第24話「決別の夜③」
父王亡き後、リシャール&レイモン兄弟の後ろ盾となり、何かにつけて心の支えとなってくれた……ダニエル・アルドワン侯爵。
限りなく父親に等しい男とはいえ、情を一切交えず悪を正す。
覚悟を決めたレイモン様の鋭い視線がアルドワンを見据える。
しかしアルドワンも百戦錬磨の強者。
窮地に陥った筈なのに、全く動じていない。
「もしも……お前が本物のレイモンだとしても」
「…………」
「先ほどから、何をくだらぬ
完全にしらばっくれるアルドワンの言葉を聞き、レイモン様は深くため息をついた。
呆れたというか、最早救いようがない相手と判断した、達観の表情である。
「おじうえ、往生際が悪いとは貴方の事だ」
「往生際が悪い?」
「はい! ならば先ほど……私へ命じた数々の指令をどうご説明なさるおつもりか?」
「数々の指令?」
アルドワンは「にやり」と笑ってみせた。
ふてぶてしいという言葉を、人間にしたらこうなるというくらいだ。
対して、レイモン様は淡々としている。
「おじうえ!」
「何だ?」
「おとぼけになるのもいい加減にしてください」
「儂が? とぼけておるのか?」
「そうです! バスチアン・ドーファンの失踪に対して出した、貴方の部下デニス・クライレイへの指示ですよ」
「ほう! デニスな……そういえば、お前が化けていたか」
アルドワンはさも面白そうにレイモン様を見た。
しかしレイモン様は、答えず話を続ける。
「ご自分は繋がりがないと仰りながら……」
「ふむふむ……」
「バスチアンへのとんでもない魔法薬の製造指示、そしてデニス御用達のミラテゲール商会を、バスチアンのドーファン商会に代わって取り立てろという指示」
「ほうほう……」
「最後には裏切者となったバスチアンを探し出して消せ! おじうえ、貴方は……はっきり、そう仰いました」
「いや、知らん! お前の指摘した事など……全く記憶がない!」
「記憶が? 馬鹿な! 先ほど私へ仰ったばかりですよ」
レイモン様が「焦れた」と思ったのであろう。
アルドワンは不敵に笑う。
「ふふ、知らぬ! 知らぬと言ったら知らぬ。本当に記憶がないのだ」
「…………」
あくまでしらばっくれるアルドワン。
対して、レイモン様はつい無言となった。
すると「今度はこちらの番」とばかりに、アルドワンは言い放つ。
「レイモンよ、聞け。これは夢だ、単なる夢なのだ」
「…………」
「それ故、儂もお前も目が覚めれば現実の世界へ戻る」
「…………」
「……あまり儂を舐めるなよ、レイモン。ガキのようなお前の作戦など全てお見通しだ」
「…………」
「それと! 子供の頃から見て来た儂は知っておる。お前が相当の腕を持つ魔法使いだという事を。公には明かしていないがな」
「…………」
「他人の夢へ入り込む……確かに凄い魔法だ。リアルで夢という感じが全くせん!」
アルドワンはそう言うと、周囲を見渡した。
いつもの自分の執務室だから……
大きく頷き、納得している。
一方、相変わらずレイモン様は無言である。
「…………」
レイモン様が無抵抗なのを見て、アルドワンの口調はどんどん滑らかになって行く。
「だがこんな魔法、いくら腕が立つといってもお前には到底無理だろう。どうせどこかの上級魔法使いを大金で雇い、何かにつけて、うるさい儂を脅しに来た。そうに決まっておる」
「…………」
「方法だけは感心する。良くぞ考えた」
「…………」
「もしも現実の世界で、儂とお前が会ってこのような話をすれば、お互いにただでは済まない。王宮はまっぷたつに割れ、対立するだろう」
「…………」
「お前の兄リシャールはどうだ? この儂につくか、弟のお前に賛同するか、どちらなのかな? ふふふ」
「…………」
「だが夢ならば、現実ではない。どうという事はない」
「…………」
「おじうえ、昨夜面白い夢を見た。おお、そうか……冗談の応酬で済む。はははははっ!」
高らかに笑うアルドワンは、どうやら自分の言葉に酔っているようだ。
子供の頃から見守り、人生の機微を教えて来たレイモン様など、歯牙にもかけない。
簡単にマウントを取れると踏んでいるらしい。
しかしレイモン様が放つ心の波動は怯えたり、乱れてはいない。
アルドワンと対峙してから、全く変わらないのだ。
それはずっと無言だったレイモン様が発した、次のセリフでも分かった。
「仰る事はそれだけですか? おじうえ」
……やはりレイモン様は切り札を隠している。
それは、俺の考えた切り札ではない。
だがアルドワンは相変わらず余裕しゃくしゃくだ。
「おお、そうだよ。儂は正々堂々と生きておる。後ろめたい事などない! お前が真のレイモンなら分かる筈だ」
「成る程、分かりました。ではたった今、決定します」
「おお、儂の言う事が分かったか? で、何を決定したのだ?」
「はい! おじうえには引退して頂きます」
「な!? 引退だと!」
それまで、にやにやしていた余裕のアルドワンであったが……
さすがに、「引退しろ」と言われ、大いに驚いたのである。
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