第6話「いろいろとお願いがあるのよ」
『おお、すまないな、ケン』
『はははは、許せ、ケン』
『ごめんね、ケン』
レイモン様、オベール様、イザベルさんから謝られてしまったが、別に俺は甚大な被害を受けたわけではない。
『エモシオン街壁建設の下打ち合わせ』が、『公衆浴場建設の話題』に置き換わり、3人が大いに盛り上がっただけだ。
しかし、このままでは……今夜4人で会うセッティングをした『本題』に入れない。
それ故、俺は一旦ストップをかけたのである。
でも……
これで『寄り親』のレイモン様と寄り子であるオベール男爵ご夫妻の『心の距離』が縮まった。
今後の事を考えると、本当に喜ばしい限りである。
『では、レイモン様。エモシオンの街へ「移動」します。オベール様ご夫妻も宜しいですね?』
『おお、頼む、ケン』
『お願いね、ケン』
3人から了解を得たので、俺は記憶をたぐり、パッと光景を切り替える。
すると目の前のエスポワール村の牧歌的な光景が、消え……
もう少し大きな町、エモシオンの正門前に切り替わる。
実は……
レイモン様が、エモシオンを見るのは初めてだ。
王国全土を統括し、王都で日々政務にまい進し、平均睡眠時間が4時間ほどのレイモン様。
全ての町村を回り視察する時間はない。
『おお、これがエモシオンか』
「うんうん」と頷くレイモン様。
対して、オベール様ご夫妻がすかさず追随する。
『はい、我が本拠地でございます』
『私達夫婦で営む誇れる町でございます、レイモン様』
さあ、ここからが本題『エモシオン街壁建設の下打ち合わせ』だ。
といっても、いちからやるわけではない。
説明も極めて少ない。
『論より証拠』俺の地の魔法を行使して、街壁を造ったらどのようなイメージになるのか、完成後の『映像』を見て貰うのだ。
今夜の為に、俺は休みの日に転移魔法で世界中を回った。
町や村に入らず、観光一切なしで、ただ正門と壁を見つめ観察、記憶に刻むだけの旅行だ。
生活をともにする便宜上、嫁ズ全員とカミングアウトした子供3人、タバサ、レオとイーサンに趣旨と内容を話したら……
「それでも構わない、滅多に出来ない経験だからぜひに」という者が何人も居た。
敢えて名前は言わないが、その都度、都合がついた数人で何回も旅をしたのである。
その旅がようやく役に立つ。
普段から3人と話しているので、好み嗜好は分かる。
俺は心に浮かんだ岩壁を、現在の街壁と差し替える。
『おお、凄いな!』
『本当に!』
『成る程、こうなるのね!』
10種類くらい見せて絞り、今度はそれぞれ質感、色を変える。
一緒に確認したレイモン様の許可も取り、小規模な『仮工事』をする事となった。
公衆浴場の一件もあってか、こちらの街壁もレイモン様からの補助金が出る事となり、オベール様ご夫妻は大喜び。
ここまでで今夜の打合せは打ち止め……
一旦お開きとなったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝……
オベール男爵家城館大広間。
俺達ユウキ家一行は、義弟フィリップを加えたオベール男爵一家と朝食を摂っている。
昨夜、俺の夢の中の経緯と結果報告は、今回の同行者の夢と接続していた。
なので経緯と結果はミシェル達嫁ズ、タバサ、サキ、マチルドさんとは共有している。
俺が行使する『夢魔法』はこのような
朝、目覚めた同行者の皆が、大喜びしたのは言うまでもない。
さてさて!
レイモン様との打ち合わせが上手く行った事もありオベール様ご夫妻は目覚めも良かったようで、朝からとても機嫌が良い。
愛息フィリップも朝一番で散々話を聞かされたらしく、眠そうな目をこすりながらも笑顔である。
公衆浴場――銭湯の事は一旦ペンディング。
まずは、エモシオンの街壁建設に注力する。
朝食後、お茶を飲んでいる席に従士長となった元冒険者のカルメン・コンタドールが呼ばれた。
ユウキ家とは……特にサキとは仲が良い巨躯の女傑である。
カルメンはいつも礼儀正しい。
朝一番なのに、びしっ!と直立不動で敬礼する。
「閣下、奥様、おはようございます! お呼びでしょうか?」
「おお、カルメン、おはよう!」
「おはよう、カルメン!」
ご機嫌なオベール様ご夫妻が挨拶。
「「「「「おはようございます!」」」」」
俺達も元気良く挨拶。
サキは、出仕したカルメンへ、可愛く手まで振っていた。
「実はな、カルメン。エモシオンの街壁を新設する事となった」
「ええ、補修とか、改築ではなく、いちから新しく造り直すのよ」
「おお! そうですか! な、成る程……となると費用、手間と時間が相当おおがかりなものとなりますね」
「ははは、普通ならそうだろうが、そうはならない!」
「ええ! 建設工事はケンが地の魔法を行使して、基礎を造るの。それをエモシオンの石工が仕上げをするだけよ。費用もレイモン様から援助があり、だいぶリーズナブルとなったの」
「おお!! 宰相が魔法を!? それは素晴らしいです。では通常工事で新たに造るのは正門と、門番の詰所、物見やぐら、くらいですね」
「ああ、そうなる。まずは本工事前に小規模な岩壁を造る」
「ええ、本番の前の小テストね」
「成る程、分かりました。まずはそちらに私が立ち会えというご命令ですね」
「うむ、頼む。それと『他の案件』もあるからな」
「ええ、カルメンには、他にもいろいろとお願いがあるのよ」
「他の案件……私へいろいろとお願い……ですか?」
「ああ、カルメン、その通りだ」
「うふふ、今回は街壁建設以外にもいろいろ案件があるのよ。貴女には期待しているし、きっと張り切ると思うわ」
「は、はい! な、何なりとお申し付けくださいっ!」
戸惑いながらも、元気よく返事をするカルメンを見て……
オベール様ご夫妻は、いたずらっぽく笑っていたのである。
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