第31話「戦った者、それぞれの運命」

 翌朝……

 エモシオンの正門。


 俺は、アンリ、門番、衛兵と一緒に、ある人物を見送っていた。

 そう、あの暴走騎士フェルナン・モラクスである。

 

 相手の『格』を考えたら、本当はオベール様夫婦も見送るべきなんだろう。 

 しかし昨日見せた、フェルナンの傲岸不遜な態度は、超が付くほど不愉快だったらしい。

 オベール様、イザベルさん両名とも、体調不良という名目でパスしてしまった。


 という事で、俺が代表してお見送り。


 フェルナンはもう、馬上の人だ。

 乗っているのは逞しい鹿毛で、彼の愛馬らしい。


「宰相殿! このエモシオンは良い町だ。短い間だったが、世話になった」


「いえいえ、こんな遠くの町までご足労頂き、恐縮です」


「うむ、では、そろそろ出発する。私が殴ってしまったあの鍛冶師には、改めて宰相殿から、詫びを伝えてくれ」


「はい! 了解です」


 フェルナンの表情は、昨日とは打って変わってにこやかだ。

 口調も穏やかで、言葉の端端に思い遣りが籠っていた。

 これが彼の『素』ならどんなに良いかと、心から思う。

 文句なく、オベール家へ招いていただろう。


 貴族以外の者を、フェルナンがあんなに見下していたのは……

 もしかしたら、騎士爵の三男という、恵まれない身分の反動かも。

 貴族の中でも、冷や飯食い故、なのかもしれない……


 つらつら考えた俺は、さりげなく、フェルナンの今後を聞いてみる。

 『確認』の意味もあった……


「ちなみに、これからどうされるので?」


「ああ、少し本腰を入れて王国の為に尽くしたい」


「王国の為? と、仰いますと?」


「ああ、少し前から誘われていたが……ここから遥か北の砦で、怪物どもと遊んで来る。守備隊へ、私の力を貸してやろうかとな」


「おお! それは崇高な志です。とても素晴らしい! フェルナン殿のお名前が王国どころか世界中に響き渡りますね」


「いや、もう世界の誰もが私を知っているから、今更そんな事にはならぬ」


 満更でもないという感じのフェルナン。


 やっぱり、この人はそう。

 目立ちたがり屋で、凄い自信家。

 自分の、狭量な価値観の中に独特の正義感を持っている。

 当然、人の意見など受け入れない。


 フェルナンは……

 確かに文武両道で、超が付く優秀な人かもしれない。

 フリーの騎士という事で、雇った主家も最初はありがたがるかもしれない。


 だが、この性格と価値観で、いつかは他人と折り合わなくなる……

 結果、我慢が利かず、様々な貴族家を転々としたり、冒険者もどきの仕事をしているのだろう。


 オベール様の書斎で対峙し、「オベール家を潰してやる!」と言われた、あの時……

 俺は、フェルナンへ魔法をかけた。


 まずは、鎮静の魔法で高ぶった気持ちを落ち着かせる。

 そして忘却の魔法も。

 オベール家への憎しみなんて、一切忘れて貰う。


 更に『禁呪』を使った。

 たまたま覚えた特殊な魔法で、人の価値観を操作する。

 とても危険な魔法だから、滅多には使わない。


 俺は、フェルナンの良心を刺激し、最も純粋なモノに高めてしまった。

 彼は騎士、自分より弱き者を苛めるのは絶対に許されない。

 当然、殴ってしまった鍛冶師へ、心が咎める事となる。


 そして愛国心も刺激し、最大にした。

 こうなると……

 彼は、この王国で一番大変な仕事をしたくなる。


 その一番大変な仕事とは……

 かつて俺が、グレースことヴァネッサの兄弟3人を送った、北の砦の守備隊勤務だ。


「では! さらばだ!」


「ご武運を!」


 心の中を読んで分かったが……

 フェルナンが選んだ『茨の道』は……実は、彼が切望していた道だ。

 ただ『勇気』がなくて、なかなか踏み出せなかったらしい。

 なので俺は、少しだけ『後押し』をしてやった。


 魔境に接した北の砦の守備隊は、フェルナンのような貴族や騎士は少なく、殆どが傭兵だという。

 また命を懸けて戦う事で、特別の恩赦を期待する重罪人も加わり、構成されているという。

 

 フェルナンは、変わらなくてはならない。

 騎士として素晴らしい素質を持っているし、それを活かした人生を送りたいと望んでいるのだから。

 

 自分は創世神に選ばれた貴族という、つまらない驕りを、まずは捨てなければ。

 さすがのフェルナンも、今のまま、過酷な北の砦で戦えば死ぬかもしれない。

 守備隊の他の隊員に敬意を払い、協力し合ってこそ、確実に生き残る事が出来る……

 俺の魔法は、その驕りもある程度和らげたのだ。

 

 皆で協力し、守備隊全員で生き抜いたその時こそ……

 フェルナンは名実とも、真の一流騎士になれる……


 遠ざかって行くフェルナンへ手を振りながら……

 俺は、そんな気がしたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その日の午後半ば……

 『祭り』の第2日目。


 いろいろあったが、男子のすもう大会は無事に終わった……

 前の日に、駆け付けたクーガーが、混乱を上手く仕切ってくれた事。

 そして嫁ズを城館まで護衛してくれたカルメンも、クーガーに協力してくれたのが大きかった。

 

 ちなみに優勝者は……

 我が嫁クッカにより、フェルナンに殴られた怪我を完璧に治して貰い、復帰した例の鍛冶師さん。

 そう、隣村のジェトレ在住の。

 並みいる強豪を倒して、勝利を勝ち取った彼の顔は誇らしげであった。


 でも、あのフェルナンから伝言という形で……

 俺から『謝罪』を聞いた鍛冶師さんは、更に完璧ともいえる満面の笑みを浮かべていた。

 

 確かにこの優勝は嬉しいだろう。

 たとえ反則勝ちとはいえ、あれだけ有名な人物に勝ったのだから。

 

 でも鍛冶師さんにとって、相手のフェルナンが潔く過ちを認めてくれた事自体が、実は嬉しかったんだ。

 と、俺は思う。

 決められたルールを守って、その範疇で勝とうとした自分の信念が、けして間違ってはいなかったというあかしなのだから。


 ちなみに鍛冶師さんはアームレスリングでも優秀な成績をあげ、暗算も書写もこなした。

 気になったので、肝心の鍛冶の腕も見せて貰う。

 結果、素晴らしい素質を持つと、同業であるエモシオンのベテラン鍛冶師さんにも太鼓判を押して貰った。


 「これは超優秀な人材だ!」と判断した俺は、さりげなく鍛冶師さんへ聞いてみたのだ。


 そうしたら渡りに船。

 今、修行している、ジェトレ村の親方から「独立したばかり」だという。

 将来に関しても、試行錯誤して、いろいろと考えていたようである。


 こんな人、本当はボヌール村へ欲しい人材だけど……

 ここはオベール家宰相として、主家へ大いに貢献しよう。


 何故なら、俺達は既に、アンリとエマという、超が何倍も付く優秀な人材を譲って貰ったばかりだから。


 ……結局、この若き鍛冶師さんは『オベール家お抱えの鍛冶職人』という事で、めでたく就職が決まったのであった。

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