箱入り勇者

 ------------------------------------------------------

 

 僕は、つくづく思った。


 『柄にもないことはするもんじゃない』…と。


 商業都市のまるで要塞のような領主の館は粉々に吹き飛んでいた。


 激しい耳鳴り、ぶれる視界、息をしようにも喉が破れているのかヒューヒューと空気が漏れる。


 とりあえず手で押さえようと右手を動かそうとしたが、右手が無かった。


 グチャグチャ…ゴリッ…ぷちゅ。


 僕の中で相変わらず寝こけている時と時空を司る精霊リリィの恩恵を得て、僕の体は破壊される前へと『巻き戻されて』行く。


 この力を当てにしたとは云え、柄にも無いことするもんじゃないな…もう二度としない!


 ようやく、元に戻った体を起こし僕は辺りを見回すがあるのは屋敷の瓦礫の山ばかりでさっきまで建物の3階部分に居た筈なのに此処はどう見ても地面だ。


 視界の端に青い光を捕らえ、僕はその場に駆け寄り瓦礫をどける。


 ソレは、半透明の青い球体の形をした結界の中に入れられていた為無事だった。


 爆発の衝撃からか、結界は今にも壊れそうに弱弱しく光をはなっている。


 まさか…これが…!?

------------------------------------------------------


 青く晴れた空。


 白い雲。


 大空に舞う巨大ニワトリの背中に、込み上げる吐き気。


 「コージ、大丈夫?」


 レンブランが、背中を擦る。


 「大…ゴポッ!」


 俺は、レンブランの着ていたローブに更に吐いた。


 「…悪りぃ…」


 レンブランは、着ていたローブを脱ぎ背負っていたリュックを漁る。


 「きっと、乗り物酔いだね…これ飲んで」


 ふとましい手から、琥珀色の液体の入った手の平サイズの小瓶が手渡された。


 少し抵抗があったが、俺は小瓶のコルクを抜き一気に飲み干す。


 ……嗚呼、クソ不味い。


 「不味いよね~でも、コレがよく効くから頑張って!」 


 レンブランの言葉通り、あれ程酷かった吐き気が徐々に治まっていく。


 「どう?」


 「ああ、助かったよ…」


 よかった~と、レンブランは胸を撫で下ろす。


 吐き気の引いた俺は、ようやく辺りを見回した。


 うん。


 ここは空の上…。


 正確には、巨大ニワトリの背中の上で眼下には緑の草原が広がっている。


 一体_____。


 「今、ボク等は東の森…『封印の森』へ向ってるんだ」


 俺の表情をみて、察したレンブランが坦々と答える。


 「_____『封印の森』?」


 「うん、コージの友達は森にいるって言ってたでしょ? ここら辺で森と言えばそこしかないしそれに___」


 「駄目だ! 戻ろう、レンブラン!!」


 俺の言葉に、レンブランは驚いた顔をした。


 「今直ぐ戻って、あの村長のババァに謝れ!」 


 驚いた表情をしていたレンブランだったが、『ああ…』と表情を和らげる。


 「追放の事気にしてるの?」


 事も無げにレンブランは言う。


 「当たり前だろ!? 俺は『魔王の手下』なんかじゃないし、お前は俺の看病をしただけだ! 追放なんて間違ってる! それに___」

 

 「証拠は?」


 俺は、言葉を詰まらせた。


 「証拠って…」


 「今、村に戻ってコージやボクが幾ら説明したって誰も耳を貸さないよ」


 緑色の瞳が、真っ直ぐ俺を見据える。


 「…確かに、俺の事を証明するのは無理かも知れないけど…」


 それでも、レンブランは______。


 「コージ、良く考えて。 君は、他の皆とは違う…只それだけで『彼女達』の討伐対象にされたんだよ? 多分、ボクも今頃その対象にされてるだろうね」


 レンブランは、俺に背を向けニワトリの手綱を握る。


 「何で!?」


 「ボクも『変わり者』って、事だよ」


 なお悪いじゃないか!


 レンブランは、明らかに俺に巻き込まれて村を追放されただけじゃない…命まで狙われる事になったって…うわぁ~どうしよう。


 「レンブラン、俺…!」


 なんと、言って良いか分からない…土下座とかじゃ済まされない…どんな謝罪も無意味だ。


 「追放された事は気にしなくていいよ、いつかは村を出るつもりだったからね」


 あ、確かさっきも言ってたけど…。


 「それって_____」


 ガコン!


 っと、何かが外れるような音がしてその瞬間今まで順調に飛行していたニワトリがバランスを崩す!


