第33話「郷土愛を深めよう!②」

 月日が流れた……

 

 早いもので、女冒険者カルメン・コンタドールがエモシオンに来て、もう約1か月が過ぎている。

 かと言って、その間、カルメンは「のびのびする」とか「暇していた」わけではない。


 サキの説得により、カルメンは最初約束した数日ではなく、結局1週間延泊する事を決めた。

 だが、「のほほん」と遊んでいる事はせず、とりあえず何かやろうと、『臨時雇い』の仕事を探したのである。

 折角の旅行なのだから、普通はゆっくり遊べば良いのにと思うが、カルメンは基本的に超が付く真面目な性格なのだ。

 

 最初は、冒険者である事を理由に、何か簡単な『依頼』をこなす事を考えたらしい。

 

 でも残念。

 エモシオンには、冒険者ギルドの支部がない。

 それに、ゴブなどの魔物討伐依頼も、民間から出てはいない。

 もし、このような依頼を出すとしたらオベール家、つまり宰相の俺から……


 という事で、祭りの日の翌日、城館へ『アルバイトの相談』に来たカルメンへ、俺は「渡りに船」とばかりに声を掛けた。

 我がアンテナショップ、『エモシオン&ボヌール』の臨時スタッフとして働かないかと誘ったのだ。

 

 カルメンは、最初渋い顔をした。

 例の『メイド服事件』の影響が尾を引いていたからだ。

 それに頼まれたのは、町を脅かす魔物の討伐ではなく、店のスタッフ。

 

 最初は微妙な表情を見せたカルメンも、俺が考えた店のコンセプトを説明したら……

 

 考え直し、気持ち良く引き受けてくれた。

 やる仕事もメイドではなく、販売スタッフという事も大きかった。

 リゼット母のフロランスさんがやっていたのを思い出して、あれなら自分も出来る、そう思ったらしい。

 

 俺との話が終わってから、丁度城館に居たサキの更なるプッシュも大きかった。

 経緯を聞いたサキは「一緒に働こう!」と、再び懇願。

 

 お願いポーズのサキの顔を見て、あの『引き止め』を思い出し、更にやる気が加速されたそうだ。

 故郷に帰れないという、サキの『ヤバイ理由』だけは、俺の魔法でオミットされていたけどね。


 そう!

 カルメンは、母の故郷である、エモシオンの良さをPRをするという趣旨に賛同したのだ。

 亡き母が、辛辣な口調ながらも愛を込めて、遠く離れた故郷を語っていたのを思い出して……数日後、親孝行という気持ちでショップスタッフの仕事を始めたのである。


 ここでまた活躍してくれたのが、例の『エモシオン主婦軍団』だ。

 少女の頃から冒険者ひと筋で、接客業などした事のないカルメンを優しくもみっちり鍛えてくれた。


 そもそもカルメンは、超が付く体育会系姉御。

 

 初めまして! おはようございます! お疲れ様です! 失礼します!

 そして、ありがとうございます! 等の挨拶や感謝の言葉は冒険者だって使う。

 これらの言葉は元気があって、何ら問題はなかったが……


 ……カルメンは、接客業特有の言い回しを、全くと言っていいほど使った事がなかった。


 いらっしゃいませ! かしこまりました! 少々お待ちください!

 お待たせ致しました! 

 という、接客業に必要且つ、基本的な言葉の使用経験が皆無だったのだ。

 

 その為にカルメンは、スタッフとしての技を、必死に習得すべく努力した。

 

 頑張り屋のカルメンは、開店2時間前に、いつも一番乗りで出勤。

 閉店後も、あと片付けをしながら……

 言葉と仕草を、何百回、何千回と練習したようだ。


 最初は使い慣れない言葉に噛みまくりで、客応対にも緊張しまくっていたらしい。

 でもさすが冒険者ギルドランクA?

 たった1週間で、言葉は勿論、接客のコツを完璧にマスターしてしまった。

 

 そんなカルメンの、店での主な仕事は食料品の売り子、中でもエモシオン特産である鱒の加工品の販売。

 鱒の干物、燻製、塩漬け等々……

 美味しいワインと共に、店に来たお客さんへ試食して貰い、丁寧に説明する。

 説明の中には、エモシオンの良さのPRがあるのはお約束。

 

 当然ながら、カルメンは鱒の養殖場やワイン農家へ行って見学&試食済み。

 俺は素晴らしいと思う。

 たとえアルバイトでも、一旦引き受けたからには、ここまで徹底するカルメンの姿に。

 本当のプロだなって。

 凄まじい努力と叩き上げで勝ち取ったランクAの看板に、偽りはないのだ。


 カルメンの口上って、こう。


 いらっしゃいませ!

 おひとついかがでしょうか?

 あたしの亡き母の、故郷の商品は素晴らしいですよぉ。

 自分も、毎日美味しく食べています。

 だから、ぜひ試してみて下さい。

 って……

 

 カルメンから、試食を勧められたお客さんは、最初戸惑う。

 超たくましい女子が勧める、鱒のくんせいとワインって、結構な迫力があるから……

 

 でも……

 おずおずと食べてみて、飲んでみて「美味しい!」って、お客さんの顔がとてもほころぶ。

 そのように満足してお買い上げして頂くという達成感が、冒険者ギルドの仕事にも通じるってサキには言ったらしい。


 こうなると、カルメンは毎日が楽しくなって来る。

 母の故郷エモシオンに貢献するという仕事は、大きなやりがいがあるから。

 

 そして母から聞いた故郷の話と、エモシオン主婦軍団の町の自慢話がかみ合うのも嬉しいみたい。

 

 カルメンには、更に嬉しい事があった。

 ひょんな事から、カルメンの母と軍団の主婦のひとりが、近くで暮らしていた事が判明。

 さすがに親しい付き合いこそなかったが、凄いご近所さんだと分かったのだ。


 当然、カルメンは大感激。

 見かけと違うとか、意外にもと言ったら失礼だし、絶対に殺されるけど……

 この世界の女性に倣い、信心深いカルメンは、創世神様の導きだとも考えたようだ。

 

 そんなこんなで……

 今迄全くやった事のなかった接客業が、意外にも凄く楽しかったのも後押し。

 みっちり『エモシオン主婦軍団』と一緒に仕事をしたカルメンは……

 母の故郷にとても詳しくなり、『深いエモシオン愛』に、ばっちり目覚めてしまったのである。

 

 カルメンの『深い想い』は、母から受け継いだ、故郷を思う血のなせるわざかもしれない。

 誰しもが持つ、望郷の念と同じなのだろう。


 こうなると、カルメン自身、この仕事をやめて王都へ帰るなんて考えられなくなっていた。

 もう少し滞在、またもう少しと……

 カルメンは、エモシオンで過ごすうち、完全に離れがたくなって行ったのである。


 そして……

 カルメンはショップで働く主婦軍団同様、俺達のボヌール村も大好きになってくれた。

 「エモシオンと同じくらい良い所だ」というジョエルさん、フロランスさん夫婦の熱い言葉に染められて……

 母の故郷エモシオンの美味しい郷土料理同様、嫁ズ特製のハーブ料理にもすっかり魅せられて……


 こうして……

 『エモシオン&ボヌール』において、女冒険者カルメン・コンタドールは、

『なくてはならない頼もしい戦力』となってしまったのであった。

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