夢オチではありません
れなれな(水木レナ)
第1夜「家の中に……」
『家の中に誰か居る……?』
弟は二階暮らしなのに窓に人影が通り過ぎる。階段で足を引かれる、などと言い始めたらしい。これは問題だ。
都会にいた実の兄は聞かされてすぐ、実家へ戻った。まずはのめのめと酒をすすめた。昼間ではない。言いにくいことも、心細さもたくさんあるだろう。察してのことである。
聞けば弟の友人らも集まって、そろっておかしな噺を始めるではないか。だが、この噺、いや話はとりとめない夢のようで、実話にありがちな、
「出ました!」
「何が何だかわかりません!」
という類のものであった。
いわゆる阿蘇はパワースポットと聞いて、やって来た彼らもおもしろ半分に見学しにきたのだった。そして煙は見えないがその火口に向けて失敬した。以来、周囲におかしなものをみるようになったという。
「ばかだな、へんな場所で用を足すなんて、我慢できなかったのか?」
「問題はそこじゃないよ。阿蘇ってったって火口が連なるカルデラじゃないか。どこでしたかも憶えてない。ただ、だだっ広い山の上からしたら、さぞ気持ちがいいだろうと」
「あのな、オレだって霊山は土地の誇りと思ってそんな真似はせんかった。むしろ両手合わせて、おみくじ引いたよ」
「おみくじ? そんなのあったか? どんなのだった?」
「普通のくじみたいだったな。小判みたいな色をした亀が出たよ」
「そんなもの……ちなみに他は? 出るのは亀だけか?」
「鶴とかいうのもあったっけな、くじによっていろいろ」
「兄貴、その亀ゆずって」
と、弟はねだるが、見ていられなくなったのだろう。兄は、
「まあ、もう古いしな」
と、古い小銭入れから指先に乗ろうかという、小さき守りを弟に与えた。
「ううう、神様仏さま、どうかオレにバチを当てないでください」
縮み上がる弟を見て取って、さすがに兄はかわいそうになった。
「仏バチが嫌なら、実家の仏壇に線香あげとけ。ご先祖様に」
「後の奴らはそうするしかないな。オレはお守りがある」
「バカ! おまえもだ。妙なところでハショるな」
そうだそうだと、誰が言ったものか定かでないが、狭い六畳一間の中央に、気高く飾られたエレキギターがばりばりと音を鳴らし、全部の弦が切れた。
さぞかし、恐ろし気な目にあったろうと思われたが、これが思いのほか、弟は大成した。
これも弟想いの兄のおかげであろうと、彼は飲むたび、亀をくれた、ありがたい、助かった、と繰り返すのであった。
あのとき、即ギターの道を諦めなければ、遠い地方で寂しい思いをしながらのたれ死んでいたかもしれない。
そして恋人を置いて、親不孝と罵られるところだったかもしれないのだ。
亀は弟が飲むたび、おちょこに沈められて、お清めされているそうな。
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