンと革のブーツ。憧れた騎士や勇者とは恐ろしく掛け離れてはいたものの、まさに《ザ・村人》な服装は俺の気分を高揚させるに十分だった。

 まぁ言うなれば、コスプレに興奮していたわけである。


「おぉ……」


 思わず感嘆の息を漏らす。ここが異世界。本当にそうである証拠は無いが、もう信じる外ないだろう。

 と、その時――どこからか声が聞こえてきた。いや、聞こえたというよりも直接頭の中に響いた、と言った方がより正確な表現かもしれない。


『あー……あー……ふむ、どうやら聞こえておるようじゃな。えー、もう多少の説明はしてあるが、もっと詳しく話すぞい』


 さっき会話していたばかりの相手の声を忘れるはずも無く、それがすぐに神様の声だと分かった。おい、テレパシーでマイクテストする奴とか聞いたことねぇぞ……。

 というツッコミを入れてみたものの、案の定こちらの心の声は向こうに届かないようで、何事も無く神様が淡々と続けた。


『まず、今お主らがいるのは、お主らにとっての異世界――アナザーワールドじゃ。そしてお主らには既に配布してある限られた資金を元手に、これから一年間そこで生活してもらう。

 独りだと流石にキツイかなーと思って二人一組で送り込んでおいたからの。多分ちょっと見渡せばすぐ見つかる距離にいるはずなのじゃが、まぁ後で探してみるがよい。……ちなみにそのパートナー以外のクラスメートとの距離は、それぞれ2000キロは離れておるからの』


 ほうほう……つまるところ、マジで二人だけで生き抜かなきゃならんのか。なんなのそのテレビ番組的企画。何金伝説? どうせならクラスメートじゃなくて、よゐこと組みたかったぜ……。

 という俺の不安など神様は知る由もないのだろう。僅かな間を置いて言葉を継ぐ。


『それでは少し話は変わるんじゃがの、ちょいと試してほしい事があってな。指で空中に《十字とそれを囲む円》を描いてみてはくれんか』


 何だよそれ……と思わず眉を顰めてしまったが、しかし右も左も分からない今、神様の言葉だけが頼りだ。よく分からんが取り敢えず指示通り、宙にサッサッサーと指を走らせた。すると――。

 ぱっと半透明な薄青の矩形が表示された。まるでパソコンのウィンドウのような感じの無機質な薄板。それが突如、視界の真ん中に現れたのだ。


「うおっ、何だこれ」


 咄嗟に後退ったものの、ウィンドウは俺との距離を保ったまま視界中央に変わらずあり続ける。と、さっきの驚声に答えるように神様が喋り出す。


『出来たかの? 出来たのなら、おそらく目の前には《ウィンドウ》が出ているはずじゃ。それがいわゆる【メインメニュー】。それがあるとかなり便利じゃから覚えておくと良い』


 神様は少し間をおいて、一つ軽い咳払いを入れてから言葉を継いだ。


『それともう一つ、この世界でも元の世界と同様、命を落とせばそれまでじゃからな。先ほど世界の狭間にて、わしは《何でも願いを叶える》と言ったが、一つだけこのわしにも不可能なことがある――。それは失われた命を蘇らせることじゃ。この世界で死ねば、それと連動して、元の世界――つまりリアルワールドで昏睡状態にあるお主らも死ぬからの。

 これから行うのは先にも言うたように、ただのゲームじゃ。本来ならば死んでいるはずのお主らの命を繋ぎ止め、生き残るチャンスを与えるためのな。しかしこれは夢でも幻覚でもなく、紛れもない現実。その事をしかと心に留めておくのじゃぞ。それでは健闘を祈るぞい』


 神様が語るだけ語ると、頭の中でぷつっと通話が切れるような音がした。しばらく耳を澄ましてみるが、何の音沙汰もない。

 えぇ~~……おいおい、もうちょっと何かあるでしょう。この世界がどういう所なのかーとか、どういう文化が根付いてるーとか……。


 いくらなんでも投げやりじゃないですかね? もうどれくらい投げやりかっていうと、陸上競技の種目ぐらい……ってそれは槍投げだろ、スパコーンッ! みたいなくっそしょうもないボケツッコミを思わずかましてしまうほど説明過少だった。

 と、その心の声が聞こえたわけでもないだろうが、再び脳内にザザッとノイズが走る。続く神様の声。


『おっと、そうじゃそうじゃ、一番肝心なことを忘れておったわい。一年間を無事に生き抜けた者には、更なる試練が待ち受けておるからの。簡単に言うと。その時点で残っている者を一旦全員集めて超デカいのと戦わせるつもりじゃから、そのつもりで修行に励むがよい。ではな』


 そして今度こそテレパシーが途絶え、それきり神様の声は聞こえなくなった。

 おっとー? 今すっごい不穏ふおんなこと言ってた気がするぞ? 何だよ超デカいのって。もしかして《めっちゃ刑事っぽい人》のこと? おいマジかよ、水谷豊とか出てきたらどうしよう。


 ……ってな感じで冗談を交えつつ茶化しでもしないと、現状を直視できなかった。たぶん真面目な話、ラスボス的な何かと戦わせられるのだろうと思う。修行とか言ってたし。

 きっと、そいつと戦うための準備をしておけ、という事なんだろう。

 どうすんだこれ。

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