第14話 同行
「それでは景虎様、私はこれで失礼いたします」
「態々(わざわざ)ありがとうございました、金津殿」
そう言って金津殿は襖(ふすま)を閉め去って行った。部屋に残ったのは俺と景虎の二人だけ。
金津(かなづ)義舊(よしもと)が林泉寺(りんせんじ)にやって来た日、俺は金津殿から色々な事を聞かれた。
景虎が寺に来た最初の日の出来事や作務(さむ)をしている最中の我慢ならなかったような苦虫を噛んだ様な表情。出された料理に散々文句を言ったり、見かける人見かける人に殴りかかったり、特に日常生活で景虎がバツが悪く隠していたであろう出来事を話した。
昔殴りかかって来た時の仕返しとかでは決してない。そう、決して復讐とかではないのだ。
金津殿は俺の事を探っている、そんな事は考えなくても分かる事だ。だからこそ俺は言葉に注意しながら話した。
現代の生温(なまぬる)かった生活から一転、右も左も分からない死が身近な世界にトリップした俺。
時には血反吐を吐く様な辛い体験をした事もあった。勿論比喩ではあるが。
飽食の時代とまで言われていた為に食べ物にだって困る様な事は無かったし、空腹で夜眠れないなんてことも無かった。しかしこの時代では空腹で眠れないなんてことはよくある事、寧ろ満腹になるまで食べられる方が少なかったのだ。
そんな事があったからこそ、俺は現代に比べ忍耐強く我慢強くなった。そしてどうすれば自分にとって有益な状況になるのか、出来るのかを考える力が身に着いた。過酷なこの時代で少しでも楽に生活出来るように。
景虎と会うのはそんなに久し振りではないが、それでも今まで毎日顔を合わせていた間柄。少し離れるだけで少し寂しさを覚えてしまうのは、やはりこの時代に同世代の友人が一人も居なかった事が大きいのかもしれない。
今後の目標に友達を作る、と言うものを入れておこう。
「それで一体俺を春日山城まで呼び出してどうしたんだ?しかも遣いに金津様まで寄越すとなれば、相当な要件なんだろう?」
金津義舊と言えば国内に置いても相当高位の格式高い家の出の人物である。それは守護代長尾家を凌ぐほど。
しかしそんな人物を態々遣ってまで俺の様な階層に存在する者を呼び寄せるなど、前代未聞なのだ。引き受ける金津義舊も金津義舊であるが。
「なあ、雪。お前はあの時の約束を覚えているか?」
金津殿が去ってからしばらく静寂に包まれていた部屋に、唐突に景虎が新しい音を生み出した。
「もちろん、覚えているさ。寧ろ景虎様が覚えていた方が驚きだよ。一体何年前の話だと思っているんだ」
「ふむ……5年ほど前かな?あの日は寒かったのをよく覚えている」
「すごい記憶力だな…………。さすが上杉(うえすぎ)謙信(けんしん)と言った所かな」
「ん?後半が聞こえなかったが、何と言ったのだ?」
「いや、何でもないよ。景虎様の記憶力に驚いていただけさ」
小さい頃の記録など曖昧になりやすいのに、それでもなお10歳前後の記憶を正確に認識している景虎と言う人物。
やはり仮にも“神(ぐんしん)”とも呼ばれていた人物とはこうまで凡人と違うのかと驚愕させられる。
「で、結局は何で俺を呼んだんだ?これと言って悪い事なんていしてないぞ」
「誰が悪さをして呼び寄せたなんて言ったんだ。今回はお前に別れを言おうと思って呼んだんだよ」
「……何?別れ?どういう事だ」
「今度私は中郡(なかごおり)の郡司(ぐんし)として三条城に赴く事になった。そして古志長尾(こしながお)家に養子として入る事になったのだ」
古志長尾家の現当主は長尾(ながお)景信(かげのぶ)。景虎の実母である青岩院(せいがんい)、別名を虎御前(とらごぜん)の弟であり、血の繫がった叔父である。
長尾(ながお)景信(かげのぶ)には長尾(ながお)景満(かげみつ)という嫡男が存在する。そしてその景満は古志長尾(こしながお)家の主城である栖吉(すよし)城にいて中郡内に睨みを効かせており、次期古志長尾家の当主となれる様鍛錬をしているのが現状である。
だが多くの豪族が守護代である三条長尾家当主であり、現在越後国内で事実上国主として振る舞っている長尾(ながお)晴景(はるかげ)を蹴落とそうとしているのが現状だ。
もちろんそんな背景があるなど実際史実を知っている未来人か、当事者くらいしかこの時代にはいないだろう。
「あ~……なるほどね。魚沼勢が古志長尾家の領地でも狙ってるか。下郡(しもごおり)でも上条上杉(じょうじょううえすぎ)家が養子縁組で揚北衆(あがきたしゅう)での対立を引き起こしている時期だし、少しでも地盤を固めたいって所か」
未来からタイムスリップした俺だからこそ知っている事実。
今はまだ表立っては未だ動いてはいない、懸念程度の話であろう。裏でこそこそと工作をしたりしている程度の段階であり、兵を集めたり武器を集めたりはしていない。
だからこそ強くは言えないし、今の晴景には強引に力で解決するだけの能力はない。
そこでせめて牽制だけでもという事で景虎を古志長尾家に養子に出すのだろう。
しかしそれは長尾家家中でも重臣しか知らない様な事。
ましていくら城下に存在する菩薩寺だとしても、住職どころか僧侶ですらない者が知っているはずがない。
俺は久しぶりに景虎に会ったことで気が緩んでしまったのかもしれない。そんな事まで考えが及ばずに何気なし呟いた言葉を景虎はしっかりと耳にしていた。
「やはりお前は面白い」
そう言ってにやりと笑う景虎を見て、俺は何かやってしまったな、という感情に襲われた。
「古志長尾家に養子に行くとしか言っていないのにその背景を的確に言い当てる辺り、お前は私が面白いと感じたモノを持っているという事か。その知識、是非とも生かさなくては勿体無い。…………よし、決めた。雪、お前も一緒に連れて行く!」
「は?」
俺は一瞬何を言われたのか分からなかった。それでも何か大変な事が起きるのではないか、そんな予感をヒシヒシと感じた。
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