 「うわぁ!!」


 俺は、その場に伏せ白い羽毛にしがみ付いた!


 「不味い! 翼が!」


 レンブランが、手綱を強く引くもニワトリは上昇するどころか眼下に広がる森に向って急降下する!


 「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 もはや俺には、叫ぶ事しか出来ない! 


 「っく! コッカス! 撃って!!!」



 ピキャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!


 レンブランが叫ぶと、ニワトリは先ほどと同じ光線を地上に向って放った!


 すると、不思議な事に光線は地表に到達する前にビキビキビキと音を立て岩の壁と作る。


 「コージ! しっかり捕まってて!」


 「おい! 待て待て待てぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 俺達をのせたニワトリは、そこに壁でもあったかのように楕円に広がった岩の障壁に速度を緩める事なく一直線に特攻する!


 そうすると、当たり前だがどんどん空中に張られた岩の壁が近づいて来ますね!


 このままでは、ニワトリは頭から岸壁に衝突するでしょうよ!


 「嘘だろぉっぉぉぉぉぉ!!!!」


 パニックに陥る俺を尻目に、岸壁寸前でレンブランが手綱を引く!

  

 クエェェェェェェェェ!!!


 手綱の合図を受け、ニワトリは真っ逆さまに墜落を続けている体を空中で起こす!



 ガガガガガガガガガガガ!!


 ニワトリの足が、岸壁を捉えその衝撃で伏せていた俺の体が跳ねる。


 はっ…! 助かった…?


 衝撃が過ぎ去り俺は、恐る恐る顔を上げレンブランを見た。


 「レンブラン?」


 レンブランは、必死に下の様子を覗き込んでいる。


 「…どうし_____!?」


 突如、下の様子を見ていたレンブランが俺の襟首を掴みあげた!


 「コージ! ゴメン! あんまり持たないみたいなんだ!」


 何が____っと、言いかけた時にはレンブランが伏せる俺を羽毛から引きはがし______。



 空中へ。



 放り投げた。 



 「へ?」



 嘘ん(」゜ロ゜)」(」゜ロ゜)」(」゜ロ゜)」オオオオオッッッ!!



 放り出された体は、重力に従い猛スピードで落______ぐはっ!?


 何も無いはずの空中で、背中が何かにぶつかり落下が止まった。


 「え? え?」


 俺は、ぶつかった背中の衝撃を忘れニワトリの背から心配そうに此方を見るレンブランと尻の下に広がる下界を交互に見る。


 「コージ! よく聞いて! 今ボク等の真下にはさっき言った『封印の森』が広がってる! その名の通りこの森全体が触れてただけで死ねるくらい強力な結界で封印されているんだ!」


 ニワトリの立つ、岸壁は徐々に周りから崩れていく。



 え? 触れたら死ぬ?


 俺、めっさ座ってんですけどぉぉぉぉぉぉぉ!?


 ビキビキ…!


 っと、俺の尻の辺りから良く映画とかである『池に張った薄い氷にヒビが入る』的な音が!?

 


 パキィィィィィィィィィン!


 まるで、ソレが合図だったように森に張られた『結界』が音を立てて崩壊してさ…ええ、もう真っ逆さまですよ。


 「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 錐揉み状態の中、恐怖とか色々通り越してもはや純粋な『怒り』が湧き上がる!!



 まずは、巻き込まれに巻き込まれた事!

 話も聞いてもらえず、理不尽な扱いを受けた事!

 折角の異世界なのにろくな能力が貰えなかった事!

 絶叫系無理なのに、人生二度目のスカイダイブ!(パラシュート無し)


 そして、何より…レンブランを巻き込んでしまった事。



 やりきれない思いが頭を過ぎるが、直ぐに『現実=地面』が猛スピードで迫ってくる!!


 こーゆー場合、主人公なら川とか泉とかに__ああ…駄目だどう見ても森の一角にポツンとある日のあたる原っぱですね~WW



 駄目だ、死ぬ。


 地面に激突して死ぬ。


 ナニ? モブは此処で潔く死ねってこと?


 「って! いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 え? 俺、まだ14歳よ!?


 まだ、女子とチューとかしてない!

 あ、胸は揉めたけど6個とかマジかんべん! あれノーカンで!!

 だって、HDに撮り溜したアニメとか見なきゃだし!

 秋葉にも行きたいのに!



 まだヤりたい事、山ほどあるんすよぉ!!!!!



 神様! 仏様________!



