第21話「私は消えない!②」
俺達から肯定の返事を聞き、笑顔になったベアトリスは礼を言う。
『ありがとう……私ね、ひとつ分かった事があるわ』
『…………』
ひとつ分かった事?
ここはまた、じっくり話を聞いてあげよう……
クッカとリゼットも同じ思いらしく、言葉を発さない。
ベアトリスはまた話し始める。
『この世界で、誰かが私を覚えていてくれる。存在した記憶を紡いでいてくれるって事』
『…………』
『遥か未来のこの時代で、たったひとりぼっちだった私には……最初、絶望しかなかった』
『…………』
『もう少ししたら、わけも分からず私は消える、消えてしまう……』
『…………』
『また……死への恐怖を味わうのかと思っていた……』
『…………』
『……誰もこの時代では、世界では……私の事を全然知らない……転生したばかりのケンと同じよね……』
ベアトリスはそう言うと、切ない眼差しで俺を見つめる。
ああ、分かるさ!
クッカこそ居たものの、俺を知る人はこの世界には皆無だったから……
『…………』
同意し、黙ったまま、俺はベアトリスを見つめた。
共感の波動がぴたりと一致し、彼女が『近しい者』という慈しむ想いが湧き上がる。
ベアトリスも俺と同じ気持ちらしい……
微笑んで、話を続ける。
『どこかで誰かが、たったひとりでも良いから……私の事を知っていて欲しい』
『…………』
『お願いだから……覚えていて欲しい……長い眠りから目覚めて、ずっとそう願っていたの……』
『…………』
『もしその誰かが居るのなら、知りたかった! ぜひ……会いたかった!』
『…………』
『王都に連れて行って貰い……アールヴのアマンダさんに出会えて……そんな私の……望みが叶ったの! 嬉しいわ! 本当に嬉しい!』
『…………』
『それにケン、リゼット、クッカ……貴方達には憑依させて貰ったから……お互いに分かり合ったから……死ぬまでずっと私の事を覚えていてくれる、そう思うわ……信じてる』
『…………』
『そして……ずっと大切にして来た私の分身ともいえるハーブ園を、貴方達は受け継いでくれていた』
『…………』
『凄く実感しているの。私が……この世界に居た記憶は、絶対に失われないって……』
『…………』
『何故ならば……これからも貴方達は、私のハーブ園をとても大事にしてくれる……そして貴方達の子の誰かが、きっとまた引き継いでくれる……』
『…………』
『この村の、クッカとリゼットが作ったハーブ園にだって、私の可愛いハーブの子供達が元気に育っているわ』
『…………』
『だからね! 私はいつも、貴方達と一緒なの!』
『…………』
『このユウキ家の厨房で、丹精込めて育てたハーブを使って作る料理の中にも、私の作った味が生きている』
『…………』
『アマンダさんの、亡きひいお祖母様のハーブ料理が、彼女にしっかり受け継がれているように』
『…………』
『さっきは頭の中が真っ白になっちゃった! だって料理人冥利に尽きるわ! 貴方達は勿論、子供達があんなに美味しそうに食べてくれたもの……お代わり、お代わりって!』
『…………』
『憑依したケンとクッカとリゼットには……育成は勿論、料理方法も! 私の知るハーブの知識を全て伝える事が出来たし……』
『…………』
『これからも、ユウキ家では私の味も含め、素晴らしいハーブ料理が受け継がれて行く……』
『…………』
『まだあるわ! ほら、貴方達が教えてくれたじゃない。空から見えたあのエモシオンという町にハーブ料理を出すボヌール村経営のカフェがあるって!』
そうだ……
俺はベアトリスを大空に誘った。
大空を飛ぶという素敵な思い出を作って欲しかったのは勿論だが……
彼女が生まれ育った大地がどうなっているかを、しっかり見せたかったのだ。
その時……ベアトリスが見たエモシオンの町。
見ただけで行く事はなかったが……俺達から話を聞き、思いを馳せているに違いない……
『エモシオンのカフェで……私の味を伝授したユウキ家の人が調理すれば、そのカフェに来た人も私を感じてくれる筈よ』
『…………』
『食べたハーブ料理に感動して……ユウキ家のように、自宅で作ってみようって人も、絶対に出て来るでしょう』
『…………』
『アマンダさんだって、白鳥亭で出す料理に私の知識を生かすと言ってくれた……白鳥亭のハーブ料理を食べた王都の人々にだって……私の思いが伝わるわ』
『…………』
『私がこの世界に居た……確かに生きていたという記憶は……明らかな
『…………』
『私が想像も出来ないくらい……たくさんの場所で、いろいろな人へ紡がれて行く……』
『………』
『凄く! 凄く楽しみよ!』
『…………』
『たとえ、名前や所属は失われても……私は消えない!』
『…………』
『永遠に! 人々の記憶の中に生きて行く……様々な違う形で、私ベアトリス・ガルドルドはずっと存在し続ける……そう思うと嬉しいわ! 嬉しいのよ!』
ベアトリスの望みが叶った。
まずは、自分の存在を知る人に出会う事。
もうひとつ、自分の明確な記憶を残して、天へ召される事……
彼女の喜びの大きな波動を感じるんだ。
そして俺達への感謝の気持ちも……
思いの丈を話し終わると……
ベアトリスは心の底から満足したように、晴れやかに笑ったのであった。
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