朝起きたら息子が二人になっていた件について②


 次の瞬間。


 大聖堂に地鳴りと怒号が響き、エルフと巨人族達の悲鳴がこだまする。

 



 「みんな来てくれたんだね!」



 「あーホント、どーっすかなぁ…」



 

 俺たちの目の前で、結界を張っていたエルフと武装している巨人族の兵士たちが大勢の緑色の生物に襲われ逃げ惑う。


 

 その緑の生物は常にスリーマンセルで行動し、自分より遥かに大きな巨人族の兵士に対しても効率よく襲いかかり魔法をぶっ放すエルフについても臆せず挑む。



 彼らを奴隷や家畜として扱ってきたその他の種族は、これほまでに統率された行動が取れると予想できただろうか?



 

 リザードマン。



 身長2m以上、直立二足歩行が可能な強靭な二本の足と長く太い尻尾のオオトカゲ。


 知能は低いとされ、この世界では家畜同然の扱いを受けてきた。



 が、その評価は間違いで彼らは他の種族に匹敵するくらいのの文化と魔力と知性がある。


 

 その証拠が、この統率された動きと…。




 パキイィィィィン!



 恐らく、魔力を総括していた司祭と僧侶を一掃したのか結界が薄く抱かれる。




 「あ」



 すると、戦っているリザードマンたちの中から人工的に造られたシンプルな鎧のようなものを身に着けている一人が俺達の方へとかけてきてサッと膝をついて頭を垂れた。


 

 「久しぶり~元気だったか?」



 俺がそういうと、側頭部に刻まれた傷がすっと顔をああげる。



 彼は、俺とガリィちゃんとキリトがカランカにつかまってガリィちゃんの故郷の村クルメイラにドナドナされていた時に友達になった20人の一人。



 あの後、村に放置してきちゃったんだけど元気してたみたいでよっかた…ていうかなんか人数増えてない?



 確かあの時に助けたのって、きっちり20人でしたよね?



 つーか、大聖堂の鎮圧ができる人数って…2000くらいいるよね?



 ナニこれどうしたの?




 「我らリザードマン、至高の御身に忠誠ヲ」



 あ。




 なんかクソ重いのきちゃった____。





 「え? ちょっと…顔あげなって…なぁ?」


 

 俺は、再び頭を垂れたリザードマンに何とか顔を上げさせる。


 

 「これ…お前の仲間か?」


 

 「はっ! 我がリザードマンは、家畜としてこのエルフ領に有りその全てが至高なる御身に忠誠を誓っておりまス」


 

 うわぁ…重っ!


 つまり、このエルフ領リーフベルに家畜としてこき使われていたリザードマン全てが一気に反旗を翻して大聖堂襲撃っと…。



 「ぇ…と_____」


 「はっ! 既に大聖堂制圧完了。 最上階にて、獣人・巨人・ドワーフ・竜の4国の国王を拘束しました。 命を頂ければ始末いたしまス」


 


 爬虫類特有の目が、ぬらりと光る。


 

 「いやっ、ちょ、殺すとかないって!」


 「では、如何したしましょウ?」



 リザードマンは、きゅるんと小首を傾げ俺の顔を覗く。



 「あーそのまま撤収_____いや…」


 


 国王か…。



 そのまま逃走しようかと思った俺だったが、ふとその考えを止める。




 レンブランの記憶にもちょいちょい出てきた女神クロノスに加担する国々……そのトップ達か…。


 


 「こっじ? にこにこ うれしいの?」



 ガリィちゃんに小脇にに抱えられたキリトとキリちゃんが、二人して同じ顔で俺を見上げ見上げた…ナニこれ萌ゆす。



 

 「なぁ、そいつらと話せるか?」


 

 「至高の御身の命ずままニ」



 リザードマンは、目を細めシュシュシュっと舌をなめずる。




 「え!? 会うの?? あぶないよ! 早く逃げようよ!」



 ガリィちゃんが、心配そに耳をたたむ。



 全くその通りだ。



 こんな所さっさと逃げて出したほうが良い。


 そんなの分かり切っているのに、俺の脳みそが欲する。






 知りたい。



 

