第7話 「ホテル・セントヘレナにて②」

 予想通りというか……

 ホテル・セントヘレナの豪奢なレストランで摂る夕食は、凄かった。

 ベタな言い方だが、ご馳走と山海の珍味の容赦ない攻撃の連続という感じであった。


 俺が食欲旺盛なのは勿論だが、パパ似のタバサもガンガン食べた。

 レストラン自体、マナーも思ったより厳しくなく、フレンドリーな雰囲気だったのは幸いした。


「うわ~、お腹いっぱいだよ、パパ」

「おう! 満腹だな」


 部屋へ戻ると、ルームサービスで頼んだ『魔導ポット』に入れられた紅茶と作り立ての焼き菓子が届いていた。


 今日は、のんびりゆっくりまったりという3拍子揃った感じとなる。

 

 しかし……

 今回の旅行は大事な意味があるものだ。

 嫁ズ以外に知らない俺の秘密を……

 子供の中では、まず最初にタバサへ告げる目的があるのだ。


 そもそも俺の半生は、まともに話せば、とんでもなく長い物語となる。

 管理神様から未だに口止めされている案件もある。


 しかし……

 俺から見て、タバサはもう大人だ。


 僅か8歳だが、俺の子の中ではもう自分の判断で行動出来る『大人』だと思う。

 カミングアウトするタイミングとしてはベストだし、王都のホテルという非日常のシチュエーションも申し分ない。


 暫し経って……

 頃合いと見た俺は、テーブルに紅茶と焼き菓子をセッティングし、タバサを呼んだ。


 呼ばれたタバサは、「とことこ」駆けて来る。


 うん!

 パパの俺にとってはタバサがどんな仕草をしても可愛い。

 手放したくない!


 こんな調子で、この子を将来嫁になど出せるだろうか?

 と、俺がしょうもない事を考えていたら、


「パパ」


「何だ?」


「大事なお話があるんだね?」


「おう、分かるか?」


「うん、分かる……パパの顔付きがとっても真剣なのと、こんなに凄い旅行に連れて来て貰ったから」


「まあな。それと王都へ来たのは、最初の相談の際に頼まれた件もある。何かお前の将来に役立つモノが見つかればと思ってな」


「それって、パパとレベッカママのナイフ作りみたいに?」


「ああ、そうさ。俺とレベッカママが、最初にオディルさんと出逢った場所にも連れて行こうと思う」


「うん……」


「それと言っていなかったが、明日はオディルさんのお墓参りにも行くからな」


「うん、行こうよ! ……オディルさん、優しかった。私、大好きだった。本当のおばあちゃんみたいだった」


「よし、まずは紅茶を飲もう。ここのホテルのお茶は美味しいぞ。食べられそうだったらお菓子もあるからな」


「うん!」


 にっこり笑って頷いたタバサ。

 さあ、いよいよ……

 彼女は『子供』を卒業するのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「まずはタバサ、お前に謝らないといけない」


「パパ……」


「管理神様との約束もあったとはいえ、俺はお前に対し、たくさん隠し事をしていたんだ」


「…………」


「すまない!」


 俺が頭を下げれば、タバサは首をぶんぶん振った。


「……いいの、パパ。タバサはパパを信じてる」


「タバサ……」


「パパが頑張って、私達家族を引っ張ってくれているから、皆、幸せなの」


「…………」


「ママは勿論、他のママ達の誰もが言っていたよ。私だってそう思うわ」


「……ありがとう」


 そこから暫し沈黙が部屋を支配した。

 俺は軽く息を吐く。

 

 さあ……

 いよいよ本番だ。


「タバサ、俺がひと通り話すから、長いけど……質問は最後にまとめてしてくれるか?」


「分かったわ」


「じゃあ始めるぞ。いきなりだが……タバサ、俺はこの世界の人間じゃない。一旦死んで転生した。違う世界からやって来たんだ」


「え?」


 嫁ズは勿論、心を許し、信頼し合った人達へ、もう何度同じ話をしたのだろう。

 だから変な言い方だが、ポイントを押さえて、簡潔に話す事にはもう慣れた。


「死んだ俺は、気が付いたら何もない真っ白な世界に居た。その時、初めて出会ったのがタバサのママ、クッカだったんだ」


「そ、それって!?」


「ああ、後で詳しく説明するけど、その時クッカは人間ではなく、天界の女神様だった」


「ママが……女神様」


「ああ、管理神様からお前のママ、クッカをサポート役として付けて貰った。そして俺は、この異世界へ降りたった」


「…………」


「そして、あてもなく……真っすぐ伸びた街道を歩く俺の耳へ、突然、若い女性の悲鳴が聞こえて来た」


「…………」


「悲鳴の主は、リゼットだった。病気になったおばあちゃんの為に、西の森へハーブを取りに行き、ゴブリンに見つかって、喰われそうになったんだ」


「…………」


「逃げるリゼットを追って来たのは、100匹を楽に超えるゴブリンの大群だった。助けに入った俺とリゼットは周りを取り囲まれ、逃げ場がなく、もう喰われる寸前だった」


「…………」


「しかしお前のママ、クッカの素晴らしいサポートにより、俺は火の魔法を使い、ゴブリン共を撃退した」


「…………」


「こうして……俺とリゼットは何とか助かった」


「…………」


「そして、助けたリゼットと共に、俺はボヌール村へ来た。その時はリゼットにも本当の事が言えなかった。遠い国から旅をして来たと、偽りを告げたんだ」


 と、ここでタバサが口をはさんだ。


「ごめんなさい、パパ。ひとつだけ教えて」


「ああ、何だい?」


「この世界へ……パパはたったひとりきりで来たの?」


「ああ、両親は既に亡くなっていたし、肉親は祖父母だけ。俺はひとりっ子だったから兄も姉も弟も妹も居なかった。当然この世界には友人は勿論、知り合いさえ居ない」


「…………」


「……そんな世界へ、俺はたったひとりぼっちでやって来たんだ」


「……パパ!!!」


 タバサが叫んだ。


 俺が、思わずタバサを見やれば……

 彼女の美しい、クッカ譲りの碧眼へきがんには……

 「切ない!」という強い哀しみの気持ちがこめられ、大粒の涙が浮かんでいたのである。

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