第6話 解決

 桜田さんはじっと黙ってる。その辺はやっぱり刑事で第一線にいただけのことはある。私の言動に知らん顔してる。

「証拠って今ごろですか?」

「いえ、もともとあったものなんですが容疑者が出る前に出たものですから。照合していなかったんです。証拠を鑑定した結果、容疑者の指紋とDNAが一致しました」

「あの、それで僕に何を聞きに?」

「最期の被害者であるあなたが犯人と断定できたので、逮捕しに来ました」

 桜田さんは私と犯人だと言われた最期の被害者を見比べてる。真相を知るために。

「どういうことですか。僕はあの事件で、軽度ですが、障害まであるんですよ。仕事にも行けない程のトラウマになっているのに」

「それが犯行理由ですよ。あなたは別人になり変わりたかった。そこで、身内のいない河田耕平さんになり変わった。が、社会人として生きている河田さんと入れ替わるのは困難です。だから、二年かけてこの犯罪に会った被害者はみんなトラウマを抱えるように仕向けた。もちろん全員死んでもらっては困る。疑いが自分にかかるから全員死なずに済むようにした。その犯行の過程で怪我の程度で社会復帰が難しくなる刺し場所も探した。あなたは四件目の被害者と同じ場所に刺し傷があります。救急車が来る時間も計算していた。凶器も刺しっぱなしにするのも全ては自分の犯行の時の為」


「只野、河田じゃないなら誰なんだ? この男は?」

 桜田さんの予想は全て外れていたのかさっきまでのポーカーフェースは崩れた。河田と名乗っていた犯人も同様だ。

「彼は篠田雅敏という整形外科医です。河田耕平さんの事件と同じ頃失踪。半年前に死体が見つかりましたが薬品で死体はボロボロでした。彼だと確認をとるものが所持品でしかなかった。なのでまだ確定されていないんです」

「何を根拠にっていうか俺の顔は? 免許証で確認済みだ」

「根拠は整形外科医です。犯人は整形外科医。ここにポイントがあるんですが」

「整形手術で誰かになることなんてできない。ほんの少しいじるのが精一杯だ!」

 篠田は必死になってる。なんとかなるかな?

「そう、ほんの少しいじるのが精一杯ですよね? 篠田さん、なのにお客は文句を言う。あなたの腕が悪いんだと。七年前に開業したあなたのクリニックは破産寸前だった。ところが、それが一変した。あなたの腕がまるで魔法にかかったように良くなった。これで全てがよくなるはずだった」

 篠田は固唾を飲んで反論すらも忘れている。完全犯罪間近だと思っていたのに、なぜ今になってってところだろうか。


「ところが、変な客が来た。そしてあなたを脅しはじめた。あなたはその客から逃げる必要を感じた。クリニックは中鳥公園がよく見えるビルに入ってますよね。あなたはあなたとよく体格の似ていて身よりのない一人孤独な男性を探した。その男性は中鳥公園の近くを通って通勤していた。それで、あなたは中鳥公園の周りで事件を起こし続けた。しかし、彼と入れ替わっても顔を似せても、会社に行かなくてはいけない。そうなると毎日見てる人ならすぐに気づく。だから、ワザと仕事が出来ない状態を作った。それで食べて行けるように障害も出るように」


「そこまでして逃げたかったって。このままずっとこの生活をする気だったのか?」

 桜田さんが堪り兼ねて割って入ってきた。

「逃げたかったんですよ。脅されて生きるのは嫌だった。この生活を続けるつもりはなかったですよね。せっかく魔法の腕を手に入れたんだから。それを使いたいんだから。ただ、言っておきます。あなたの死が例え確定してもあいつらは、納得なんてしていない。ここにたどり着くのは時間の問題だし。あなたがその力を使えばすぐに見つかりますよ。何度逃げようと同じです。さあ、どうしますか? 篠田さん。篠田雅敏として逮捕されますか? それとも地を這い回って逃げ回る生活を送りますか?」