 「コージ!!!!」


 レンブラン様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!


 殆んど放心状態だった俺の視界に飛び込んで来たのは、岩でできた『柱』を垂直に駆けるニワトリの背に乗ったレンブランの姿。



 「コージ! 体を水平に保って! 落下速度を保つんだ!」


 「え"?」


 「手足を広げて! そう! 良いよ! そんな感じ!!」


 レンブランの指示どうりにすると、落下速度が落ち体が安定する。


 が、地面はもう直ぐそこだ!!!



 「レ、レンブラン!!!!」


 「…ごめん! コレが最善策なんだ!」



 レンブランが、苦悶の表情を浮かべる。



 「え? ちょ_____」


 巨大ニワトリ事コッカスが、岩の柱を蹴った。


 ガパッっと、口ばしが大きく開き鋭い牙がむき出しになる。


 あ。


 俺の脇腹に、コッカスの鋭い牙が食い込んだ!



 「いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」


 脇腹を突き破り、背中に達するこの痛みを言葉で表現するには俺の人生経験は浅い!


 ガガガガガガガガガガ!!!


 コッカスの二本の足が、地面を捉えその衝撃で更に牙が食い込み血が吹き出す!


 「ぎゅあぁぁぁ!!」


 コッカスは、俺を咥えたまま木々をなぎ倒しようやく止まった。


 「うわぁ! コージ!! コッカス! 早く放して! も~ペッしなさい! ぺっ!」


 『ぺっ』って。


 まるで、ぬいぐるみに噛み付いた犬のように俺を放さないコッカスの口ばしにレンブランが車のタイヤ交換なんかで使うアレっぽいヤツでこじ開け瀕死の俺を引きずり出す。


 「コージ! ほんとゴメン! 大丈夫、何とかするから! 気合だよ! 兎に角死なないで!」


 あるぇ?

 『死』って、気合でどうにかできたっけ?

 

 そうこうしている内に、だんだん視野が狭まる。



 あ…ヤバイ、これ…ガチで駄目なヤツじゃね……?



 感覚が鈍り、あれ程の激痛が遠のいていく。


 レンブランが、ナニか叫んでいるがもはや聞き取れない。


 あはは…マジですか…?


 所詮、モブなんてこんな扱い__________?


 視界がぼやけ、俺の意識は暗転した。





 ズキン!


 突如、遠のいていた痛みが俺の意識を呼び戻す!


 「____! っは!? いでっ! 痛てぇ! ちょっと待って!?」


 痛みから逃れようと、身を捩るも両腕がコッカスの足の指よって地面に押さえられるように拘束され身動きが取れない!


 ぐちゅぐちゅ…と、ハンバーグを捏ねるような音がすたび脇腹に激痛が走る!


 「な"、何やってんだよ!!」


 俺は、この苦痛を与える主を怒鳴りつけた。  


 俺に跨り返り血の跳ねるまん丸い癒し系の顔が、にっこりと微笑む。


 「よかった~気が付いたんだね~! もう少しだから我慢してね!」


 真っ赤に染まった手には、ピンセットとソレに摘まれた針_____?



 ぷっ。



 「っつてぇぇぇえぇ!!!!」


 やりやがった!


 麻酔ナシですか!?


 レンブランのは、まるで虫の手足をもぐ無邪気な子供の笑みを浮かべてる。



 「がふっ げ_______



         ----しばらくお待ち下さい------




 穏やかな日の当る美しい森に、響き渡る俺の悲鳴。



 もうどの位、叫んだだろう?



 「っ!!! ぁ"ぁ"…!!」


 パチン!


 「手術完了__コージ良く頑張ったね!」


 糸を切ったレンブランが、にっこり微笑む。


 いっそ気絶出来れば良かったのに、中途半端に意識を保ってしまった俺は麻酔なしで内臓縫われるという苦行を耐えぬいた。


 我ながら、良く発狂しなかったなぁと思う。


 「 ! !!」


 「声枯れちゃったね」


 レンブランが、満面の笑みを浮かべる。


 ……怖い! 怖すぎる! 明らかに楽しんでますよね?


 そして、傷に薬を塗り手際よく包帯巻かれよく分からない薬を10種類くらい飲まされた。


 「…どう? 動けそう?」


 「……」


 治療後、脇腹からは全くと言って良いほど痛みを感じないだと!?


 おかしいよね? 


 内臓貫いて背中突き破ってたよね?


 血もヤバイくらい出てたよね?


 俺、マホーとか効かないし…あの薬て______?