 

 それは、飢餓に喘ぐ肉体の悲鳴を黙殺する事が出来るくらい強烈で純粋な知識欲。




◆◆◆







 「ちょと! コージ!」



 国王を拘束している場所まで案内するようリザードマンに頼み、ふらふらと歩き出した俺に二人を小脇に抱えたガリィちゃんが慌ててついてくる。



 ことごとくぶっ倒され虫の息で蠢くたエルフと巨人の兵士たちの転がる中庭を抜けてると、すっかり制圧の済んだ大聖堂内部にはいたるところにロープなどで拘束されたエルフの僧侶・司祭や各国の兵士たちが転がされていてみな恨めし気に俺を睨む。



 「こ の…悪魔め…! お前の所業を女神様は決して許しはしない…!」



 ちょうど数人のリザードマンに拘束されたばかりの獣人の兵士が、牙をむき出し唸りながら鋭い眼光を俺に向けてきた。

 

 

 「あんた…もしかして…」



 俺は、その獣人に見覚えが…いや間違いない。



 「グラチェス・ノーム…」



 名前を呼ぶと、縛りあげられたロープを引きちぎらんばかりに上腕二頭筋がひしめく。



 グラチェス・ノーム。



 レンブランの幼馴染…兵士になっていたのか…。




 「お前はレンブランの敵だ! 絶対に殺してやる!」



 グラチェスは、リザードマンたちに押さえつけられながらも俺に食らいつこうともがく。



 

 「こいつ…!」



 ガリィちゃんが一瞬にて臨戦態勢に入り、体に微かに電流が走る!



 「はい、ストップ」



 俺がもふっとガリィちゃんの頭を撫でると、体にまとわりついていた電流がフシュンと飛散した。




 「俺が憎いか? グラチェス・ノーム」

 


 「ああ! 憎い! 絶対に許さない!」



 憎悪に染まる瞳が俺を見すえ、唸る。

 

 

 「放してやれ」



 「コージ!?」



 グラチェスを拘束するリザードマンにそういうと、リザードマン達は素早くその縄を解く。



 「くっ!」



 縄が解かれると同時にグラチェスは、一瞬にしてその場から距離を取り俺達が来た中庭の方へと走り去っていった。



 「コージ! 何で逃がしたの!? また襲ってくるよ!」



 ガリィちゃんは、小脇に抱えていた二人を下して今にもグラチェスを追跡しようと構えたが…。



 もふん。



 「うにゃあん!?」 



 俺は、威嚇でぼふんと膨ら尻尾をむもふもふしてやる。


 

 「アイツはさ…ホントは心のどこかじゃ無駄だって分かっていても、俺を恨むくらいしないと生きる目標が無くなるんだよ」



 「あっ! ぐりぐりやぁっ! 付け根はだめぇっ! キリトとキリちゃんが見てっ…のに!」



 瞳を潤ませ悶えるガリィちゃんを、じいいぃい…っと見つめる小さな二人+リザードマン。



 おっと、コレは刺激が強すぎるかな?




 少しの間、グラチェスが十分遠くへ行った所で俺はガリィちゃんを解放してやってリザードマンのあとについて大聖堂最上階の大司教の間へ向かう。



 ここはつい最近リーフベルのあの基地外な糞兄貴に謁見した場所で、普段なら幾重にも呪術を施され固く閉ざされているはずの重厚な扉は見るも無残に破壊されている。



 「へぇ、こりゃひでぇw やるなぁ、お前ら~」


 「恐縮でございまス」


  

 俺の背後に控えたリザードマンは膝をついて両手の平を上に向け、地面にひれ伏す。



 「おいおいおい、そりゃ奴隷のポーズだろ? お前らはもう奴隷じゃないんだそこまでかしこまるなよ!」


 「なんと! 勿体無い! 我ら至高の御身に所有され幸福の極ミ!」



 おおう…やっぱり話が通じねぇ!



