第3話「忘れえぬ君を……」

『レイモン様を、俺が兄貴とお呼びするのを、お許し頂けますか?』


 と、念押しすれば……

 さすがレイモン様は決断力がある素晴らしい人だった。

 遂に、今迄通り接する事を決意してくれた。


『……いや、ケン、こちらこそだ!』


『レイモン様!』


『ああ、お前の言う通りだ。これまでと何も変わらない……それが良い!』


『助かります!』


『うむ! 私が兄ならもっとざっくばらんで構わない! 敬語も不要だ』


『ありがとうございまっす!』


『おう!』 


 俺の言葉に応えて……

 レイモン様は、雲ひとつない快晴の空のように笑った。


 うん、じゃあそろそろ場所を変えよう。

 当然、俺はいろいろと準備をしている。


『ええっと……いろいろ段取りを組みまして、ここからレイモン様がご希望される場所へ行く事が出来ます』


『え? 私が希望する場所へ?』


『はい、俺が行った事のある場所ならどこへでも』


『成る程……ケンの記憶を使って魔法を行使するのだな?』


 おお、さすがレイモン様。

 彼は宰相だが、有能な魔法使いでもある。

 俺の物言いでピンと来たのだろう。


 さあて、問題はどこを希望されるかだ。


『…………』


『で、では! エ、エリーゼの……我が妻が生まれた村へ行く事は出来ないか?』


 おおっと!

 レイモン様の切なる願いが出た!

 でも、これは誰でも分かる想定内。

 当然、俺も対応済み。


『大丈夫です』


『ほ、本当か?』


『はい、レイモン様が仰る通り、この魔法は俺の記憶から生成した風景を亜空間へ創り出していますから』


『やはり、ケンの記憶なのか……』


『はい、申しわけありませんが、先日、俺とクラリスで伺わさせて頂きました』


『い、い、行ったのかい!? ケン。クラリスさんと妻のふるさとエスポワール村へ』


『はい、行きました。とても素敵な村でした』


『うん! うん! そうだろう! そうだろう!』


『過度な演出は不要だと思いましたから……俺とクラリスは透明状態になって、何もせず、村中を歩き回りました』


『え? 透明状態になって、何もせず、村中を? 何故だい?』


『俺とクラリスはエスポワール村には縁もゆかりもない人間です。部外者が急に姿を現したら、怪しい不審者になるじゃないですか?』


『うむ、成る程な』


『です!』


『だが……』


『だが?』


『怪しい不審者になるのは人相が悪いケンだけ。可愛いクラリスさんは全く問題なし、ノープロブレムだろう』


『何ですか、それ? ひで~なぁ』


『ははは、間違いじゃないだろう!』


 ああ、このようなジョークが言えるのならば、もう大丈夫。

 

 いつもの……否、

 それ以上にリラックス、フレンドリーなレイモン様になっている。


 そうだ、ここで念押ししておこう。

 

『あの……』


『ん?』


『俺が神様だって事は厳秘です。本来は天界の極秘事項だそうです』


『な、成る程』


『なので俺は元女神のクッカを含め、嫁ズにも一切言いません。レイモン様もご自分の胸にだけ納めておいてください』


『う、うむ、分かった!』


『まあ、俺の勘ですが、今回会議に出席するお三方には、管理神様からこの件が伝えられると思います』


『そうか! ケンが進行役をやりやすくする為の特例という事だな?』


『当たり! その通りです! 4人で共有出来たら、オベロン様、イルマリ様も居る前で、改めて、レイモン様にもお話しますから』


『りょ、了解!』


『では……そろそろ行きますよ。エスポワール村へ』


 告げるべき事をレイモン様へ告げ、俺はピンと指を鳴らし、

 魔法を発動させたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『おおおおおおっ!? こ、ここはぁっ!?』


