悪魔少女対陰陽少女

 あれから何時間が経っただろうか、三人と一尾は何度か休憩をはさみ、悪魔と対峙してきた。しかし悪魔はモモから出ていく気配を見せないでいた。

 「悪徳と苦しみを生むもの、イエスの御名によりてされ!」

 『  グシュー   ハハハハハ     』

 「イエスの御名みなによりてお前に命ずる。お前の名を名乗れ」

セイラが聖水を浴びせる。

 『グォーーーーーー     ギギギギギギ     ギュウ 』

モモが苦悶の表情を浮かべる。が、そこまでで、悪魔が出ていく気配は見せない。

聖水と、祈祷書の効果はでているはずなのに、あと一押しが進まないのだ。

 『無駄だ   この娘は俺を受け入れ、護ろうとしているのだ ハハ 』

 「嘘をつくな!  モモはお前を受け入れたりしない!」

智夏が呪符を取り出し、モモの頭上へと放った。

呪符がベットの上を旋回を始める。

 「オン・バサラダルマ・キリ」

陰陽少女は千手観音菩薩のマントラを唱える。

 『 ググググググ    ギギギッッッ     ググ シユウーーーー  』

モモは聖水を浴びせられた時と同じように、苦悶の表情を浮かべ、悶え始めた。

 「オン・バサラダルマ・ミサマエソワカ」

智夏がマントラに力を込める。

 『  グシュルーーー  ハアアアーーー  』

呪符の旋回速度が上がり、智夏のマントラを唱える速度も上がる。

後一押しで、悪魔を追い出せるのではないかと思われた時、苦悶の表情の中で、モモが笑いだした。

 『ゼーーー   ハハハハ   ゼーー  ハハハハハ   』

苦しんでいるのか、笑っているのか分らない。しかし、めくられた唇から見える白い歯が、智夏達をあざけているように見えた。

 『ゼー 無駄だ  ハハハ こいつは俺を必要としているのだ』

 『こいつが教えてくれたぜ!    ハハハハハ』

 「モモがお前に何を教えるというのだ!」

智夏は叫びながら追加の呪符をベットめがけて放った。

 『  スィート    マジカル    』

白目を剥いているモモが、モモの声と違う声で変身のコードを読み上げた。

智夏が放った呪符は紙吹雪となり四散し、消滅した。

月明りしか差し込まない部屋が、虹色の閃光に包まれ、智夏達の視界を奪う。

視界を奪われたのは、ほんの一瞬のはずだが、気付けば金髪の少女がベットの上に立っていた。

右手にステッキを握り、ピンクのミニドレスを纏ってはいるが、いつもの健気な可愛らしさは微塵も纏っていない。

レナであって、レナでない者が裂けた唇を吊り上げ笑っていた。

 『フフフフ    ククククク     ハハハハハ   ハーハハハハ  』

悪魔の魔法少女の笑声が徐々に大きくなる。そして智夏達を見た。しかしその瞳には碧眼を有してはいない。

白目が智夏達を嘲るように笑う。笑いながら、宙に浮きベットから離れる。

そして智夏達を嘲笑しながら、月明りの下へ飛び出して行った。




 「モモが外へ!」

智夏は焦る。当たり前だ、魔法少女の力を有した悪魔が世に放たれたのだ。

このままでは奴に何人の魂を喰われる見当がつかない。

 「モモじゃないよ、レナだよ」

ベットの上で小動物が首を傾げる。

 「そんなのはどうでもいいでしょ!!」

智夏がコリコを睨みつけた。内心踏みつけたい衝動に駆られたが何とかこらえる。

 「僕はレナの居場所がわかるよ」

智夏の内心など気にした風もなく、小動物は彼女の肩に乗った。

 「この星でいうGPSのような物で僕には分かるんだよ」

 「本当!」

コリコは赤い目を智夏に向けて、首を縦に下ろした。

 「じゃあぐにモモの所へ!」

 「待ってください」

部屋を出て階下へ向かおうとする智夏をセイラが止めた。

 「どうしたの?」

一刻を争う時に止めるセイラを、怪訝な顔で智夏が見た。早く行かねば、犠牲者が出てしまうかもしれない。いや、モモが加害者になってしまうかもしれない事が陰陽少女の一番の不安だろう。

