第48話 ▲失楽園 われは死神なり。世界の破壊者なり

アクエリアスの時代 十万四千年前 アフリカ大陸


 緑豊かなエデナ。


 最初に、この国で原子核エネルギーが発見されてから二十年が経過していた。当初、核エネルギーの兵器転用が研究されたが、それは予言者や学者によって直ちに「世界を滅ぼす死神」と恐れられ、禁断の技術として封じられた。結局、核エネルギーの研究自体、そこでストップした。

 紛争が長く続いているインドラ帝国との戦いは、既に三十年目に突入していた。数々の悲劇、数々の憎しみの応酬が繰り返されてきた。その中で、科学者キーラ・メルパは、中東の武器商人アシュラの誘いで原子核エネルギーの開発に着手した。それはキーラが初期の頃禁止された核兵器開発のデータへとアクセスする事だった。核エネルギーの情報源は「智恵の実」と呼ばれた。キーラは、その智恵の実を自身の頭の中にダウンロードした。そうすれば、何も証拠は残らない。キーラは、この核エネルギーで国中の慢性的なエネルギー不足を解消するつもりだった。もともと、科学の道に彼女を誘ったのはリリ・アクヤという友人だ。リリ・アクヤもキーラに誘われて助力した。

 結局、それがきっかけとなって核エネルギー技術は完成したのであった。同時に核兵器も日の目を見た。だが武器商人アシュラは、紛争の続く敵国インドラ帝国にも核兵器を売った。武器商人たちは、全員政府の手で逮捕され処刑された。しかしキーラは追及されず、逮捕される事はなかった。

 その後、エデナ人が一度手に入れた智恵の実の影響は、徐々に広がっていた。武器商人の死後も、両国は着々と核武装を進めていたのだ。局地的戦闘や代理戦争が続く中、時計の針は着々と滅亡へと進んでいる。それは「黄昏」と呼ばれし時代……。

 世界滅亡の足音が近づいてくる中、同じく核エネルギー科学者となっていたリリ・アクヤは、核エネルギーの平和利用を訴えるアウロラのグループに属し、核兵器開発に反対していた。リリ・アクヤもまた、核エネルギーの使用自体は推し進める立場にあった。核兵器を捨て、平和利用のみに限定することこそが、人類滅亡を阻止する唯一の道である。アウロラは両国の和平運動を展開し、両国首相の会談を画策した。

 核兵器の開発者キーラ・メルパにも研究を止めさせるようにとリリは言った。すると、キーラは約束してくれた。

 だが、そんなキーラ・メルパに再び蛇が忍び寄って来た。今度の蛇はエデナの軍の高官達そのものだ。彼らは、キーラの持つ高度な知識を求めた。かつてキーラ・メルパがアシュラにそそのかされ、禁断の智恵の実を食べた事。つまり、禁断のデータにアクセスした事。当局はそれを把握していた。武器商人を処罰し、キーラを逮捕しなかったのは、政府に利用するためにあえてそうしていただけだったのだ。拒否すれば過去の罪を追求され、キーラは武器商人アシュラと同じ運命をたどる。

 キーラは結局、リリ・アクヤを裏切った。キーラは彼らの言葉を断る事ができなかったのだ。そうして政府の監視の元、敵国インドラの持つものよりさらに強力な、次世代型核兵器の製造を目指した。

 キーラが、そのたぐいまれなる才能を軍人たちに利用されている事をリリ・アクヤは把握した。確かに彼女は智恵の実を食べた。それは彼女の罪だ。しかし……元はといえば、この世界に誘ったのは他ならぬ自分だったのである。

 リリ・アクヤは闇にまみれたキーラを救いたかった。キーラの記憶を自身に移植して、自分が研究を引き受ける。その代わりに、キーラを自由の身にする。そうしてリリ・アクヤは最終的に研究そのものを破壊してしまうつもりだった。キーラはその後、アウロラのグループに与し、眼が醒めたように反戦運動に身を投じた。

 だが滅びの時は確実に近づき、時計の針は元には戻らなかった。アウロラ達の思惑通りに、和平は進まなかった。インドラ帝国とのラグナロックは苛烈を極めた。このままでは祖国エデナが失われてしまう。インドラから、無数の核兵器が降ってくるイメージが浮かんでくる。それを阻止するには一つだ。リリ・アクヤはもう、核兵器をタブー視することができなくなっていた。核戦争はとめられない。最小限にとどめなくては。そうしてアウロラとたもとを分かった。キーラ・メルパはリリと連絡を取ることができなくなった。

 エデナからインドラへと核兵器の光の矢が放たれた。間もなく、インドラからも報復の矢が放たれた。

 真夜中に、巨大な太陽が昇った。太陽の何千倍という眩い数百万度の火球が輝くと、衝撃波によって雲は切り裂かれ、太陽は揺れ動き、砂埃が舞い上がり、辺り一面は闇と化した。湖は一瞬にして蒸発し、兵士はあっという間に燃えて灰と化した。物陰に隠れた者たちも皮膚がめくり上がる。

