第3話「ハーブ園再び」

 西の森、奥のハーブ園……

 リゼットのお気に入りであるこの場所も、俺にとっては、思い出の場所と言えるだろう。

 

 助けたリゼットが、ゴブリンに襲われた理由……

 病気のお祖母ちゃんの為に、魔物や獣に襲われる危険を承知でハーブを摘みに来ようとした事。

 

 俺は異世界へ来た日の晩に、ここへ来た。

 健気なリゼットの代わりに、ハーブを摘みに……

 

 その後も、いろいろあった。

 まだ人間に転生する前、幻影状態であったサポート女神のクッカが俺に憑依し、リゼットと初めて話した場所でもある。

 あの時は、不思議な感覚だった。


 現在は、と言えば、ごくたま~に……

 村のハーブ園を管理するクッカ、リゼットと共に訪れ、自生するハーブの苗等を採取する場所だ。

 ここは様々な意味で、本当に特別な場所。

 ハーブの採取も慎重に行い、けして場荒れしないよう気を付けている。

 

 とても大事にしている場所だから、勝手に荒らされては困る。

 オベール家の領民以外が、勝手に採取してはならないという規則もある。

 なので、ボヌール村の特別地扱いにして貰い、管理は厳重にさせて貰っているのだ。

  

 うん!

 何度来て見ても、やっぱり、ここは凄い!

 凄い数の種類のハーブが生え、その花がいっぱい咲き乱れている。

 濃厚な香りが、辺りに充満している。


 「癒される」「うっとりする」のはいつもの事。

 かつてテレーズことティターニア様が、ボヌール村を様々な種族が住まう楽園エデンだと評した。 

 じゃあエデンって、具体的にどういう場所だと聞かれたら、表現しろと言われたら……

 俺は深い森の中の、このハーブ園のような場所だと答えるだろう。


 ちなみに、クラリスがこのハーブ園へ来るのは、これで2回目。

 グレースが来る前、当然サキもまだ居ない頃……

 1回だけ、嫁ズ全員と来たことがある。

 

 その時は家族全員で協力して、ハーブの苗を採取。

 村のハーブ園を開園するのが目的だった。

 誰もが、その作業に没頭した。

 絵を描く為に、ここでスケッチをしようなんて、クラリスは考えもしなかった。


 でも、本格的に村の風景画を描き始めてから……

 「いつか森のハーブ園へ行って、スケッチをしたい」

 クラリスはそう、俺へ言っていた。

 しかし、いろいろバタバタして実現が出来なかった。

 今回ようやく、彼女の夢のひとつが叶ったのである。


「わぁ!」


 短い感嘆の声を発した後、クラリスは目を閉じて深呼吸する。

 俺同様、ハーブの香りが全身に満ちているだろう。

 口がちょっとだけ開いていて、白い綺麗な歯が見える。

 彼女は満足そうに微笑んでいた。 


 目を開けたクラリスは、ひとしきり辺りを見回すと、


「旦那様、早速スケッチを始めたいのですが、宜しいですか?」


 そう、クラリスは、超の付く真面目さん。

 まずは、やるべき事をやってからというタイプ。


「おお、どんどんやってくれ。俺がしっかり見張っているから」


「ありがとうございます!」


 クラリスの感謝の言葉に対し、笑顔で返した俺。

 傍らで待機していた、ベイヤールとフィオナの鞍など馬具も外してやった。


 「呼ぶまで、ふたりで適当に遊んで来れば」と伝え、気を利かせた。

 恋仲のふたりを、暫しの間、自由行動にしてあげたのである。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……やがて、クラリスのスケッチは終わった。

 大体の構図をざっくり描いて、後は村のアトリエで仕上げるのだ。


 そしてデートの前に、頼まれごとを済ませておく。

 クッカとリゼットから、行くならばついでにと、いくつかハーブの苗の採取を頼まれていたから。


 俺とクラリスも、もうハーブに関して、ある程度の知識がある。

 最初は何がどれなのか分からなかった俺も、度重なる作業と学習により、今では種類と効能が頭へ入っている。

 

 採取したハーブは、俺の空間魔法で収納する。

 こうすると、中で時間がストップしてるから、劣化しない。

 持ち運び途中で、誤って傷めたりもしない。


 まあ、こういう作業も楽しい。

 愛しいクラリスとのデートだと考えると、尚更楽しい。


 そんなこんなで、『やるべき事』は全て終わった。

 という事で、本チャンデート突入。


 呼び戻していないから当たり前だが、ベイヤール達は戻って来ていない。

 まだ時間は大丈夫だし、同時進行ダブルデートって事にしよう。


 ちなみに俺は、ず~っと索敵魔法全開なので、安全確保は継続中……


 さて準備万端。

 クラリスとふたりで、俺はハーブ園を歩く。

 当然、生えているハーブを傷めないよう、慎重に……


 改めてハーブ園を眺め、うっとりしたクラリスが言う。


「旦那様、夢のような場所ですね、ここ」


「確かにそうだな……」


「エデンって……こういう場所かもしれませんね」


 おお、クラリスも俺と同じ事を感じていた。

 ちょっち、嬉しいかも。

 そして……


「私、少し絵をアレンジします」


「アレンジ?」


「ええ、生えているのをハーブではなく、違う草花に描き直します」


「そうか……」


 何となく、クラリスの言っている事が分かる。

 この場所を、村民以外は知らない、『秘密の花園』にしたいんだよね。


 俺が頷くと、クラリスは笑顔で返して来た。


「はい! もしも私の絵が買われて、王都で誰かの目に触れて……悪い事が起きたら、辛い……この場所を、凄く大切にしているクッカ姉とリゼットにも申し訳ないですから」


「そうだな」


 クラリスの言う事は分かる。

 一番の顧客であるという『高貴な方』が、もし結構な力を持った王族や上級貴族とかで……

 この場所の絵を見て、欲しい欲しい病の征服欲がムラっと来て、万が一……

 「俺の直轄地にしろ」などと言えば、ややこしい。


 心配性なんて、笑わないで欲しい。

 やっぱりクラリスは深謀遠慮、優しい気遣いの出来る子だから。


 うん!

 嫁ズの中では、俺と一番性格が似ているかも。

 って、自分で言っちゃ、駄目だ。


「そうだ! 風景も思いっきり変えます……私の、私だけの心の中で想像した永遠の楽園、エデンを描いた絵……という事にしますね」


 きっぱりと宣言するクラリス。

 嬉しくなった俺は、彼女を「きゅっ」と抱き締めていたのであった。

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