 ポンっと、肩にふとましい手が置かれる。


 「コージ、深く考えちゃ駄目だよ」


 緑色の目は、笑っていない。


 あは★ そーだね! これ、ファンタジーだもんね★


 「あははは」


 緑の美しい森に、俺の乾いた笑い声が小さく響いた。



               ◆◆◆





  パチ…パチパチッ…。


 夜の森に、松明がゆれる。


 「今日は、この辺で野宿にしようか?」


 前を歩いていたレンブランが、コッカスの背に揺られる俺に声をかけた。


 「了解!」


 俺が、背から飛び降りるとコッカスはさも気持ち悪かったと言わんばかりに身震いする。


 「ココココココ…!」


 何なのコイツ?

 何でそんなに俺を嫌う!


 「コージ! 早く手伝って~」


 レンブランに呼ばれ、俺はコッカスに背を向ける。


 背中に、敵意の視線を受けながら俺はレンブランに習って野宿の準備を始め月が真上に来るころには何とか完了した。



 満点の星空の下、焚き火を囲む二人と一匹。



 「うわぁ…」


 俺は、見慣れない緑色の三日月と青白く輝く星達に別の意味でため息をついた。


 「今日は、月の力が弱いから星が良く見えるよね~」


 レンブランが、焚き火に薪をくべながら呑気に喋る。 


 チラチラゆれる焚き火の明かりに照らされて、テントに食材、椅子にテーブル…命を狙われ逃亡中の野宿と言うよりはキャンプだなコレは。


 ソレにしても、一体あの小ぶりなリュックの何処にこんなに荷物が入っていたんだろう?


 つか! 何でコイツは、こんなに余裕なんだ?


 

 「なぁ、レンブラン」


 「さっ! ご飯できたよ!」


 俺の言葉を遮るように、レンブランは焚き火にかけていた陶器の鍋を下しテーブルに置いた。



 「今日は、薬膳スープだよ~」


 「おい」


 「流石に、内臓グヤグチャになったばっかりだから軽めにね」


 「え? ぐちゃ…マジで!?」



 つーか! 飯食って良いのそれ!?



 レンブランは、手際よくスープを器に注ぎ俺の前に差し出す。


 「ありがと…」


 「さ! 食べよ! お腹すいた~!」


 取り合えず、スープを飲む…薬くさっ!!!


 それに、スープが喉を通り抜け内臓を熱くする!



 「ごっほっ!!」


 「頑張って! それ全部飲んだら…コージが知りたい事教えてあげるから!」


 「何でもか?」


 「……うん、ボクが知ってる限りの事は全部__って一気飲み!?」


 俺は、スプーンなど使わずまるで杯のようにスープを一気に飲み干す!


 内臓が焼けるように熱い。


 「けふっ! これ、マジできっつ…!」


 「わぁ!! 水! 水!!」


 テーブルに、突っ伏した俺にレンブランが慌てて水を飲ませる。


 「無茶しないでよ! ただえさえコージは脆いんだからぁ!!」

 


 その時だった!



 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォン!



 森に響く爆発音、それと地を這うような獣の咆哮…?


 それを皮切りに、森中の生物たちが一気にざわめく。


 「一体、何なんだ? レンブラン?」


 レンブランの表情は硬く、爆音のしたほうを見据えていた。


 「そんな、早すぎる!」


 レンブランは、椅子から荒々しく立ち上がる。


 「あ、おい!」

 「コージ…君は此処で待ってて!」


 ふとましい体に似つかわしくない素早さでレンブランは、コッカスの背に飛び乗る!


 「ココココ!」

 「ゴメンねコッカス! もう一頑張りして貰うね!」


 レンブランは、コッカスの顎にぶら下がるベロベロした赤い部分を済まさそうに撫でぐっと手綱を引いた。


 「コージ! ボクが戻るまで火を絶やさないで!」


 「何処行くんだよ!?」


 「大丈夫、すぐ戻るから!」


 それだけ言い残すと、レンブランを乗せた白いニワトリは森の中に消えた。


 すぐ戻るって…こんな所で俺一人どうしろと?


 凄い慌ててたな…あの地響きと関係あるんだよな…きっと…。


 色んな事がありすぎて、思考が追いつかない…そうだ! 



 何か書くものあったけ?



 俺があたりを見回すと、焚き火の明かりに照らされあるものが目に入った。


 茶色い革の、小ぶりなリュックサック…ソレはテントの前に無造作に置かれている。


 俺は、リュックにゆっくりと近づいた。


 この中から、コレ全部出てきたんだよな…?