 「今モモさんに追いついても、悪魔を追い出せません」

 「何故?」

 「モモさんが、悪魔を護ろうとしているから」

 「そんな事あるわけないじゃない」

智夏がセイラに詰め寄り睨みつける。エクソシストはその視線を真っ向から受け止めた。

 「私の祈祷書の言葉には術式が込められているの。この国でいう言霊みたいなものです」

 「・・・・・・」

 「しかし術式が組み上がる前に潰されてしまう。こんな事は悪魔にはできません」

 「だから、モモが護ろうとしているというの」

 「護るように利用されているのです」

智夏が唇を噛み締める。自分の術は通用しそうもない、エクソシストの言霊も通用しない。聖剣では、モモの肉体を傷つけるだけだろう。真さに狡猾な物の怪「悪魔め」と陰陽少女は苦悶の声を上げた。

 「危険ですがクラハシさん、悪魔と対話をお願いします」

 「・・・・・?」

 「モモさんとの接触を試みます」

セイラは智夏に悪魔との直接会話をする注意を述べていく。智夏はセイラの言葉を頭に叩きこむ。ミリカには聖剣を出してからの事を指示する。

モモの部屋に外からの明かりが入り込んできた。雲で太陽の光は遮られているが、長い夜は終わり確実に朝はくる。

智夏はモモを救い、明日の朝は笑顔で迎えるよう誓をたてた。



 

 「学校にいるのね」

肩にいる小動物に陰陽少女は確認をとる。

 「そうだね、レナの脳波が学校から流れてきている」

 「何故、学校なんでしょーか」

ミリカが二人に遅れまいと走りながら、誰となしに訊ねた。

 「多分、悪魔が若い魂を欲しているのと、モモさんの意識が同調しているのかもしれません」

 「モモの意識?」

 「はい、モモさんは真面目な人みたいですから、朝は学校に行くという意識です。これは私達にとって吉兆です」

 「そうね。モモの意識は完全に支配されていないと言う事ね」

三人と一尾が校門の前に着いた。時刻は六時前、小一時間もしたら朝練の生徒、職員が登校してくるかもしれない。

 「コリコ、モモは何処?」 

 「あすこだよ」

コリコが中等部の屋上を見た。暗雲の中、宙に浮いている人影が見える。

智夏達は中等部の校舎へと急いだ。

屋上へ続く階段を登り、扉を開け屋上へ駆け込んだ。

 「モモを返せ!」

智夏が宙に浮く魔法少女に呪符を放った。しかし、ステッキの一振りで呪符は消滅してしまった。

 『ハハハ    これはいい物を手にいれたわ   ガハハ  』

魔法少女が、見えないエレベーターに乗っているかのように下降して、屋上に降り立った。

 「ナウマク・サマンサタバサラダン・カン!」

陰陽少女が不動明王呪で呪符を放つ。呪符は火の矢の如く魔法少女へと向かう。がこれもステッキの一振りで消滅してしまった。

 『  無駄だ   グフフフ  アハハ  』

陰陽少女は懐から独鈷杵を取り出し、魔法少女を睨みつけた。

 「お前の望みは何だ!」

 『   オレの望みだと    グフフフ   オレの望みより、お前はどうなのだ    智夏よ 』

 『  知っているぞ智夏よ   お前は悩んでいるだろう   今の立場に 』

 「・・・・・・・」

 『  陰陽師では分家の分家    退魔師としては血筋で疎まれる   ハハハハハ   お前は何師だ?    どちらも術の習得には中途半端だよなあ  ハハハハハ    』