「君は……もしかして」

「奴らがあなたの魔法に気づいたように。私も気づいただけです」


 篠田は両手を畳につき泣いている。落ちた、かな。

 桜田さんはなんの話かわからず私たちを見比べてる。仕方ないだろう。

 篠田雅敏は整形外科の腕がないことを嘆き、望んだんだろうな。すごい整形が出来ることを。彼は顔を別人そっくりに作り上げたり、声帯もいじったり、ある程度ならば身長も上下させることができる力を手に入れた。私と同じように。数多くの目撃証言の違いはそこからきている。多分障害が残っている臓器さえも治せるんだろう。

 ただ、彼のやったことは粗かった。指紋がそのままだった。五番目の被害者のスマートフォンの操作にどうしても素手を使わなければいけなかった。その時の指紋とDNAと篠田雅敏宅にあった指紋とDNAとそして被害者になった河田のもの全てが一致した。指紋も変えれただろうが細かい作業だったのと、さらには完全犯罪に酔ってやらずにおいてくれたんだろう。まあ、DNAだけでも証拠だが、指紋が変化した理由を立証するのが難しいから助かった。


「もうその力を使って小細工しない方がいいと思うけど、じゃないと地獄を見ることになるかもね」

 泣いている篠田に追い打ちをかける。逮捕されて小細工して釈放になった途端拉致されることも考えられる。脅しでも何でもないただの忠告なんだけどね。

「あ、あの、只野、逮捕するのか?」

「篠田さんどうですか? 逮捕状ないんで逃げれますが?」

「いや、もう、もう限界だ。こんな事。同行します」

 篠田は下についていた手を前に差し出した。

「桜田さんお願いします」

「え? 俺?」

「はい」



 という訳で篠田雅敏、整形外科医の失踪事件と中鳥公園の通り魔事件と、一件の殺人容疑で署に連行した。

 篠田の取り調べなんかは全部もって行かれたが、まあ、篠田、頑張ってね。力のことを話さずどこまで供述できるか。



「おい、只野なんでわかったんだ」

「最後から見ればわかるって言ったじゃないですか。なぜ犯人はあの事件を最後にしたか、命を奪わないのにトラウマを与えたか、同じ頃に整形外科医の失踪があったとか。あとはスマートフォンの操作には特殊な手袋か素手が必要だった。犯人ははじめは普通の携帯だったのに、スマートフォンが出てきて慌てて素手で操作してしまった。多分次回からは手袋でも操作出来るものか普通の携帯の被害者を選んだか。でも、一回やってるんで同じなんですけどね。という訳です」


 廊下を歩きながらしゃべっている。桜田さんは納得していない。でも、まあ、無理ないんだけどね。私は見たんだから、彼の犯行も顔が変わる事もスマートフォンを呆然と見ているのも。


「全然わからん」

「途中から見ると見えないんですよ。最後が重要なんですから。ただいま帰りました」


 課長が飛んでくる。

「只野君、あの、逮捕する時には逮捕状請求して欲しかったなあ。あと、私の許可も。桜田君、君もいたなら」

「すみません。まさか本当に逮捕するとは思っていなくて。ただの捜査だろうと思ってました」

「あ、いや、そうだよね」

 課長折れすぎです。

「すみません。以後逮捕に行くといいます。が、証拠が確定してない時は逮捕状取るのが難しいですよね? その時にはそのまま、行ってもいいですか?」

 多分私の事件はみんなその類になるだろう。

「いや、そんなんで、逮捕しちゃあ、ダメだよ」

「だから、自白まで引き出しますんで。今回のように」

 私と課長の答えのない押し問答の裏で戸田君が桜田さんに何があったのか聞いている。

 そんな中、村瀬さんはマイワールドに浸っている。この課を満喫しているのは彼だけのようだ。

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