 俺の発動と同時に、周囲の風景が一変した。

 真っ白な異界が、ボヌール村に良く似た小村へ変わったのである。


 エスポワール村はレイモン様の言う通り、

 本当にボヌール村に似ている。


 舗装されていない小さな中央広場から放射線に延びる道、

 木と土で造られた質素な家屋。

 厚手の板木で造られた堅固な正門、突き立てた丸太を並べた頑丈な防護柵が村を守り、その防護柵の内側には農地がある。


 ……俺はこの日の為に、空間魔法を徹底的に練習した。

 そう、『ふるさと勇者』として与えられた俺の能力は、

 敵と戦い、守り抜く為だけにあるのではない。


 愛する家族と日々生活する為に使うのは勿論、

 亡きオディルさんや、アマンダの兄アウグストの夢を叶える為、

 転移魔法で運んだり、運命の邂逅を遂げた亡国の王女ベアトリスを葬送魔法で天へ還したりした。


 今回はレイモン様の心を、夢で見せるという形で、

 亡き奥様エリーゼ様のふるさとへ導いたのだ。


『ケン! た、た、確かにここは! エスポワール村だあっ!』


『はい、重ねて申し上げますが、残念ながら実物ではなく、俺とクラリスの記憶から転写した記憶映像ですけどね……』


『うむむ、記憶映像? やはり、凄いな! 相変わらずお前の魔法は!』


『いずれ、何とか時間をお作り頂き、本物のエスポワール村へ行きましょう』


『いずれ、本物の……』


 レイモン様は久々に奥様の故郷の風景を見る……

 流行病で奥様が亡くなって、まもなくして……

 奥様のご両親も亡くなった。


 跡継ぎが居なかった奥様のご実家、管理官の血筋は、途絶えてしまったが……

 エスポワール村は、レイモン様のご意向で直轄地となり、新たな管理官が置かれていた。


 奥様の墓所は、分骨して王都とエスポワール村の両方にあるという。

 王都の墓所へ、月命日に墓参されているレイモン様は、

 多忙でなければ、エスポワール村へも墓参し、

 故人をしのびたいはずなのだ。


 感極まり、きょろきょろするレイモン様の前に、ひとりの女性が現れた。

 エリーゼ様……ではなく、クラリスである。


『レイモン様! こんばんは! ご無沙汰しております』


 実のところ、俺は迷った。

 レイモン様の心を読み、亡きエリーゼ奥様の面影を確認し、

 クラリスをそっくりに擬態させる事も考えたのだ。


 しかしやはり、それはやり過ぎ……先述した通り、過度な演出は逆効果である。

 その代わりと言っては何だが、俺は素敵なプレゼントを用意した。


 現れたクラリスは一枚の絵を抱えていた。

 彼女が描いた……エスポワール村の絵である。


『こんばんは! クラリスさん……って! おおお! それは!?』


『はい! レイモン様にささやかなプレゼント……私の新作です』


 これも前述したが……クラリスは天才だ。

 ロケハン数十分だけで、完璧に風景を隅々まで記憶。

 画題の現場ではなくとも素敵な絵を描く事が出来る。


 ここまで言えば、もうお分かりかもしれない。

 夢の中の絵は幻だが……絵自体は本物――実物があるのだ。


『うふふ、今ご覧になっている絵は実体ではありません。でもレイモン様が目をお覚ましになったら、執務デスクの上に、エスポワール村を描いたこの絵の実物がありますよ』


 うん!

 俺が転移魔法でクラリスが描き上げた絵を送ったからバッチリだ。


『おおおおっ! じ、実物ぅ!? ほ、ほ、ほ、本当かあっ!!』


『はい、旦那様が魔法で送ってくれましたから』


『おおおおっ! クラリスさん、ケン、ありがとう! 本当にありがとうっ!!』


 レイモン様は……心の底から嬉しい!

 そんな最高の笑顔を見せてくれた。


 モチベーションも著しく上がっているようだ。


『ケン、私は頑張るぞ! これからも頑張る! 王国の為だけじゃない! この世界全てを悪魔から守る為になっ!』


 こうして、3人で交わす話も弾みに弾み……

 レイモン様の『夢』トライアルは大成功に終わったのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る