 「…ま、いっか…」


 

 俺達は、歓喜に震えるリザードマンを放置して大司教の間へと足を踏み入れた。




 広々とした広間には、明らかに争った跡と複数のリザードマン達が群がり引き倒している全長が10mはありそうな巨漢…アレは巨人族の王だろうか?



 

 「貴様が女神様のおっしゃった『黒い悪魔』か…!」



 地を這うような重低音とギラリと鋭く光る眼光が俺をとらえる。



 「黒い悪魔ねぇ~俺はそんなたいそうなもんじゃねぇよ」



 へらつく俺に、巨人族の王は鼻息を荒げ拘束を解こうと身をよじるがなにやら特殊なロープなのか引きちぎる事は出来ないようだ。




 俺は、ガリィちゃん・キリト・キリちゃんを引き連れ苦虫をかんだような表情の巨人族の王・竜の王・ドワーフの王・獣人の王を横目に一段上がった檀上に上がる。



 「さぁて、どうもこんにちわー俺は小山田浩二。 ちょっと育っちゃいましたが、どこにでもいる中学二年生です! そしてこれは俺の嫁と息子たちですどうぞよろしこ! テヘペロ★」


 「ふぇ!? ガリィですっ テヘペロ?」


 「ぼく、キリト! それと、おとうとのキリちゃんなの! よろしこ! テヘペロ★」



 テヘペロ★と、ポーズを決めるふざけた自己紹介にリザードマンに群がられ惨めに白亜の床に転がされている各国の王達は憤怒のあまり大量の魔力をふだす!



 部屋中がその衝撃に床や壁中に、亀裂が走る…わぁお。


 確かここの素材メイヤの作った最強金属『ヤワラカクナイ』に匹敵する強度の魔石で作られていたはずだけど流石『王様』は違うね!



 拘束していたリザードマン達が壁にめり込んじゃったけど、ロープはそのままだから動けないみたいだな…。



 つか!


 ロープすごくない!?


 あれでガリィちゃん縛ったら絶対そそる……!


 あとで絶対コード解析する! 



 

 「ガアアアアアアアアアアア!」



 

 竜の王の叫び声が、ちょっとロープに妄想をふくまらせていた俺を現実に引き戻す。



 「あ~はいはい、そこ! なにか?」


 

 全長25mの赤褐色の鱗を持ち牙と鋭い角の掛け軸に描かれていそうな東洋の龍のような荘厳な姿が、ロープにぐるぐる巻きにされてボンレスハムのように転がりながら牙をむきだす…ああ、焼いて食ったら旨いだろうな…。




 「勇者よ、何故だ…? 女神様より与えられた使命を忘れたか!」



 竜の王は、キリちゃんと手をつなぐキリトを見すえ咆哮する。



 「そうだ! 貴方の使命はこの世界を滅びより救う事であったはずじゃい!」



 ロープでぐるぐる巻きにされた身長100cmもないようなみの虫のような物体が、竜の王に賛同し甲高い声でじたばたはねる…ドワーフの王か?

 

 

 「…!」



 使命。



 その言葉に、キリト表情が強張る。



 ぱくぱく。



 キリちゃんが、自分の手をぎゅっっと握ってきたキリトを心配そうにみつめ何かを伝えようと懸命に声の出ない口を動かす。




 「…やだ…ぼく、しない…」



 キリトの言葉に、王達の顔が青ざめる。



 「ぼく、もう、キリちゃんを叩いたりしない! ぼくは、キリちゃんのお兄ちゃんだもん! そんな事言わないで!」



 キリトは、その腕をめいっぱい広げてキリちゃんを抱きしめる。



 その姿に、王達は息を飲み絶望した。



 「それが貴様の策略か…! 悪魔よ…何故…何故…世界を滅ぼそうとする?」



 竜の王が、ビリビリと魔力を巡らせ俺に問う。




 …なんて間抜けな連中だ。


 女神に踊らされているとも知らず、永遠に繰り返す時の中で一言一句同じ言葉で聞いてくんだから笑えない。




 「要求は何だ…」


 