 コッカスの背中に乗っていた時もレンブランは、コレ以外の荷物なんてもってな無かったし…牢屋でもこのリュックから俺の学ランやら鞄やらが出てきたし明らかに体積以上の物体を収納出来るなんてさしずめ●●え●●の四次元●●ットならぬ『異次元リュック』っと言った所か…。


 あのドタバタの中、俺の鞄をレンブランがこの中に入れていてくれたなら…。


 俺は、淡い期待を胸にリュックの蓋を開けそっと手を入れた。



 ゴソゴソ…ずぶぶぶ!


 えええ? なにコレ何処まで腕は入いんの!?


 おかしい…明らかに殆んど肩まで腕が入っているのに底に手がつく気配が無い。


 傍目から見れば、腕より浅いリュックに肩口まで手を突っ込んでいる俺って下手なマジシャンに見えないことも無い。



 ええ~っとぉ…書く物、書く物何か無いか?



 ガサッ!



 俺は、手に当ったそれを捕まえそのまま上に引き上げた。


 おお、ビンゴ!


 俺の手には、普段から愛用している100円均一で購入したシンプルなビニール製の手提げ袋。


 中を漁ると、筆記用具にノートが一冊。


 多少湿ってはいたが、記入するのに問題はないだろう。


 「ふっ」


 ノートの表紙を見て、俺は思わず苦笑した。


 100円均一の店で、3冊まとめ売りされてそうな普通のノートの表紙にはでかでかと赤いライオンのスタンプが押されている。


 …このノートはつい最近行われたマラソン大会に全校生徒に参加賞として配布された物で、このライオンは俺の通う私立尚甲学園の校章。


 恐らく生徒会や先生方が人海戦術で手押ししたのだろう、若干歪んでいる。


 ストックのノートが丁度なくなったから、使おうと思って鞄に入れたんだっけ…。


 焚き火の前に移動しノートをめくる。


 何も書かれていないまっさらなページに筆箱から取り出したお気に入りの6色ペンを走らせる、取り合えず今までの経緯を適当にまとめておこう。


 それにしても、よもや自分の身にこんなファンタジーな事が起ころうとはマラソン大会の頃には想像も出来なかったなぁ~って。


 まあ無いよ普通。


 つーか俺っち、主人公違うし!

 モブだし!

 非チートだし!

 殺されかかるし!

 てかさぁ~マジで比嘉と霧香さん何処!?


 二人に会えないと俺、家に帰れないみたいなんですけどぉぉぉ!!


 思いの丈をまっさらなページに叩きつける!


 気が付くと空っぽだったページは、自分でも引くくらい文字に埋め尽くされ書いた本人でも解読に時間が掛かりそうな禍々しい物へと変貌していた。


 ページを節約しようと、詰め込みすぎたかね?


 コンタクトしてないから余計に文字がカオスに…って!


 親父から眼鏡借りてたんだっけな~ずっと忘れてた~馬鹿か俺は!


 上着の内ポケットに入れていた眼鏡ケースを取り出し、中を開ける。


 薄い黒縁に遠近両用の圧縮レンズ…良かったキズ一つ無い!


 このドタバタで、壊れてしまったんじゃないかと内心冷や冷やしたがどうやら無事だ。


 早速、眼鏡をかける。


 最近ずっとコンタクトだったから久々だ。


 「おお」


 丸二日以上、コンタクトも眼鏡もしていなかった所為か世界がくっきり生まれかわった気が_______ガサッ!


 くっきりした世界を堪能するのもつかの間、背後で草の揺れる音がして俺は身を硬くする!


 恐る恐る振り返ると、松明と思われる光が3つこちらに向ってくるのが見えるじゃねーか!


 ヤバ! どうしよう! あれ、絶対レンブランじゃねぇよ!!


 もし、レンブランなら松明は一本だしなんか聞き覚えのある声とかするし!


 声と物音はどんどん近づいて来る!


 …此処で待っているように言われたが、コレは無理だ!


 取り合えず、ノートをレンブランのリュックに突っ込み小脇に抱えて茂みの中に飛び込んだ。


 ガサッガサッ!


