第18話 覚悟
刀を突き付けられる経験など現代日本で経験できるだろうか。刀など持っているだけでも銃刀法違反で捕まってしまう様な法で支配された日本で経験できるだろうか。
答えは出来ないである。
しかしこの戦国の時代では鉄や鋼は非常に貴重な資源ではあるが、それでも刀は現代日本に存在するよりも多く存在し、至る所にいる在野(ざいや)や浪人、武士や大名などは持っていて当然の様な物である。
そんな人物が集まる所には集まっているのが戦国の時代と言うものであり、そんな場所が今俺が居る城(ここ)だったりする。
つまり現代日本よりは経験しやすいという事である。
目の前に突き付けられる刀。鞘に収まっているとはいえ今にも抜いて切り掛かってきそうな勢いの本庄(ほんじょう)実乃(さねのり)。
評定が真剣で眉間に皺を寄せ、身を乗り出さんばかりの姿勢がより迫力を増している。
「さて、どうされるのだ。雪殿」
頭脳派と知られていたはずの本庄実乃。俺はてっきり頭脳はだから冷静沈着で忍耐強いような人物だと思っていたのだが、思ったよりも忍耐強くないのかもしれない。いや、忍耐強くないというよりも情に絆(ほだ)され易いという方が正しいか。
未来の君主として仰ぐ長尾景虎の事を思い感情が先走ってしまって返答を急がせてしまっている、熱血漢にも思えてしまう。
「雪殿も先程は御伽衆(おとぎしゅう)などと言われ、景虎様もそれには意見されなかった。つまりは景虎様も雪殿の御伽衆とお認めになられているという事」
「いや、それはあの時に聞かれたので咄嗟に言った事であって……実際に御伽衆なわけではないので。まだまだ本庄殿に比べれば若輩者なだけではなく、寺に篭っていたので世間を知らぬ無作法者です」
咄嗟の嘘、と言うのは誰でも付いたことがあるだろう。
いつ出てくるか分からないから厄介なものだが、今回は先ほどの評定でつい出てしまった。
実際に景虎が何故俺を今回の遠征に連れて来たのかは分からない。しかし何かしらの目的があって連れて来た事は間違いないだろう。
御伽衆と言った俺の言葉に景虎をはじめ金津(かなづ)義舊(よしもと)殿、小島(こじま弥太郎(やたろう)殿と誰も反論は無かった。
この事からも考えると、もしかしたら本当に景虎は俺に対して御伽衆の様な働きを期待しているのかもしれない。
そう言えばここまで来るときの道中に内政に関して云々言っていた気がするが……。
「ご謙遜召されるな、雪殿。実はですな、悪いとは思いつつも個人的に府中(ふない)に働きかけて景虎様の事だけではなく雪殿の事も調べておったのですよ」
「俺、ではなく私の事をですか?」
景虎の事に対して熱く語っていた時に比べれば幾分か冷静さを取り戻した本庄実乃は淡々と今までの事を語った。
「私が何故景虎様を君主として仰ごうか気になる所であろう。それもこれも全ては府中からの情報と先ほど実際に目にしたその姿を見て確信した事による。しかしその過程で幾度となく出て来た名があった……それが雪殿、貴方だ」
何だか嫌な予感がする。
「景虎様。あのお方は幼少の頃は府中にある長尾家の菩提寺(ぼだいじ)でもある林泉寺で過ごしていた事は雪殿も承知のはず。そして天室光育和尚の元で僧になるべく修行していた。しかしヤンチャぶりに手を焼いた和尚は一度は先代の為景様(ためかげ)に直談判し寺を追い出したそうだ。だがすぐに景虎様は寺に戻られた……それは何故か、雪殿なら分かるであろう?」
「私が和尚にお願いしたから、ですか?」
「そうだ。そしてその願いを和尚は聞き入れ景虎様を寺に戻し再び修行を付け始めた。当時私はこの話を聞いた時に不思議に思ったのだ。天室光育和尚といえば禅僧として高僧であるのにも関わらず、たった十歳(とう)の子供の言う事を何故、一体どうして聞くのだろうか。何が和尚をそんな行動に駆り立てたのか、私は気になって仕方くなった。だからこそ、その中心に居るであろう雪殿の事を調べ始めたのだ」
確かに昔和尚様に対して景虎の事をお願いしたが、俺がお願いしたのはあくまでも景虎に対して再び修行を付けてくれるように頼んだだけであり、追い出された景虎を再び寺に戻して欲しい等とは頼んでいない。
あくまでも和尚様が為景に頼まれてしぶしぶ従ったに過ぎないのだ。
噂話というのはどんな尾鰭(おひれ)が付いてしまうのか、本当に分からないからこそ怖いものと改めて思い知らされる。
「僅か六歳(むっつ)にして漢詩を自在に操り、和歌にも精通し、兵学にもその力が及んでいるという。十歳(とう)にして寺に来る不遜(ふそん)な信者や賊を蹴散らし、十四歳(じゅうよん)の時には周辺では知らぬものはいないまでの和尚の寵児(ちょうじ)となり、次期林泉寺住職になるのではないかとまで噂されているというではないか」
……噂っていうのは恐ろしい。百歩譲ったとしても合っているのは最初の6歳の時だけで後は眉唾(まゆつば)ばかり。つまりデタラメだ。
「私はそんな人物がいるなど全く知らなかった、まさに青天の霹靂(へきれき)とはあの事を言うのだろう。加えて同い年で仲が良い良好な関係でもあり、景虎様個人としても数少ない信頼できる人物であるという評価もある。こんな人物を在野に置いて置くことなど私には到底出来ずに何が何でも今の内に身内に引き入れようと考えて府中の者に頼んで此度の遠征に連れてきてもらえるように頼んだのだ」
なるほど、これで合点が行った。
遠征だってタダじゃない。現代のようにバス一台に何人もの人をほぼ同じ燃料で運ぶのとはわけが違う。
食事としての兵糧(へいりょう)や寝泊りの場所を探す手間だってかかってしまうのだ。おいそれと一人二人追加できるわけではない。
たとえ守護代の弟だとしても、元服したばかりの景虎が一人で決めて実行するほどの権力も実力も地位も何もないのだから。
「聡明な雪殿ならばもう分かるだろう。この城まで来て私の呼び掛けに答えて対面している、そういう事実があるのだから」
そう言って実乃はニヤリと態(わざ)と歯を見せながら笑いかけてきた。
俺もいよいよ覚悟を決めなくてはならないのかもしれない。思っていた以上に景虎との七年間は影響を与えているのかもしれない。
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