第9話 「ホテル・セントヘレナにて④」

 タバサは俺の長い話を最後まで聞いてくれた……

 しまいには感極まって泣いた。

 思いっきり俺の胸へ飛び込んで、顔を押し付け、泣きじゃくっていた。

  

 日頃の言動から、とても大人びている……

 と思っていたタバサであったが、

 まだ僅か8歳の女の子。


 ふと、俺が見やれば……

 泣き疲れたのか、まぶたが重くなって来ているみたい。

 「うつらうつら」している。

 こっくりと船もこいでいる。

 無理もない、今日一日いろいろあった上、最後には俺の秘密を知ったから。


 でもタバサは、俺とふたりきりで旅行して本当に嬉しいみたい。

 一応「そろそろ寝ようか」と、聞いてみれば、

 案の定というか「寝るなんて勿体ない!」と断固拒否された。


 でも、やっぱり睡魔には勝てないようだ。

 「コテン」と眠りの世界へ行きそうになったので……

 そっと抱き上げて、ベッドまで運んでやる。

 ひどく眠そうな目をしながら、タバサは念を押して来る。


「パパ、今夜は一緒に寝るんだよ。絶対、絶対に約束だよ」


「ああ、一緒に寝よう」


「タバサ、まだまだ話が聞きたい。パパのお話が聞きたいの」


「分かった。俺の話で良かったら、いっぱいしよう」


 信じられないほど大きなトリプルベッドに、細身な俺と小さなタバサはくっついて寝ている。


 俺はメインの灯りを消し……

 枕もとに置かれた小さな魔導灯だけを点けた。


 その魔導灯は、ぼんやりと淡い光を寝室全体へへ送っている。


 ああ、不思議な感覚だ。

 この広い世界に生きているのは、俺とタバサのふたりきり……

 そんな気持ちになって来る……


 片や、タバサも『何か』を感じたようだ。


「パパ、タバサをずっと「ぎゅっ」て抱っこしていて」


「了解」


 俺がOKしたら、俺の胸の中でタバサは僅かに笑った。


「うふふ」


「どうした?」


「うん、さっきまであれだけ眠かったのに、パパと話したら、もう少し起きていられそうなの」


「そうか」


「だから……ねぇ、もっとお話しして」


 タバサの言葉を聞き、幼い頃を思い出した。

 まだ両親が離婚前、健在だった日の事……

 とても眠いけど、すぐ眠りたくなくて、母に話をねだった。

 でも結局は、すぐに眠ってしまった。

 

 今なら、当時の俺の気持ちがはっきり分かる。

 タバサを見れば、分かる。

 

 多分、話なんかどうでも良かった。

 大好きな母の優しい声をただただ聞きたかった。

 ぐっすり眠る為の、子守唄として欲していたのだ。

 