 リリ・アクヤは、わなわなとふるえる。

 世界が……終わる。

 二十四時間後、数千発の核兵器が両国上空を飛び交っていた。両国は壮絶な核兵器の打ち合いになっていたのだ。こうして三十万年前、世界は滅んだ。リリ・アクヤもまた、一瞬で灰になったのである。

 リリ・アクヤは核戦争を起こした張本人だった。世界は滅び、エデナはアフリカのサハラ砂漠となった。その伝説は、「マハーバーラタ」、「ラーマーヤナ」、あるいは「創世記」のソドムとゴモラの章に物語られている。一方でインドラ帝国の土地は、発掘するほど死者が出て来る死の土地、すなわち「モヘンジョダロ」と呼ばれ、後後の人々から恐れられている。

 リリ・アクヤの意識は死後、瞬く間に闇落ちした。リリ・アクヤは大白色同胞団への仲間入りを果たせず、深い闇の中へと沈んでいった。キーラを救うために、身代わりとなったのだ。


 プレベールがマリスに見せたのは、ヱメラリーダは闇の子、マリスは光の子だったという事実だ。つまり今までの立場とはまるで逆転していた。リリ・アクヤ(マリス)の意識体は自己犠牲によって闇落ちし、その結果キーラ・メルパ(ヱメラリーダ)はアウロラに導かれて平和を願うまでに至り、逆に救われたのだった。マリスはヱメラリーダを救うことができた事で何かほっとしていたが、結局世界を救うことはできなかった。

「……旧世界で、エデナの時まで、それ以前あなたとキーラ・メルパはね、ずっと立場が逆だった。あなたはずっと彼女の魂を救うために働きかけていた。エデナの時、自ら智恵の実を食べて闇落ちしていった。その代わりに、キーラ・メルパはアウロラに導かれて光へと生まれ変わる事ができた。キーラ・メルパにはあなたに対する罪の意識があった。キーラは必死にあなたを救おうとしていたけど、あなたはずっと闇の側に居る」

 アウロラ、つまりアマネセルの円卓の騎士のグループが属するエデナ、インドラ帝国と戦った。両国は共に核兵器を保有し、世界を二分する大勢力だった。古代核戦争が勃発し、黒と黄色のヴリトラがまき散らされた。それが、アジアとアフリカを破壊した事件だった。海王によると一万年後に原子核エネルギーが再び見出されるという。これは未来に起こる世界最終大戦の黙示録なのかもしれなかった。

「あの時もやっぱりアクエリアスの時代だった。だけど進化のチャンスは、人類の指の隙間からこぼれ落ちていった。旧世界を破壊したラグナロックの核戦争で、人類は本当に滅んでしまった。ムーやアトランティスの滅亡とは、根本から違う。そこから文明が再生するまでには、実に永い年月が必要だった。それでも、再生で来たのは本当に奇跡だといっていい」

 マリスの中にいまだ、核爆発で全身が焼け尽くす感覚が残っている。

 マリスが操作した数々の装置。それはオリハルコンだったり、クリスタルだったりした。時代によって異なるが、全て人類にもたらされた智恵の実だ。人類はそれを食べ、その都度楽園を追放された。

 だが、智恵の実は楽園に最初から存在していた。人類がそれを発見しただけだ。それらが最初から存在していた為に、人類は、自分の中にセットされたタイマーが鳴るようにして智恵の実を食べ、いつもラグナロックを戦っているのだ。

「あの時、キーラ・メルパが食べた智恵の実って、元々アフリカにあったのよね」

「そうよ。エデナ人は、最初のヱデンの遺産を掘り起こした」

 だから核兵器が開発された。

「そこには、知恵の樹、つまりセフィロト、ユグドラシルの遺産が眠っている。智恵の実を食べた者たちは『征服者』となり、文明末期、闇の世界支配ネットワークが社会を席巻する。それは拡大の一途をたどって時の政府を乗っ取ると、被征服者達を弾圧する。それに対して、一部の抵抗者が立ちあがる……。地球の文明の末期には、必ずこの構造が繰り返されてきた。まるで、全てが誰かに仕組まれていたみたいに!」

 智恵の木が植えられたヱデンには謎がある。

「……」

「智恵の実は、最初から神の楽園にあった。なぜ、禁忌とされる智恵の実が最初からこの星(くに)にあったのか。そこには何か深い訳があるのよ」

 それを追求しないともう気が済まない。

「そうかもしれない」

「あなた、知ってるんでしょう? 原罪が何なのか。最初のヱデンに何があったのか」

「いいえ、私にも分からない」

 プレベールが知恵の樹、セイフィロト、ユグドラシルが何なのか分からない?

