第3話「妨害と提案」
アマンダさんは軽く息を吐くと、俺達をじっと見つめ、話し始める。
「実は……今から2週間くらい前、私に対し、突如申し入れがありました」
「申し入れ?」
「はい……ドーファンという人で、この白鳥亭の女将をやめ、自分の店に来てマネージャーをやらないか、給料は今の月額売り上げの倍を出すと」
「ドーファン? 自分の店? マネージャー?」
「はい……いかにもカタギではない雰囲気を持つ、上から目線の、人間族の男性でした。年齢は人間族的には、もうすぐ60歳になるかならないかでしょう」
「成る程……」
「以前にも……そのような誘いはたまにありました。そもそも貴方が好きだ、付き合って下さいっていう告白は、しょっちゅうでしたし」
「…………」
告白がしょっちゅう?
やはり、アマンダさんはもてる。
この美貌だもの、当たり前だよな……
と俺が思っていたら、
「だから……最初はいつも通り、単なる引き抜きかと思いました。ですが……」
「…………」
「更に詳しい条件を聞いたら、私をマネージャーに据えたいのは特殊な店……非合法な売春宿でした」
「ば、売春宿?」
「はい……店に所属する女性を管理したり、新たな女性をスカウトするのが仕事だと……お前なら上手く仕切れるって」
「な? お前って……何ですか、それ」
何だ、そのドーファン。
いきなりアマンダさんをお前呼ばわり?
ふざけてる!
アマンダさんは、やはり律儀で誠実だ。
相手がどんな奴であれ、一応話は聞く。
だがお前呼ばわりした上、相手の申し入れはとんでもなかった……
「礼儀知らずな奴ですね」
「そうですよ、凄く失礼です」
黙って話を聞くクッカとクーガーも……当然ながら憤っていた。
しかし!
ドーファンの話はそれで終わらなかったのだ。
「加えて……私へ、暗に『自分の女』になれと誘って来ました。他に手当ても出す、金には絶対不自由させないって……」
「はあ?」
「何それ!」
「本当に最低! 絶対に許せません!」
とんでもない傲慢さに怒る俺達を見て、アマンダさんも唇を噛み締める。
「そんなお話……当たり前ですが、きっぱりとお断りしました」
「ですよね」
「はい……そうしたら、断った当日から嫌がらせが始まったのです」
「それで、嫌がらせが……」
「はい、そうなんです。最初はウチが法外な宿泊費を取り、まずい食事を出す劣悪店だと風評を広めました」
「…………」
「宿へ来たお客さんから聞き、腹が立ちましたが……関わりたくないので、一切放置していました」
「…………」
「ですが……先方は準備万端だったらしく、昨日、白鳥亭に良く似た宿屋をオープンさせました……」
「…………」
「名前は真白鳥亭」
「え? 真白鳥亭って? 何だ、それ、ふざけてる!」
「そっくりの名前ですよね? あるお客さんが偵察だとこっそり行って、私へ教えてくれました」
「…………」
「実態は……女性が男性に特殊な接客をする、その非合法な宿屋でした」
「…………」
「その真白鳥亭はウチより断然大きい建物で……外装、内装はそっくりだそうです」
「…………」
「お客様へのお食事だけは、ウチに到底及びませんが、私の作るハーブ料理のまがいものを出し……」
「…………」
「宿泊料金は、ウチの1/3という格安に設定。更に、先の風評も広めたのです」
「…………」
「最近は脅しに近い勧誘で、ウチの男性客様を殆どあちらの店に連れて行きます。女性客は怖がって利用されなくなりました……」
「…………」
「衛兵に告げても……何か工作がしてあるらしく、対応してくれません」
「…………」
「かといってここは人間の国……力技でアールヴの者を使うわけにも……」
「…………」
「打つ手が全く無く、もうどうして良いのかと……頭を抱えました」
「…………」
「いっそ故郷のイエーラへ帰ろうとも……考えています」
「…………」
「うう……」
ここまで話すともう耐えられなくなったのか……
アマンダさんは遂に、泣き出してしまった。
基本、王都における出来事は『ふるさと勇者』の範疇外だ。
でも俺は……
既に、この心優しきアールヴ女性の為に動こうと決めていた。
何とかして!
と、強烈な波動を送って来るクッカとリゼットにも、
「任せろ!」と念話で返した。
よし、意思統は一終了だ。
「……アマンダさん、話は良く分かった。俺達に任せてくれ」
「え? ケン様」
驚くアマンダさんへ、俺はにっこり笑う。
「大丈夫、安心して。問題は必ず解決するよ」
「………」
俺がそう言っても、アマンダさんポカンとしている。
直接関係ない俺が対応するのが、「何故?」って顔してる。
「そうだな……よし! もし可能なら、アマンダさんがまずリフレッシュしようか?」
「リ、リフレッシュ?」
「ああ、予約状況や従業員さん次第だけど……この白鳥亭を少しの間、お休みさせられない?」
「白鳥亭を……少しの間、お休み?」
「少しって……大体1週間くらいってところだ。その間に、俺達が対応し片を付ける」
「で、でも、ケン様。リフレッシュって、具体的に一体どうするのですか?」
「うん! アマンダさんをボヌール村へ連れて行く」
「ええっ? わ、私を? ボ、ボヌール村へ?」
「ああ! 気晴らしにウチの大空屋を手伝ってくれないか? グレースと一緒に」
「へ?」
「いや、違うな。単にのんびり泊って、くつろいで頂いて構わない。何しろ、ずっと働いて来たじゃないか、アマンダさんは」
「…………」
「たまには、ゆっくり休んで息抜きしないとね」
「…………」
「全て任せて! アマンダさんが受けた苦痛を、何倍にもして、そいつへ返してやるよ」
「え?」
「……俺はそういう裏仕事を、散々やって来た。……大切な家族の為に」
「家族……私が?」
「ああ! アマンダさんは俺達の家族だ! 悪は元から断つ!」
俺は、はっきり言い放つと、再びアマンダさんへ微笑んだのである。
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