 「・・・・・・」

 『   お前に  誰も   奥義は教えぬ  ハハハハハ  』

智夏はモモの部屋でのセイラの言葉を思い出して悪魔の囁きに耐える。


 「クラハシさん、悪魔はあなたの心の迷いを見抜き、惑わせます。あなたの事に触れられても決して耳を貸してはいけません。そしてモモさんの事だけ考えてください」


 「私はモモを助けるー!!」

智夏は悪魔の言葉を無視して、独鈷杵を魔法少女に向け走りだす。

コリコから聞いたのだ、あのステッキはレナに向けられた脅威を自動的に受け止め無効化すると。炎のように四方八方からの対応は無理だが、一点からの攻撃なら確実に受け止め、はじき返すだろう。

コリコの言う通りだった。レナのステッキは智夏の独鈷杵を受け止めた。

智夏ははじき返されるのを耐えて、接近戦に持ち込んだ。

 「モモ、聞こえる。私だよ。智夏だよ」

 『   グフ 無駄だ    こいつには聞こえんよ  ワハハ  』

        ピキーーーーーーンーーーーーンンン

智夏が扉の方まで弾かれ、背中を強打する。

 「オーー!!!   チカ!!」

ミリカが悲鳴を上げ、右手を上にあげかけたがセイラが止める。

 「ミリカさん、駄目です。クラハシさんを信じましょ」

智夏が口から血を流しながらも立ち上がった。飛ばされた時に姿を消していたコリコがまた肩の上に乗っている

 「あの大きい奴は使えないのかい?」

 「 ・む・りよ。九の力は・・大き過ぎるから・」

智夏は痛む身体を起こし、独鈷杵を手に再び接近戦に挑む。

怪我をしているはずの身体だが、それを思わせない速さでレナに近づいた。

 「モモ、私は傍にいるよ!」

 『  無駄だと   言ってる だろうが   ガハハ 』

        ピキーーーーーーーーーーー

智夏が再び弾かれ、屋上の床で強打する。

 「 ノオーーーー!!!   チカーーー!!!   」

ミリカが倒れている智夏に抱きついた。

 「大丈夫だよミリカ。あなたは聖剣の用意をしておいて」

智夏はミリカを支えに立ち上がり、独鈷杵を構える。

 「私はモモを助ける」

陰陽少女は再度独鈷杵を振り上げ、接近戦に挑んだ。

   



智夏の独鈷杵をレナのステッキが受け止める。智夏の顔とレナの顔が近づく。

 「モモ! 智夏は、お姉さんは、あなたの傍にいるよ!」

 『   無駄だと言ってるだろうがーーー    』

先程と同じ様に智夏が弾き飛ばされると思ったが、陰陽少女と魔法少女は対峙の姿勢のままだった。

 「おねー・・えさ・ん?」

蚊が飛ぶようなか細い声だが、智夏には確かに聞こえた。

 「モモーーーーー!!!!!!」

智夏は絶叫して、レナを押し返した。

 『   何故、   今  出て来る   』

押し返され、倒れ込んだレナが起き上がろうとして、顔を上げた。

 「モモ!」

レナの目に変化が起きていた。左目は白目のままだが、右目には碧眼が戻ってきていて、涙をためているように見える。

 「お姉さん、・・・私は一人なの?   ・・・私の傍には誰もいないの?」

碧眼が智夏を見た。愛くるしい瞳、碧眼だが黒目のモモの瞳と同じ輝きを放つ。

 「モモーーーー!!!!!    私が、私達が傍にいるよーーー!!!」

 「おねえ・さん・・    寒いよ、暗いよ、寂しいよ、・・たす・・け・て」

 「私の!!   モモから!!!  離れろーーーーーーー!!!!!!」

智夏は全ての呪符を放ち、千手観音のマントラを唱えた。

 『  ギャフューーー   ギャギャーーー グググーーー   』

レナが右目を押さえて、白目で智夏を睨みつけた。

 『  智夏よーーー   我が名はバラム。 我が名において告げよう。お前に未来はない!  ワハハハハ  』

悪魔がバラムと名乗った時、瞬時にセイラがレナの前に進み出た。

 「精霊と御名によりお前に命ずる。バラムよここから立ち去れ!  これは神の命令である。  ここから消えろ!  負けを認め降伏しろ。  父と子と精霊の御名により永遠にここから立ち去るのだ!」