「あなたにも……知らない事があるの?」

「そうよ」

「だって……あなたガイアなんでしょう?」

「私は、ガイアの『分身』なの。ガイアの全てを知っている訳ではない。私にも、分からない事がある。ガイアの全てがツーオイの中に宿れる訳はないのだから」

「一体なぜ智恵の実を発端とする悪循環は、文明の輪廻は始まったのか、それを知らないと、私はもう納得できない」

 アトランティスの創世記である「ラ・アンセム(創世神賛歌)」として長く歌われれてきたヱデンの伝説。ヱデン。後に「聖書」でも物語られることになる。人と自然のワンネスの社会。それはエジプトの地下に眠っているという伝説をアトランティス人は信じ、シャフト評議会は大軍でエジプトを攻め、敵対するヘラスに戦を仕掛けた。アトランティス人のヱデンへの情熱。それは過てるシャフトだろうと王党派だろうと、誰だろうと存在していた。アメン皇子がエジプトへと旅立ったように。結局、皇子がヱデンを発見したかどうかは分からない。

 智恵の実が存在しなければ、「罪」も存在しないのか。文明の中で闇が生じていくのではなく、文明自体が悪なのだろうか。旧神の一員であり、アトランティスでは「海の中の人類」とされたイルカやシャチには、一見すると物質文明は何もない。彼らには精神文明のみがあって、文明の利器を必要としていない。ならば、人類の作り出す文明には存在価値がないのだろうか。いいや決してそうではなく、智恵の実が神の楽園に初めから存在する以上、そこには何か意味がある。大切な「意味」が……。

「私が知っているのは、ヱデンという文明は、この星で最初に誕生した文明の名前という事。最初にその楽園を失ってから、人類はその理想郷を追い求めて、地球上に何度も何度も同じ名前の文明が出現した。核戦争が起こった“エデナ”もその一つ。でも本当に理想郷を実現した文明は、一つとしてなかった。それ以来、ずっと失楽園が繰り返されてきた。人類は何度も何度もヱデンを追い求めて、滅んでいった」

 かつて人はヱデンの園、楽園であるがまま(裸)に暮らし、自然界、地球と一体だった時、豊かさに溢れた自然の中で、食うも困らず災害もない、他と分離しない生活を送っていた。そのワンネスの状態で、人間は常にヴリル・生命エネルギーに満たされていた。ヴリルとは大宇宙をあまねくあらしめる力、無尽蔵の愛、アガペー・エネルギーと同義である。

 だが文明という智恵の実を手にすると同時に、人間は二元性の幻影に囚われ、それが実体だと思い込んだ。つまり智恵の実を食べた時から。その瞬間から、人間と世界及び他者との分離が始まった。

 他者と分離した結果、二元性の思考で他者を「物」や自分の道具(機械)として差別する。人種差別とは二元性の果実を食べた結果なのだ。シャフトがキメラと言う奴隷を造った様に。そこに「闇」が生じた。闇は光をさえぎるものだ。光と闇の戦いは、二元性の連鎖の結果、引き起こされた。さらには、外国との戦争が起こった。それだけでなく、世界と分離した人間の文明は、その結果として環境破壊を引き起こしていった。大怪獣との戦い、大量絶滅はその結果として起こった事だ。

 以来、人はヱデンの楽園を追放され、いや、自らの足でそこを出ていった。その後、文明はヱデンへの回帰を目指して、再度ヱデン建設を試みた。だがその都度失敗し、人類の文明は何度も何度も滅んでいった。地球の生命維持反応たる浄化作用が起こった為に。生き延びた人間は、長い時をかけて文明を建設しては、また滅んでいった。人は何度も何度もヱデン追放を繰り返した。そうして今日まで、ヱデンに還る事は決してできなかった。それでも人にとってヱデンへ還ることは、決して求めて止まぬ理想だ。だから人はいずれヱデンへ還る事を目指して文明を建設している。

「一体、なぜよ?」

 大戦の敗者である旧支配者も、わざわざこの星に呼んで、平和を乱させる必要はなかったはずである。彼ら、蛇たちがいたからこの星は一段とややこしくなった。それも何かわけがあると云うのか。

「ともかく……ガイアの記憶の一部を遡ると、根源は最初のヱデンにある。きっと。そこに全ての答えがある」

「この星の二元性の宿命に絡め取られたまま、私とヱメラリーダは運命に翻弄されてきた。このままじゃ終われない。ソースへ行って、全てを見極めないと。私をヱデンに連れてって」

「分かったわ。今回は、私もそこに行くまでは、本当に何があるのか分からない。私自身の事も知る事になる。その答えを知るために、ヱデンへ行くわ。私にとっても初めの経験になる」

 プレベールはいつの間にか手に杯を出現させた。

「これを飲んで。戦いの前に、ソーマを飲んで決戦よ」

 ……戦いだって?

 プレベールがまた歌っている。

 すると今度は、プレベールの歌声で黄金色のヴィマナが一機壁を透過して部屋に出現し、二人はそれに乗り込んだ。

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