 とても近しい気持ちになる。

 共感を覚える。

 タバサはやっぱり、俺の子なんだと……


 さて……

 どんな話をしようか。

 そうだ……


「じゃあ、ウチに飾ってあるクラリスママの絵の話をしよう」


「うん、タバサ、クラリスママの描いた絵は好きだよ。いっぱいあるけど全部大好きだよ。レイモン様も好きだったんだね?」


「だな! 俺も全部大好きさ」


「うふふっ」


 「俺とタバサは一緒だな」と言えば、タバサは特に嬉しそうだ。


「ええっと、前世の俺と幼馴染みのクミカは、今のお前よりもっと小さい子供の頃、5歳の時に結婚の約束をした」


「5歳で、結婚?」


「ああ、でも幼い子供同士だから……結婚の本当の意味なんか、きっと分かっていなかっただろうな」


「…………」


「でも小さな俺も小さなクミカもずっと一緒に居たかった。仲良く暮らして行きたかった。このまま時間が止まってくれと心から願っていたんだ」


「…………」


「タバサ、一番大きな額に入った絵があるだろう?」


「うん、あるね。小さな男の子と女の子が仲良く手をつないで歩いている絵……あ、そうなんだ」


「ああ、タバサが思った通りさ……あの絵は結婚の約束をしている俺とクミカだ。クラリスママは俺からその話を聞いて、一生懸命あの絵を描いてくれたんだ」


「タバサ……あの絵、大好き。ほんわかした気持ちになるの。描いてあるお花も、とっても綺麗……」


「うん、見るとほんわかするし、凄く綺麗な花だ。あの花はな、残念ながらこの国にはないんだ」


「そうなの?」


「ああ、この世界では、うんと東の国にあるそうだ。桜という木に咲く美しい花なんだ」


「サクラ……」


「ああ、桜だ。小さなピンク色の花がたくさん散り舞う中で、まだ幼かった俺とクミカは結婚する約束をしたのさ」


「素敵……」


「おお、素敵だな。その約束が今、俺達が家族になれた原点だとクラリスママは言ってくれた」


「げんてん?」


「そう、原点。物事の始まりって事。俺とクミカが結婚の約束をし、いろいろな巡り合わせがあってこそ俺達は出会い、家族になれたとクラリスママからは言われた。俺も……そう思う」


「うん、タバサも……そう思うよ」


「ああ、遠い幼き日にクミカと交わした約束が俺とお前のママ、そしてタバサ、お前とも巡り会えるきっかけになったんだ」


「…………」


「タバサ?」


 呼んでも返事がない。

 そっと見れば……


 いつの間にか……

 タバサは眠っていた。

 「くうくう」と可愛い寝息を立てて……


「ありがとうな……」


 俺は小さく呟くと、起こさないようタバサの身体をそっと抱き直し、目を閉じたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌朝……


 俺が目を覚ますと、既にタバサは起きていた。

 かたわらで俺にぴったり寄り添い……

 優しい、慈愛じあいのこもった、温かい眼差しを俺へ投げかけて来る。


 ああ、再び感じる。

 確かな血の継承を……

 この子は、クッカにもそっくりだと。


 俺似の可愛いパパッ子だと、ずっと思っていたのだが……

 この瞬間に、母親のクッカそっくりだとも思ったんだ。


 この世界へ来たばかりの頃の記憶を、俺はゆっくり手繰たぐった。

 

 そう、クッカは……

 転生して、たったひとりぼっちでくじけそうになった俺を見守り、何度も優しく励ましてくれた。


 タバサはしっかり受け継いでくれている。

 クッカと同じ優しさを。

 そして、とっても甘えん坊なところも。

 ママのクッカそっくりなんだ……


「パパぁ、大好き、大好きぃ」


 華奢きゃしゃな腕と足を俺にしっかり絡みつかせ、絶対に離れないという強い意思を送って来るタバサ。

 

 そして、衝撃の『爆弾発言』が出た。

 どんな父親でも、一番喜ぶ言葉を告げてくれた。


「パパ」


「何だい?」


「タバサ、お嫁になんか行かない! 絶対に行かないっ!」


「え?」


「パパのそばに居るよ。ず~っと一緒なんだからぁ」


「タバサ……」


「良い? 約束だよ、指切りげんまんっ!」


 タバサの小さな小指が、俺の小指に巻き付いた。

 わずかな温かさが、愛しい娘の存在を伝えて来る。


「よし、指切りげんまん」


 無事に『儀式』が終わり、俺とタバサは顔を見合わせた。

 自然にお互い、笑顔となる。

 とても晴れやかな笑顔だ。

 

 俺は……幸せだ!

 改めて思った。

 強くそう思った。

 きっと、タバサも同じ想いを持ってくれている。


 そして感じる。

 俺とタバサの魂の絆は、改めて強くつむがれ、固く固く結ばれたのだと。


 その時。

 俺の腹がいきなり「ぐう」と鳴り、空腹をしらせて来る。

 同時に、タバサのお腹も可愛く、「くう」と鳴った。


 恥じらい、顔に小さく紅がさしたタバサへ、 


「腹が減った。タバサ、朝ご飯を食べに行こうか」


 笑顔で俺が誘えば、


「うん! パパ行こうっ! 一緒に行こうっ!」


 予想通り、元気で大きな声の返事が戻って来る。

 そして、俺の手をしっかり握ったタバサの小さい手の感触も……

 確かに伝わって来たのであった。

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