 巨人の王が、低く呻く。



 「巨人の王よ! 悪魔の要求を聞くのか!」


 

 竜の王は、咆哮と共に巨人の王を叱責したが、それを獣人の王が制止する。



 「竜の王よ、我らは今やあの悪魔に捕らえられている…もし仮に我らが力を合わせ奴に立ち向かおうともその手中には勇者と魔王…そして狂戦士までも控えている太刀打ちなど出来はしない」



 獣人の王は、『我が獣人の狂戦士が理を踏み外すとは…』とガリィちゃんを蔑んだ目で見すえため息をつく。



 ガリィちゃんは、キリトとキリちゃんの背中を撫でながらギリッと唇を噛んでその獣人の王を睨み返す。


  

 「要求ねぇ…」



 俺は、壇上から降り転がる王達の眼前をゆっくりと歩く。



 血走った眼。


 こいつらは、俺を殺したくてうずうずしているが勇者の食糧を奪えず歯がゆい思いをしているんだろう。




 俺はゆっくりと口を開く。



 「女神クロノスの死」



 王達の顔が強張り、竜の王が俺に向かってその大口を開け大砲のように魔力をぶっ放した!



 ソレは俺に直撃し、この大司教の間の壁に直径10mほどの大穴を開けて外へ閃光となって飛び出していく。



 「!?」



 竜の王は、衝撃が過ぎ去っても無傷の俺を見て言葉を失う。



 当たり前だ、そんなのは俺には効かない。




 「世界と秤にかけ、女神様の死を要求するとは! 恐れを知らないのか!!」



 ドワーフの王が甲高い耳障りな悲鳴を上げる。

 


 「勘違いするな阿呆共…これは要求じゃない決定事項だ」



 王達は息を飲み、大司教の間が水をうったように静まり返った。



 「俺は、レンブランの敵とガリィちゃんキリトにキリちゃん…比嘉と霧香さんを守る為ならなんだってする…この世界がどうなろうと知った事か!」



 俺はコードモードを一気に展開する!




 王共の悲鳴が大聖堂中に響き、ガリィちゃんはその姿を見せまいと小さな二人を抱きしめて背をむけた。





 怒号。



 悲鳴。



 懇願。



 俺は彼等の意思など無視して、強制的に脳内を漁るこの行為は凄まじい苦痛だろうが慈悲などない。



 まともに話し合っても時間の無駄。


 

 脳をぶっ壊さなでおいてやるだけ有難く思え!




 やがて、王達の悲鳴が消え大司教の間は再び静まり返る。




 「ふ…あはは…」




 俺は満ち足りていた。



 すごい…レンブランには遠く及ばないがここにいる王達の知識が飢えた俺の知識欲を満たす。




 「…コージ…?」



 二人を抱きしめていたガリィちゃんが、何か恐ろしいものでもみるみたいな目で俺を見る。



 ああ、そんな震えて…食らい尽くしたくなるじゃねーか?


 

  