セイラが十字架のイヤリングを外して、レナへと投げた。

レナが十字架を身に受け、気を失うかのように倒れこんだ。

レナは倒れたいるのだが、黒い人影がその場に立ち尽くしている。

 「ミリカさん!  聖剣をクラハシさんに渡して!」

セイラの叫びにミリカが反応して、召喚した聖剣を智夏に託した。

陰陽少女は初めて聖剣を手にした。

霊力が吸い取られて行く感じはするが不快な感覚ではない。血液が心臓を循環するように、自分の霊力が聖剣を循環して再び自分の身に流れ込んでくるような感じがする。

 「使い方はわかるか」

姿なき声、九の声が聞こえた。

 「わかるわ。呪符と同じ」

智夏は聖剣を見て、目を閉じた。

 「オン・アビラウンケン・ソワカーーー!  一切の魔を封じる孔雀明王呪でケリをつける!!」

陰陽少女が聖剣を振り上げ、黒い影を目指して跳躍する。

聖剣に後光がさし、智夏の背に羽を広げた孔雀が見えた。

一気に聖剣を振り下ろし、黒い影を切り裂いた。

影は一瞬で消滅し、聖剣も姿を消した。智夏はその場で崩れそうになったが、何とか持ちこたえ、モモへと歩を進ませた。

魔法は解除されモモの姿に戻っている。しかし唇が裂けているせいか、血のにじみが止まらない。

智夏はモモを抱きしめた。

 「ごめんねモモちゃん。あなたの寂しさ気付けなかった」

智夏の涙がモモの頬を伝う。その涙を降り出した雨が流した。

雨は四人の少女と一尾の小動物を濡らし続けた。




モモを搬送するため、退魔局からのヘリが到着した。

智夏達もこのヘリに乗り込んだ。恐らく、防衛省退魔局で何らかの偽装工作がされるだろう。

エクソシズムは終わった。しかしセイラは智夏に言えなかった事があった。

悪魔バラムの言葉。バラムは過去、現在、未来で真実を告げる悪魔。

奴が智夏に向けて言った言葉、「智夏に未来はない!」これをその通り受け取るのか、何かの暗示と受け取るのか、セイラには分からない。

しかし何かしらの意図はあるはずだ、とりあえず田垣の耳には入れておかねばならない。

ヘリは雨の中、朝の賑わいを見せる街の空を、轟音を響かせ飛んでいった。




 翌朝モモは手の温もりを感じて目を覚ました。

病院の個室。カーテンの間から見える景色に見覚えがない。

少し戸惑いながら、温もりを感じる右手を見た。

視界にグレーのスーツを着た女性が映る。

 「ママ?」

眠っていたのか、女性はモモの声に反応して顔を上げた。

 「モモちゃん!  良かった」

女性はモモを抱きしめた。

 「ママ、仕事は?」

 「もうー  大事な娘が倒れたのに、仕事なんかしている場合じゃないでしょ」

 「ごめんね。ママ」

 「何で謝るの、バカね」

女性は再び娘を抱きしめた。モモはその温かさに甘えて目を閉じた。

昨日の事はあまり覚えていない。ただ暗くて、寒い世界に閉じ込められていたような気がする。夢だったのかもしれない、記憶が曖昧だ。

ただ、その世界から救ってくれた人の事は覚えている。

 「お姉さん」心の中で呟いた。

 「どうしたのモモちゃん?」

 「んーん、何でもない」

少女は母親の温もりを感じた安堵と、昨日の疲れからか再び眠りに落ちた。

個室に据えられた机の上に、リスに似たぬいぐるみ置かれている。

朝日が差し込み、ぬいぐるみが少し目を細めたように見えた。



























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