第00話 プロローグ1
低く唸りながら、極太の金属棒が俺の脇腹を捉えた。空恐ろしいほどに重い一撃だった。
痛みを伴わぬ凄まじい衝撃に襲われ、身体が軋みを上げる。加速された意識の中で、世界の全てが色付いた横線となり景色が流れ――。
激烈な
「がっはあああ!」
背面を強打し、圧された肺の中の空気が悲鳴となって吐き出される。崩れた石片と共に、俺は湿った床へうつ伏せに倒れ込んだ。
相も変わらず痛みは無い。
しかし受けたダメージは決して消え失せたのではなく、可視数値化されて確かに俺の命を削っている。視界の左上端に固定表示されているHPバーが、四割以上も喪失していた。
また一歩、死の淵に近付いた。
突き付けられるその現実に、胸の奥を急速冷却されたかのようにぐっと体温が下がるのを感じた。
だが忘れてはならない。
こうして倒れている間も、敵に再度の攻撃態勢に入る猶予を与えているだけ。戦闘において、一秒とて無駄にできる時間など無いのだ。その思考に叩き起こされるように立ち上がった俺は、得物を体の正中線に構えて、再び視界に敵の姿を入れた。
身長およそ3メートル。俺よりもよほど大きな
その恐るべき巨漢がすぐ数メートル手前まで接近していた。あと半歩を進めば俺が敵の間合いに入る距離……。その事を意識した直後、ミノタウロスが高々と棍棒を振り上げる。
洞窟の各所に灯る
空気が震えた。
ズガァァァンッ!!
爆発的な大音響を轟かせ、凄まじい打撃が炸裂した。寸前、横への跳躍回避を試みた俺は直撃を免れる。
殺し切れぬ恐怖にぞわっと全身の毛が粟立つのを感じたが、しかしその一方で口元には微笑を滲ませていた。何故なら、それらの事象すべてが俺の目論見の
その時、棍棒を振り下ろしたミノタウロスの眼前で、パチッ、と微かな火花が弾けた。次の瞬間――。
壁面から水平方向に解き放たれた火柱が、その巨躯を一瞬で呑み込んだ。
ゴオオオオオオッ!! という唸る噴出音が、ミノタウロスの悲鳴と重なった。洞窟全体が明るく照らし出され、離れていてもちりちりと肌を灼く猛烈な熱気に、俺は思わず目を細めた。
トラップ。
それが影響を及ぼすのは、なにも人のみではない。その効果によってダメージを受けるのはモンスターとて同じことだ。予め罠の位置を把握しておいたのが、想像以上に功を奏す結果となったのである。
およそ十秒が経過した。焦げ臭さを残して火炎放射が収まったとき、ミノタウロスのHPバーは半分を割っていた。流石のヤツも、あれだけの猛火を真面に食らえばただでは済まなかったようで、口から煙を漏らしながらたたらを踏んでいる。
恐らくこれが最初で最後のチャンス。
そしてその事を意識するより早く、俺は技の発動準備を開始していた。強く握った剣の刀身に、低い振動音を響かせて光が宿る。火光と入れ替わるように、今度は眼球を突き刺すような純白のライトエフェクトが、洞窟中を満たした。
――……俺の勝ちだ!
心の奥で
得物を斜め上段に構えて身を低くする。ぐっと沈み込んだ姿勢から、剣がひときわ強く輝くタイミングで、牛の魔人目掛けて勢いよく飛び出した。
「お……あああああ!!」
その一撃は、敵の脇腹から反対の腰にかけて浅いラインを刻んだだけだった。
――が、まだだ。
体を捻る力を利用し勢いを殺さず持ち上げた剣を、今度は逆の斜めから斬り払う。そこから流れるように振り被り、垂直斬りを叩き込む。
そのとき俺は、目前の敵を倒す事だけしか考えていなかった。相手を切り伏せてやる、という純然たる殺意のみが俺の脳内を支配していたのだ。凶暴極まる衝動が、スパークとなって視界に弾けた。
「セァアアッ!」
目いっぱい体を絞った体勢から、苛烈な気勢と共に、最後に渾身の刺突を撃ち出した。ジェットエンジンめいた唸りを上げて、剣尖が斬痕の交点を深く貫く。
無属性魔剣技《イングレイブ・アスタリスク》。四連撃。
ずぐん。
という生々しい手応えが、剣を介して鮮烈に届く。見事に全弾命中した連続攻撃は、赤く染まったミノタウロスのHPバーを1ドットも余さず喰らい尽くした。
「ブモオオオオオオ!!」
その巨体の正面に大きな*の印を刻まれたミノタウロスが、大気を震わす絶叫を上げる。だがそれは、初めて俺と相対した際に轟かせた開戦の雄叫びではない。
紛れもない、断末魔の
刹那の間、俺を取り巻く全てが止まった気がした。ピタリと、音が、動きが、空気の流れでさえも停止し、そして――。
ミノタウロスの身体が、跡形もなく爆散した。
その圧力に押され、俺は尻餅を搗いてしまう。
数秒前まで俺と激闘を繰り広げていたモンスターは、今や無数の綿毛のような発光体と化し、小さく揺れながら静かに立ち上ってゆく。洞窟の天井に優しく当たって、薄れて、消えた。
その様はまるで、雪空の夜を逆再生しているかのよう……。
【獲得EXP:2260】
【LEVEL UP!! 57→58】
唐突に眼前に表示された黄色っぽい文字列を眺めながら、俺は床に身を横たえた。緊張から解き放たれ、激しい戦闘の後の心地良い疲労感に身を委ねて、しばしの間そのまま寝転がっていた。
目を閉じれば、
全てが始まり、そして覚悟した、あの日。
あれは一体、どれぐらい前の事だっただろう。
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