 『凄マジイナ』



 ふらっと、ガリィちゃんの所へ歩き出した俺の眼前に褐色の肌に紫の瞳が漆黒の翼を羽ばたかせ現れる。




 「…へぇ? もしかして、お前がリザードマンを扇動したの?」



 闇の精霊獣レヴィは、ふっと微笑む。



 『頼マレタノダ、新タナル精霊王ト大司教ニナ』



 レヴィの視線を追うと、破壊された扉の陰にメイヤとリーフベルが怯え切った表情で突っ立っている…どうやら一部始終を見られたらしい。




 『…大変後悔サレテイルラシイガナ』




 あ~…それはご愁傷さまなんだお。



◆◆◆





 「モリッツ シャグッ…ガツガツ  モギュモギュ…ゴクン! ふっ! っぐ! 水っつ!」



 「はい、こっじ!」



 荒れ果てた大司教の間の床に敷かれたシーツの上で、大量の食糧を口に詰め込んだ俺のすぐ隣でちょこんと座っていたキリトがその小さな手でどんぶりに注がれた水を俺に渡す。



 「さんきゅっ  ごきゅごきゅごきゅ~~~ぷはぁ~…ゲプッ!」



 「ほら~そんなに詰め込むから苦しんだよ~」



 ガリィちゃんが、俺の背中をとんとんしながら呆れたように言う。



 だって、腹が減って死にそうなんだもんよ!



 「こっじ! もっと…あ~ん!」



 キリトは絶えず俺に物を食わせようと今度は肉を突っ込んできた…ちっ、食い終わったらすぐに食われるってか!




 「はぁ…こりで、わえわえは世界を敵にまわしたれち…」



 メイヤは壮大にため息をつきながら頭を抱え、リーフベルに至っては『無心』とばかりに腐女子眼を開眼し俺とキリトとキリちゃんを凝視しながら原稿を進める…やめろマジで!



 

 「…で? これほどの事をしたんだからもちろん収穫はあるんだろうね?」




 俺の背後からにカランカが、巨人の王さながらに威圧感たっぷりに問う。




 「あ~そりゃもう…ガリッ」

 


 にやっと笑ってみせると、カランカの顔が引きつる。



 

 「何が分かったの?」



 ガリィちゃんが、膝にキリちゃんをのせながら興味津々に耳をピコピコさせ上目つがいに俺をみる。



 「ふっふ~ん! とくと聞いてくれ! なんと_____女神クロノスの居場所のおよその検討がついたんだよ!」



 「え?」



 

 俺の言葉に、その場にいた連中がそれぞれ異なる表情でフリーズした。

 



 えらく長い凛黙。





 

 「…………なんだって?」




 耐え難い沈黙を打ち破ったのは、カランカ。




 ようやく絞り出すような乾いた声…受けるw








 王達の知識。


 それは、各国の成り立ちであったり自身の種族の歴史であったり実に下らないものだったが新しい知識と言うものは『頭減ってた』脳を満たし興奮させる。



 まぁ、ぶっちゃけ必要だったのは言わずと知れた『時と時空を司る女神クロノス』に関するものだけ。



 とりあえず、全部の記憶を強制的にコードで割り込んで摂取する。


 それは、脳みそをミキサーされてるくらいの苦痛だろうがあくまで感覚だ脳は破壊していない…俺ってば紳士だからな。



 数値化して取り込んだ記憶の中から女神クロノスに関する記憶を抽出し、完全じゃないけどつないである程度の状況は理解した…だからこそ解せない。





 女神クロノス。



 この世界を滅びの運命から幾度となく救い続けるあのババァは、どうやら勇者の肉体経由でしかこの世界に干渉する事がむつかしいらしい。



 女神クロノスは、世界を滅ぼす魔王を倒すため勇者を造った。



 いわば、親子のようなもの…。



 そう思ったら、なんだか腸が煮えくり返る。



 あのババァにとって、勇者は…キリトは魔王を倒す為の道具に過ぎないのだろう…それでも…そうだとしても!



 手前ぇのガキじゃねえのかよ…?