 俺が、茂みに飛び込んでしばらくすると反対側の茂みが揺れ物凄く見覚えのある三人組が現れた。


 「あの~何方かいませんか~?」


 白いローブに緑色の長く美しい髪のエルフが、警戒しながらあたりを見回す。


 「ついさっきまで誰かいましたって感じだねぇ…どうだい?」


 ひときは背の高い、赤い髪の姉御が黒いユニコーンの引く馬車の手綱を持つ幼稚園児に声をかける。


 「ここら辺一帯は、常に魔力が充満してまち…魔力感知は期待出来ないれちよ」

 

 幼稚園児は、掌に浮かべていた水晶的なものをローブの懐にしまう。


 …間違い無い。



 どう見ても、村で俺とレンブランを殺そうとした女達だ!


 こんな所まで追ってくるなんて…何なの?

 

 たかだか、魔法が効かないから抹殺しようとするなんて!

 

 皆と同じじゃないと生きる資格が無いってか!?


 個性は大事だって、学校で教わらない無かったか!?



 今の俺なら、狩られる獲物の気持ちが死ぬほど分かる!

 こんな理不尽な理由で殺されるとかマジかんべん!


 「メイヤ…この森、先住民とかいるのかい?」


 背の高い…確かカランカと呼ばれていた女が、どうみてもお楽しみキャンプと言った設備に眉を顰める。


 「この森は強力な結界で封印さりてたから、そんなモンはいないれちよ十中八九奴等が用意したものでち」


 メイヤと呼ばれた幼稚園児が、馬車から降りテーブルに置きっぱなしになったレンブランの器のスープに指を入れる。


 「そうだとしても、緊張感のまるで無い連中ね」


 エルフの女が、ため息を付いた。


 「まだ、暖かいれち…近くにいるれちよ」


 メイヤは、紅葉のような小さな手を振ってスープの汁を掃った。


 「さっきの地響きは奴らの仕業かい?」


 カランカは、忌々しいとばかりに声を低くする。


 「やはり、この森に来たのは…」


 エルフ女が、表情を硬く額に手を当て何か考え事をする素振りを見せた。


 「リーフベル、『起動』べきじゃないかい?」


 カランカが、顎で馬車のほうをさす。


 「そんな、危険すぎる! 今はまだ…」


 「今、使わないでどうするんだい! そのための『勇者』なんじゃなのかい!?」


 カランカの言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた!


 勇者…て!


 俺は、黒いユニコーンがのせているものに目をやる。


 焚き火の明かりでよく分からないが、てっきり人の乗り込む場所だと思っていたソレは良く見れば出入り口は愚か窓すらない。


 箱だ。


 それは、大人4・5人くらいが入れそうな黒い金属のような物で出来た大きな箱…それが焚き火の明かりを反射する。



 ウソ…! 

 まさか、あの中に霧香さんが!?


 「リーフベルの言うとーりれちよ! コレはあくまで魔王と闘うための物、此処へ着た本来の目的を思い出すれちよ!」 



 目的?


 俺やレンブランを殺しに来ただけじゃないのか?


 つーか、やべぇよ!


 霧香さん、あんなキチガイな連中に捕まってんの!?


 しかも、あんな窓も無いようなトコに入れられて?


 なにコレ、勇者の扱い酷くね?


 「じゃ、どうするってんだい! 此処にいても埒があかないよ!!」


 ヒステリックに叫ぶカランカの肩にリーフベルが、そっと手を置く。


 「取り合えず、当初の目的を果しましょう彼らのことはそれからでもお遅くは無い…良い…使命を忘れないで」


 「っく!」


 悔しそうに顔を歪めるカランカを尻目に、メイヤが馬車に飛び乗る。


 「二人とも、ぐずぐずしないでさっきの地響きのしたトコに行くれちよ!」


 馬車が動き出しキャンプがら出ていく。


 え、ちょっと!


 俺は、思わず茂みから這い出し走り出した馬車の背後から黒い箱に触れた。


 黒いソレは、ひんやりとした感触だが金属とは違う感じが______ズブッ!



 「え?」


 ズブズブズブ!!


 『箱』の表面に触れた右手が、まるで泥に手を突っ込んだ時のようにどんどん沈む!



 「な!」


 ガラガラ進む馬車に、引きずられるような形になりながらも『箱』は這うような速さで俺を取り込もうとする!


 慌てて腕を引き抜こうとしたが、ビクともしない!


 俺は思わす叫び声を上げそうになったが寸前のところで自分の口を塞ぐ…今此処で叫んだら女達に見つかるっていう!


 かと言って、このままだと『箱』に食われちまうぅぅぅぅぅ!!


 そうこうしている間に、俺の腕は肘まで飲み込まれる!



 駄目だ!

 もう我慢出来ない!!


 「レ____」



 その時、箱の向こう側にある右手を何かが掴んだ。


 「_________!!?」



 ドプン!


