第40話 「再び、ふたりで酒盛りを……」

 ユウキ家全員で摂った夕食後……

 ベリザリオは呆然としていた。

 気圧けおされたような面持ちで「しゅん」としていた。


 以前ボヌール村へ来た時、ベリザリオはオベロン様の護衛であり、

 付き従う5人の家臣のひとりとして訪れた。

 その際、ベルザリオはユウキ家ではなく、オベロン様と共にずっと大空屋付属の宿屋に泊まっていた。


 しかし改めて我がユウキ家へ入り、

 家族全員に囲まれ、衝撃ともいえるハーブ料理を食べ……

 嫁ズ、子供達がざっくばらんに触れ合う一家団欒の様子を見て、ショックを受けたらしい。


 ちなみに、お子様軍団は初対面のティナを歓迎した。

 全員が以前「遊びに来た」テレーズを憶えていたから。


 今回村へ来たティナが、そのテレーズと凄く親しいという『うたい文句』だったので……タバサのナイスアシストもあり、一気に打ち解けたのだ。


 俺の子供達と親しく触れ合い、ティナはとても嬉しそうだった。


 自分にはけして向けない、愛娘の天真爛漫てんしんらんまんな笑顔。

 他人の俺から見ても可愛いのに、

 実の父であるベリザリオにとって、ティナはどんなに愛しい事だろう。

 すぐ飛んで行って抱きしめたくなる衝動にかられるに違いない。


 しかし、ベリザリオは座ったまま動かなかった。

 渋い表情でティナを見つめるだけだ。


 こういうタイプは人間にも居る。

 一旦決めた信念はけして揺るがない、または己の方針を絶対に貫く、そういうタイプだ。


 そういう父親をリスペクトし、慕う子は居るかもしれない。

 だが少なくともティナは違う。

 俺とタバサのやりとりを羨ましいと言ったティナは、

 父親からフレンドリーな慈しみを受けたいのだ。


 ベタに構わなくてもOKだが、さりげない優しさが欲しいのだ。

 頑固で厳格な父親より、妹想いの優しい兄が好きなのだ。


 ティナの切ないそんな想いは、果たしてベリザリオへ届くのだろうか?


 俺はふたりを交互に見て、やれるだけ一生懸命やろうと心に決めたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 さて、今夜の宿泊先だが……

 ティナは当然、我がユウキ家。

 そしてベリザリオはといえば、意外に彼もユウキ家を希望した。


 しかしここで反対意見が……

 それは嫁ズからである。


 元々、ウチには来客がとても多い。

 俺が村長になったら、益々増えた。

 敢えて皆さんに全てをお伝えはしていないが、老若男女問わず様々の客がひっきりなしだ。


 しかし女子と子供は泊めるが、男性は大空屋か、空き家へ。

 それがユウキ家誕生からの大原則。

 以前オベロン様とレイモン様が泊まったが、それはあくまでも特例中の特例。

 お子様軍団女子達も大きくなったから、

 王族であるとはいえ、次回は宿屋へ泊って貰うという話が出ていた。


 一応確認はしたが、嫁ズの答えはやっぱりノー。

 今回はティナとの兼ね合いもある。

 俺と嫁ズの会話を聞き、ベリザリオはあっさりと引き下がる。


 このやりとりから、

 やはりベリザリオは、根は良い奴だと分かった。

 彼は俺が告げた事を憶えていてくれたから。


 それは「郷にいては郷に従え」ということわざである。

 俺が滞在中アヴァロンのルールに従ったのと同様、

 彼もユウキ家のルールに従ってくれたのだ。

 オベロン様の命令との絡みもあるだろう。

 でも、やはり律儀な男である。


 結局、ベリザリオは前回同様、大空屋の宿屋へ泊る事となった。

 ここで俺と一緒に案内してくれたのは料理に加え、大空屋宿屋部門の担当にもなったアマンダだ。

 最近、女将志望のグレースとも息が合うところを見せている。


 大空屋の宿屋は、前回ベリザリオが泊まった時とは趣きがガラリと変わっている。

 改装を機に、アマンダが営んでいる大空屋のデザインを思い切り取り入れたのだ。


 以前もグレースと話したが……

 木の自然な風合いを生かした壁は香りも良く心がホッと癒される。

 深い森の中って感じでとても落ち着くのだ。


 部屋へ案内されたベルザリオは、一瞬驚いたようだが、

 アマンダから説明され、納得した様子で頷いていた。

 だが……

 おもむろに手をゆっくり挙げる。


 何だ?

 もしかして質問があるのだろうか?

 やはりというか、ベルザリオの言葉と視線はアマンダへ向けられる。


「アマンダさん」


「はい」


「どうして、ケン殿を?」


「どうしてって……いきなりですね?」


「…………」


「ベリザリオさん、それは私がアールヴで、旦那様が人間なのに、どうして結婚したのかって事ですか?」


「…………」


 アマンダの問いかけに、ベリザリオは答えなかった。

 自分から質問しておいて、またもダンマリである。


 だが多分、否定ではない。

 沈黙は肯定のあかしとも言うのだから。


 そんなベリザリオの心情を見抜いてか、アマンダは簡潔に答えを戻す。


「うふふ、結婚したのは旦那様が大好きだから! とても愛してます! というか初めて会った時から凄く恋してます!」


「は?」


 またもポカンとするベリザリオ。

 全く想定外の回答だったのだろう。

 そして追い打ちをかけるように、アマンダはきっぱりと言い放つ。


「アールヴでも人間でも種族は関係ありません。私、旦那様の人柄に惚れていますから」


「…………」


「私と違い、恋愛感情ではないでしょうけど……」


「…………」


「ベリザリオさん、貴方の娘さんもウチのタバサ同様、旦那様が大好きみたいですよ」


「…………」


 ベリザリオは結局無言を通した。

 アマンダも心得たもので、それ以上は追及しなかった。


 やがてアマンダは『仕事』を終え、ユウキ家へ戻って行った。

 残ったのは当然、宿泊するベリザリオ。

 そして俺も……


「…………」


 お前はどうして残った?

 そう言いたげだが、いまだベリザリオは無言だ。


 沈黙が部屋を支配する中、

 俺も黙って空間魔法を発動させる。

 仕舞っておいた、冷えた赤白ワイン数本とグラスもふたつ、

 そしてチーズ等のつまみも一緒に現れる。


 俺が『飲み会セット』を用意したは意図は明白だ。

 その意味が分からぬほど、

 さすがにそこまで、ベリザリオも鈍感ではない。


 頷いたベリザリオは、俺へ向かってニッと笑い、

 無言のままワインの栓を抜いたのであった。

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