 

 

 「…アンタ、本当にやるのかい? 勝てると…もし奇跡でも起こって勝てたとしてソレでどうなるってんだい?」



 不安気な表情を浮かべるカランカに、俺は意味深に笑って見せる。



 「そりで、女神しゃまは何処にいるれち?」



 黙りこくっていたメイヤの問いに、ガリィちゃんも俺を見上げて耳をピコピコさせた。




 はぁ。



 そうなんだよ…ここからがメンドイんだ。


 

 「女神クロノスは、この世界の狭間『亜空間』にいる」



 「あくうかん? それなーに?」



 俺のそばで大人しく座っていたキリトが。首をカクンとする。



 「う~ん、なんていうか…この世界の外の何もないけど全てがぐちゃぐちゃなとこって感じかな?」


 「う? う?」



 キリトは、きょとんとして『わかんない』と困ったポーズ。



 だよな~意味わかんないよな~…。



 「混沌の狭間」



 筆を止めたリーフベルが、ぼそりと呟く。




 「知ってるの? リーフベル」



 ガリィちゃんが、膝の上のキリちゃんを抱き寄せながら原稿に視線を落としたまま固まるリーフベルを食い入るように見る。



 「本当にあるなんて…たった今、賢者様の口から聞くまで確信が持てなかったけどもしかしたら…」



 「心当たりがあるれちか?」




 メイヤの問いに、リーフベルのとがった耳がぴくりと動く。



 「_______恐らく」


 「止めよ! 大司教…! それでも、女神に使える神官か!!」



 さっきまで死んだように寝てた竜の王が、息も絶え絶えになりながらもリーフベルを叱責する…へぇ、あれだけ頭の中を引っ掻き回したのに『竜』ってのは頑丈だな。

 


 リーフベルは竜の王などには目のくれず、立ち上がり俺を見る。



 「…混沌の狭間、それはこの世界の外側を指すものだと伝え聞いています…ですが_______」


 「女神への信仰を忘れたか!! エルフの大司教! それとも悪魔に操られているのか!?」

 


  竜の王は身をよじり、リーフベルに向かってガパッとその口を開け何やら詠唱を始めた!



 コイツ!


 リーフベルを殺すつもり____



 歌。



 リーフベルの唇が、聖歌のような歌を清らかに紡ぐ。




 「ガッツ!? ガアアアアアアアアアアア!!!」



 その歌は、俺にはまるで心が洗われるほどに心地よいものなのに竜の王は顔を歪めてのたうち回る!



 「う~…」



 見れば、そばにいたガリィちゃんと少し離れた場所にいるメイヤも眉間にしわを寄せながら耳をたたみ背後のカランカも肩をすくめため息をつく。



 一小節歌い終わる頃には、竜の王はもはや虫の息だよ…ナニこれコワイ!



 「おいおい」



 「大丈夫、このくらいで竜は死にません」



 にしちゃ、泡拭いて白目むいてビチビチ痙攣してっけどこれだいじょばなくない??




 「…混沌の狭間とは_____」



 おおう!


 そのまま語るかえ!?



 「_______世界の外、『無』と呼ばれたり『混沌』と呼ばれるものです」 


 「世界のそと?」


 「そと?」



 ガリィちゃんとキリトが、カクンと小首をかしげる。


 

 「まんま、世界にそとあるの?」


 「うー…外の外ってことかな?」



 『??』を頭上に浮かべる二人に、ぱくぱくとなにやら説明をしようとしているキリちゃんの図が受けるw




 ぱくぱく。


  ぱくぱくぱく。



 キリトの袖をキュッと握ったキリちゃんは、無表情に口を動かす。



 「…! 世界のそと…世界はいっぱい…げんかい? ここなくならないと、ゆぐどら キケン?」



 つか、キリト!


 キリちゃんの言葉がマジで分かってるくさい!




 「ん? ここをまもりたいなら___ころして?」



 キリトの顔が一瞬強ばって、次のにぽろっと大粒の涙が頬をつたう。



 「え? なに? キリト、どうしたの!?」



 急に泣き出したキリトに、状況の飲み込めないガリィちゃんがおろおろしながら俺に助けを求める。



 「やだっ…だめ…!」



 キリトは、キリちゃんの手をそっと掴んで俺を見上げた。



 「こっじ、ぼく、世界なんて守りたくない…キリちゃんと、こっじと、まんまとずっといっしょにいたいよぉ!」



 必死の叫び。


 互いを思い手をつなぐ小さな二人を目の当たりにしたとき、俺の中に浮かんだ感情。



 それは、後悔。



 俺はなんて愚かだったんだろう?