 俺は叫ぶ間もなく、『箱』の中に引きずり込まれた。



 …………………………



          …………………………!?



 痛くはねぇ…。


 俺は、恐る恐る目を開けたはずだった。


 真っ暗だ。


 目を閉じて、開けてを繰り返すもここは漆黒の闇だ。


 「おふぅぅぅ…!」


 我ながら、意味不明なため息が出る。


 うん、どうしよう。


 何処を見回しても、何も見えない…自分の手さえも見えない。



 え、あ!


 そうだよ! 霧香さん! ここに入れたって事は_____!


 「霧香さん…いますか~?」


 俺は、外に声が漏れないよう小声で話しかける。


 漆黒の闇の中、地面から足を離さない用に恐る恐る真っ直ぐ前へにじり寄る。


 ゴツ!


 「いてっ!」 


 何かに頭を強かぶつけ、頭を抱えてその場に蹲る。


 ~~~~くっそぉぉぉ~~~脇腹の次はコレかよ~!



 俺は痛みを堪え、またぶつけてなる物か! とソレに手を伸ばす。


 「冷たっ!」


 容易に触れたソレは、まるで氷のように冷たい…いや…氷なのか?



 ピキッ!


 「え?」


 ピキッ パキッ…!


 俺の触れたあたりにヒビが入り、そこから光が漏れる。


 「なにコレ! ちょっとぉぉぉぉぉ!!!」


 パキィィィィィィィィン!


 「っつ!!!!?」


 黒い殻のような物が、砕け散り俺は思わず目を閉じた!


 それっきりしんと静まる、『箱』。


 俺は硬く閉じた目蓋ごしに光を感じ、ゆっくりと目を開ける。


 何だコレ?


 『何なのか良く分からない』


 それが、俺の率直な感想だった。


 俺の右手が触れるそれは、この黒い箱の天井から管のような物に吊るされたぷたぷとまるで縁日なんかにある水風船のように馬車が動くたびに揺れ淡く光を発っする。


 いや、水風船にしてはでかい。


 直径80cm位はありそうだし、何より触った感じがなんて言うか…強いて言えば…そう…まるで『植物』?


 添えられていた、手の平がヌルッっと滑る。


 げっ! 手ぇ切れてんじゃんよ!?


 どうやら、先ほどの飛び散った破片で少し切ってしまったらしい。


 「はぁ…」


 兎に角、何か血を抑える物は無いかとレンブランのリュックに手を_____ドクン。


 ?


 俺は、リュックからゆっくりと視線を謎の植物に移す。


 気のせい…だよな?



 ドクン。


 …う~ん。




 ドクン ドクン ドクン。



 あ~これ、ガチな奴だw


 俺は、箱の壁ギリギリまで体を寄せる!


 「ウソ! なにコレ! マジ怖いんですけどぉぉ!!」


 まるで心臓の鼓動のように蠢く淡く光を放つソレの中で、小さな影が物凄い速さで千切れてはくっ付きを繰り返しどんどん大きくなる!


 あ、何かコレみたことある…アレだ細胞分裂ってやつだ!


 理科の教科書にのっていた分裂っぽいそれはやがて収まり、影は鼓動を早め今度は何かの形をとるソレはまるで…。


 「あ 赤ん坊?」


 俺に見えるのは、まるで影絵のような物だがソレが少なくとも何かの子供である事が見て取れる。


 『赤ん坊』は、鼓動を繰り返しながら更に大きくなる。



 ドクン ドクン ド… ド ドッ ドドッ…!


 「え!?」


 急に、鼓動が乱れる。


 先ほどまで早いながらも、リズムを刻んでいた鼓動が不規則に乱れ中の『赤ん坊』が苦しそうに手足をバタつかせる!


 「おい! ちょっと!!」


 謎の植物の光が徐々に弱まり皮がたるむ____え? ヤバくない??


 俺は、壁から弾かれた様に駆け植物の皮弛んだ皮を掴み一気に引き裂いた!


 ザバァァ!


 すっかり弛んで脆くなった皮は、いとも簡単に破け中から大量の液体がこぼれ出す!


 「うえっ! ぺっぺっ! しょっば_____!?」


 べちゃ!


 腕の中に、生暖かい何にかが液体と共に流れこむ!


 「…尻?」


 ソレは、尻だった。


 真っ白なモチモチとした可愛らしい赤ん坊の尻。


 「お 男の子ですね…?」


 いつも見慣れたお稲荷さんとポークビッツが、赤ん坊が男の子だと自己主張する。


