第2話「オディルさん旅立つ」

 首を傾げるオディルさんへ、俺は単刀直入に伝える。


「オディルさん、実はレベッカに子供が生まれたんです。それも双子ですよ」


「あら! それはおめでとう! レベッカさんとケンさんの子供ならさぞかし可愛いでしょうね」


 今迄、冷静沈着なオディルさんは大いに驚いた後、相好を崩した。

 「にこにこ」してまるで我が事のように喜んでくれている。

 さあここからが本題だ。


「それでですね。レベッカからたっての伝言を預かって来ました」


「たっての伝言?」


「はい! 双子の男の子の方は彼女の父親が命名する事になったんですが、女の子の名前をぜひオディルさんに考えて欲しいって」


「まあ! それは重大な役目ね。……でも彼女のお父様だって、女の子のお孫さんの名前をつけたいでしょうに、赤の他人の私が命名しても良いのかしら?」


 オディルさんは『レベッカのお願い』を聞いて躊躇した。

 自分と俺達の『付き合い』の深さを気にして遠慮しているのだ。

 いくら打ち解けたとはいえ、会ったのはたった一度。

 ご自分がゆきずりともいえる『赤の他人』と思っているらしい……

 

 でも俺は首を横に振る。


「何言ってるんですか? オディルさんはレベッカと俺の人生に職人という新しい道を示してくれた恩人ですよ」


「…………」


「それに彼女のお父さんにもレベッカ本人がちゃんと許可を貰っています。心配無用です」


 俺が安心して貰うようそう言うと、オディルさんはとても感激したようだ。


「あ、ありがとう! ……そこまで言ってくれるのなら、私、命名役をお受けします。一生懸命考えるわ」


「こちらこそ、ありがとうございます。いきなり伺ってお願いまでしてしまって」


「え、ええっと……この場ですぐに考えた方が良いかしら? もし少し待っていてくれれば……」


 オディルさんは名前を考える時間が欲しいと告げて来た。

 よし!

 ここで俺からもオディルさんへ『お願い』だ。


「オディルさん」


「はい?」


「実は俺からもお願いがあるのですが」


「え? ケンさんからも?」


「ええ、レベッカ同様、俺からもたってのお願いです」


「たってのお願い…………」


「はい! 御足労ですがボヌール村へいらして頂き、レベッカへ直接名前を伝えて欲しいのです」


「え? で、でも」


「はい! オディルさんが御夫君と過ごされたこの王都で静かに暮らしていらっしゃる事は承知でお誘いしています」


 俺が改めて頼むと、オディルさんは少し苦笑した後、大きく息を吐いた。


「ケンさん……貴方の言う通り、私はもうこの王都から出たくないの。それに貴方達の住んでいるボヌール村は遥か南……年老いた私には正直長旅はきつい」


「…………」


「ありえないけど……もし私が旅に行くのを受けたとして……ボヌール村へ行くまで女の子にはずっと名前がない。可哀そうよ……でも王都から緊急の魔法鳩便を使えば5日で村へ着くから、この場で少し待って欲しい……すぐ名前を考えるから」


 レベッカ父ガストンさんと同じ心配をオディルさんはしている。

 そして常識的な方法も告げて来た。

 まあ至極当然の事だ。


 しかし俺はにっこり笑う。


「オディルさん」


「は、はい」


 反論されても全く動じない笑顔の俺を見て、オディルさんは少し吃驚したらしい。

 うん! ここが決め時だ。


「では、オディルさんが仰った懸念を、俺が全て解決出来ると言ったら……村へ行くのをOKしてくれますか?」


「え? でも!」


「俺、実は魔法使いなんです」


「魔法使い? ケンさんが?」


「はい! 3日間頂ければボヌール村へ行ってこちらへ帰ってこれますよ」


「ま、まさか!」


「俺を信じてください。どうでしょうか?」


「わ、分かったわ。……すぐ旅支度をします」


 最後は俺の強引な『押し』に「負けた」形となり、オディルさんは旅立つ事を了承してくれたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 別室に入ったオディルさんは……暫くすると、

 思い切りラフなブリオーに着替え、中型のバッグを抱えて出て来た。


「ありがとうございます」


 俺は改めて礼を言い、


「申し訳ありませんが、村へ着くまで、俺の指示に従って貰えますか?」


「ええ、貴方の言う通りにするわ」


 俺が念を押すと、オディルさんは優しく微笑んだ。

 まるで10代の少女のようにはにかんだ笑顔だった。


 俺は王都の正門を出てから転移魔法を使う事を伝えた。

 事前にある程度、説明しておかないと、ショックが大きいと思ったからである。


 オディルさんは魔法使いではないが、この世界の魔法レベルの常識を知っている。

 伝説の古代魔法王国で使われていた転移魔法、飛翔魔法は、現在行使するものは皆無に近い。

 だから俺があっさり転移魔法を使うと告げたら驚いたのである。


 それからオディルさんは店の扉に『休業』の札を掲げると、隣家の親しい知人に3日ほど小旅行に行くと伝えた。


 最後に戸締りをした上、俺の魔法で更に強化。

 準備は完全に整った。


 こうして……

 俺とオディルさんはボヌール村へ向けて旅立ったのである。

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