第11話「号泣」

 オディルさんに素敵な思い出を持ち帰って欲しい。

 残りの2日間、彼女の身体に負担がかからないよう俺達はいろいろな『おもてなし』をした。

 あまり「ぎゅうぎゅう」なスケジュールになりすぎないよう注意し、ボヌール村とその近辺を楽しんで貰ったのだ。

 

 村の鍛冶場では職人としての俺の仕事振りを見て貰った。

 例によってクーガーの息子レオがじっと見学しているのを見て、オディルさんは目を細め、嬉しそうにしていた。

 また村の楽隊に頼んで軽やかな音楽を演奏させ、子供達と楽しく踊って貰ったりもした。

 

 転移魔法を使って、ベアトリスのハーブ園や東の森の奥にある湖にも連れて行った。

 外へ連れ出すのは子供達がオディルさんにべったりくっついて離れないので、上手くやるのが大変ではあったが。


 東の森の広大な湖の美しさにも感嘆したオディルさんであったが……

 やはりベアトリスのハーブ園には並々ならぬ思い入れがあったようだ。


「ケンさん……ここがあのベアトリスさんの? ……素晴らしいハーブ園ね」


「はい! ベアトリスは必ず俺に再会すると告げて長い旅に出ています」


「……私も祈っていますよ、そして信じます。ベアトリスさんは必ずケンさんと再会すると」


「はい! 俺も必ず彼女と再会します」


 このように少しだけ遠出もしたが、オディルさんは滞在最終日まで基本的にボヌール村で過ごした。

 大体が子供達と遊んだり、一緒に昼寝をしたり、のんびりモードである。


 また、遊んでいるばかりで心苦しいと言うので、大空屋の店番や家畜の世話、簡単な農作業もして貰った。

 これらもウチや村の子供達と一緒にわいわいと。


 そして、なんやかんやでいよいよ最終日……

 オディルさんが王都に帰る日。


 最後の食事となる朝食。

 子供達はオディルさんに一層くっついて離れない。

 よくよく考えてみれば、現在のユウキ家で祖父母と呼べるのはリゼットの両親ブランシュ夫妻とレベッカ父ガストンさんのみである。

 だがブランシュ夫妻はエモシオンに住んでいて不在だし、ガストンさんも基本門番の仕事第一である。

 気軽に遊んでくれる『じいじ』『ばぁば』が居なかった。

 ウチの子供達にとってオディルさんは、最高の『優しいばあば』だったのだから。


「ねぇ、ばぁば、また来てね」

「絶対、遊びに来て」


 と、タバサやイーサンにせがまれるオディルさん。

 でも、これはまだ良い方で、


「帰らないで~~」

「いやだぁ」


 わめく、叫ぶ子供達も居る。

 こんな時はもう定番ともいえる、


「ごらぁ! あまりばぁばを困らせるんじゃないよ」


 ドラゴンママ、クーガーの一喝が響き渡った。

 最近は慣れて来たのか、少し効力が弱っている?ので俺もフォローする。


「みんな! また遊びに来て貰うよう、パパからもお願いするから」


 それでも騒ぎは収まらず……

 なだめすかして、ようやく朝食は始まったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 朝食後、旅支度を整えたオディルさんはレベッカと世話をしているミシェルに改めて別れの挨拶をし、ユウキ家を出た。

 別れ難い子供達はオベール様の息子フィリップの時と同様、オディルさんへも手紙を書くと決めたようだ。

 この世界の手紙は基本、特別な魔法で飛行能力等を強化された鳩を使う。

 そう『魔法鳩』と呼ばれるものだ。

 あるいはずっと時間がかかるが、隊商か旅人に謝礼を払って託す。


 さてさて、見送りに来たのはレベッカ、レベッカの産んだ双子、そしてミシェルを除く家族全員である。

 

 他にも結構な数の村民と彼等の子供達が見送りに来てくれた。

 出迎えの挨拶をしたのがリゼットならば、見送りの挨拶もやはり彼女である。


「オディル様、改めて御礼を申し上げます。この度はレベッカの子の命名の為、わざわざこのボヌール村まで御足労頂きありがとうございました。頂いたアンジュという素敵な名に相応しい子になるよう母レベッカだけでなく家族全員で慈しみ、しっかり育てていきます。この5日間、たいしたお構いも出来ずに過ぎてしまいましたが、貴女様の笑顔を拝見して、我が家の生活を少しでも楽しんで頂けたかと思っております。どうぞご無事で王都へお帰り下さい。お身体に気を付けてお過ごしくださいませ。そしてぜひまたボヌール村へいらしてください。いつでも歓迎致します」


 深々と一礼した後、凛とした声で挨拶をするリゼットに対し、


「リゼット様、こちらこそ御礼を申し上げます。ケン様とレベッカ様の大切なお子様の命名をご指名頂き、恐縮の極みです。アンジュちゃんとローラン君が健やかに成長しますようお祈り申し上げます。そしてこの素敵なボヌール村、温かいユウキ家で暮らした5日間は私の人生の中でもけして忘れる事の出来ない宝物として一生大切にして行きます。本当にお世話になりました。ありがとうございます」


 こちらも深々と頭を下げ、オディルさんはしっかりと挨拶した。

 少し瞳が潤んでいるのは5日間の記憶が甦っているに違いない。


 と、ここで嫁ズ、ウチの子供達、村民とその子供達も声を張り上げる。


「オディルさん、お元気で!」

「お身体を大切に!」

「ご自愛ください」

「達者でなぁ!」

「ばぁば! また来てねぇ!!!」

「手紙書くから、返事をちょうだい!」

「気を付けて帰ってねぇ!」


 来た時と同様、フィオナが曳く荷馬車に俺がオディルさんをフォローして乗せた。

 俺自身は御者台に座る。

 表向きは王都へ向かう商隊にオディルさんを託す為に街道で待つという事となっていた。


 暫し経ち、正門が音を立てて開いた。

 俺は合図を送り、荷馬車を発進させる。


 再び、俺達の背中には別れを惜しむ皆の声が振りかかる。


 オディルさんは振り返って、ゆっくりと手を振った。

 何度も、何度も……


 荷馬車は正門を出た。

 街道へ繋がる村道へ入る。


 当然正門は閉められて行く……

 俺がふと見やれば、いつもより正門の閉まる速度がゆっくりだと感じた。


 そしてオディルさんはといえば、さっきからひと言も話さない。

 仕方なく俺は、オディルさんへ声をかける。


「オディルさん、お疲れ様でした。来た時と同じ方法で王都へ帰りますからね」


「…………」


 だが、返事はなかった。


「あ」


 そして俺は思わず声が出た。

 オディルさんの顔がくしゃくしゃで目からは大粒の涙が流れていたからだ。

 間を置かず、


「あ、ううううう……ああああああっ!!! うわああああああん!!!」


 オディルさんは思いっきり泣き始めた。

 いろいろな思いが、こみあげてくる感情がオディルさんの心のリミッターを外したのだ。


 俺は何も言えず、そのまま荷馬車をゆっくりと走らせたのであった。

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