 一瞬頭が真っ白になったが、俺はある異変に気が付いた。


 赤ん坊が、ピクリとも動かないのだ…それどころかさっきまで生暖かい感じだったのにどんどん冷たくなっていく!


 「え、おい!」


 俺は、おかしな体制で腕に収まる赤ん坊を床に置く!


 「あ あ そんなっ!」


 赤ん坊の顔面は、蒼白、目は虚ろ…なにより…息をしていない!! 


 どうして良いか分からず、軽く頬を叩いてみるがまるで人形のように首が揺れるだけ。


 「おい! おい!」


 俺は兎に角赤ん坊を揺すった!

 この赤ん坊が何であれ何とかしないと!

 このまま死なせちゃ駄目だ!!


 でも、どうすりゃ良い! 何か無いか!? 



 …あ!


 俺の脳裏に、つい最近受けた保険体育の授業が頭を過ぎる!


 人口呼吸!

 そうだよ! でも、どうすんだっけ!? 俺真面目に___!



 誰も、真面目に聞いていなかった保険体育。


 キレた体育教師が、窓際で寝ていたクラスメイトにみんなの前で人形相手にやって見せろと指示をした。


 教師含めクラスの誰もが、失敗するだろうと冷やかし半分で見たいたがソイツは三体並べられた人形の中で最も重症と判断される赤ん坊の人形を選び恥じる事無く完璧に『心肺蘇生』を行い皆の度肝を抜いた。


 余りに完璧な立ち振る舞いに、呆然とする教師を鼻で笑うと自分の席に戻りまた眠りについた…その行動は俺の目に焼きつき今でも…。


 俺は、回想を止め目の前の赤ん坊にソイツがやった『心肺蘇生』を施す!


 足の裏を叩き反応を、首を折らないように軌道を確保し小さな肺が破裂しないように小さな鼻と口を自分の口で覆い息を吹き込み肋骨を折らないように二本の指で心臓を押す。


 10回押して、2回息を吹き込むサイクルを繰り返し繰り返し体力の続く限り小さな体に施す。



 駄目だ! 死ぬな!


 次第に、俺の方が酸欠になり肩で息をするがそんな事に構ってる場合じゃない!


  「ごぽっ! ぅぁ…ぅ…」



 息を吹き込もうとした瞬間、赤ん坊が体液を吐き出し小さく鳴いた!


 「はぁ、はぁ、やった…!」


 徐々に赤みを取り戻し手足をばたつかせ小さいが声を上げて鳴く赤ん坊を、俺は自分の着ていた学ランの上着に包んで抱きかかえる。


 「よかった…比嘉、マジ助かったわ~」


 俺は、その場に居ないクラスメイトに心から感謝した。


 もしもあの時、比嘉があんなお見事に心肺蘇生を完璧にこなしていなければ俺の記憶に残らず目の前の赤ん坊を助ける事は出来なかっただろう。


 取り合えず、ホッとしたのも束の間。


 俺は、今置かれている現状を把握しなければならない事に気が付いた。


 「えと…俺、これからどうすれば…?」


 腕の中で、小さな手をバタつかせる謎の赤ん坊に出口のない『箱』。


 こんな所にいたら、いつあの女達に気が付かれるか解ったモンじゃない!


 「う あぁぁぁぁ! おぎゃぁぁぁぁぁ!」


 突然、それまで蚊の鳴くような声で泣いていた赤ん坊が耳を塞ぎたくなるような大声で鳴き始めた!


 「うお!? ちょ!」


 不味い!


 そんなでかい声で泣いたら気付かれるだろ!!


 何とか泣き止まそうと、従兄が弟をあやしていたのを思い出し見よう見まねで軽く揺すってみたが効果無し!


 泣き声は、どんどん大きくなるばかりだ!


 「おぎゃ!おぎゃ!おぎゃ!」


 「おーよしよし~なんでしゅかぁ~お腹すきましたか~??? つか!マジ泣き止んでお願いぃぃぃぃ!!!」


 更に赤ん坊が、大きく声を上げた。


 「え? 何!?」


 突然、赤ん坊の体が目も開けられないほど眩しく発光する!


 「おぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 植物から発せられた僅かな光しかなかった箱の中は、眩い光が溢れ遂にその壁に亀裂が走る!



 バキィィィィィィン!


 箱は消し飛び、赤ん坊から発せられた光が天高く吹き上がる。


 「あ どうも…」


 ソレを驚愕の表情で見る女達に、俺は引きつった笑顔で挨拶した。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る