 キリトから流れ込んできたのは、苦痛と痛みでありその小さな胸が焼かれるような罪悪感。



 魔王を殺した。



 それは、過去の過ちを後悔に変えキリトを苦しめる。


 いや、そもそもそれは過ちでもなく『義務』であり勇者の存在意義だったはず。



 こんなもの、感情など持ち合わせていなかった頃には感じる必要の無かっただろうに…。


 俺は自分の目的の為に、こんな小さな子供に本来なら知る必要のなかった苦痛を与えている。



 最低だな。



 「へ? コージ?? コージも泣くの?? どうしよ、キリちゃん!」



 ガリィちゃんもキリちゃんもおろおろする中、リーフベルが『よろしいですか?』っと申し訳なさそうに咳払いをする。



 「魔王…いえ、キリちゃん様がおしゃった『ゆぐどら』とはもしかして『世界樹:ユグドラシル』のことですか?」



 リーフベルの問いに、カランカの眉に更に深く皺がよる。



 「ゆぐどらしる? なんだいそりゃ?」


 「世界集合体理論れち」


 カランカのそばまで寄ってきたメイヤが、視線は此方に向けたまま言葉を続ける。



 「は?」



 考えるのが苦手なカランカは、ガリガリと頭を掻く。



 「簡単に説明するとれちね、世界はここだけじゃなく、もっと沢山数え切れないくらいあってその一つ一つが影響しあって寄り集まってまるで一本の巨大な大木の枝ように広がっている…そう言う風な解釈があるんれちよ。 そして、その寄り集まった世界の集合体を『世界樹』とか『ユグドラシル』とか呼んでまち」



 メイヤは瞳を輝かせる一方で、『あくまで、理論の域を出ないと思ってまちたに…』と複雑な表情を浮かべる。



 「……あー! もう、なんだい!? まどろっこしいねぇ! 結局これからどうすんだい? このままじゃ埒があきゃしない! 女神とやり合うとして、どうやって亜空間とやらにいくのさオヤマダ!」


 「カランカ!」



 苛々を募らせたカランカをリーフベルが諭す。



 「カランカ、私は女神様と戦うのは気乗りしない…出来れば話し合いで解決出来ないかと思ってるわ」


 「リーフベル…アタシは…!」



 脳裏にレンブランの事がよぎったのか、カランカは唇をきつく噛み沈黙する。



 「ごめんなさい…でも、私思うの! 勇者様と魔王のお二人が互いに手をとれるなら、この滅び行く世界をもっと別の方法で救えるんじゃないかしら? それを女神様とお話する事ができたならって!」


 「ふぬ…たしかにリーフベルの言うとおいりれち」




 俺は、三人の会話をただ聞いていた。



 ああ、レンブラン見てくれ!


 女神に従うばかりだったお前の大切な仲間達が、己の意志で『時』を進めようとしている。


 ただ繰り返すだけの、決まりきった歯車を壊してお前の求めていた答えを探し始めたんだ!



 「あれ? コージ…今度は笑ってるの???」



 ぴぃぴぃ泣いてるキリトをキリちゃんとあやしていたガリィちゃんが、情緒不安定と化した俺を心配そうにみて『ガリィがしっかりしなきゃ』と何やら決意を新たにした模様。



 嫁の成長をひしひし感じる今日このごろ。



 俺は、議論を続ける三人へ向けて足を踏み出し起死回生の一手を教えてやろうと_______。








 『愚かな』






 ソレはまるで空間に響くような、そんな声。




 『逃ゲロ! 賢者ァ!』



 レヴィが、俺に向かって全速力で飛んで_______ぬるっ。



 俺の腰あたりがヌルつく。



 濡れてる?



 振り向くとそこにはキリト。



 何して?

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