第23話「架け橋」

 馬車を用意して、結構時間が経ったが……

 まだオベロン様、テレーズ以下妖精軍団は、ボヌール村の村民達に囲まれたままである。

 最後となる、別れの朝だから……

 親しくなったボヌール村の村民全員で、名残惜しくするのは当然なのだが。

 いつまでも別れを惜しんでいては、オベロン様達が帰れない。

 

 こんな時こそ、村長代理である俺の出番だ。

 嫌な役回りだが、別れを促さなくてはならない。


「さあさあ、そろそろ出発だ。全員で見送ろう!」


 俺が事前の打合せ通りに手を振ると、物見やぐらに居る門番の義父ガストンさんと先輩従士のジャコブさんが、周囲を見渡し合図をする。

 敵は居ない、とりあえず安全。

 という、ゴーの合図だ。


 更に俺は何人かに協力して貰い、村の正門をあけ放つ。

 すると、村外の風景が目に飛び込んで来る。

 広々した大草原が広がり、草が踏みしだかれた村道がまっすぐ街道へと伸びている。

 見慣れた風景ながら、まるで大パノラマのようだ。


 開いた門の手前で、進んでいた馬車が一旦止まる。

 そして、オベロン様とテレーズ……いやティターニア様だけが降りると、こちらへ歩いて来た。

 見送る俺達家族の前に来ると、ふたりとも深々と頭を下げる。


 まずはオベロン様、


「ケン、奥様方、そしてケンの子供達、改めて礼を言う。ティーが、とても世話になった!」


 そしてティターニア様も、


「ケン、そして皆さん、今迄本当にありがとうございました!」


 ああ、今度こそ、本当に最後の別れなんだ。

 最後の別れか……やはり寂しい……

 いや、必ず、また会える!

 これは、再会への挨拶だと信じよう。


 だから、俺は笑顔で別れを告げる。


「おふたりとも、ぜひまた、村へ遊びに来て下さい」


「ああ、来る。ティーと一緒に必ず来る!」

「はい! 子供達とも約束しましたから! オベと一緒に必ず遊びに来ます!」


 ふたりは俺の目を真っすぐ見て、力強く約束してくれた。

 「夫婦で一緒に来る!」と、はっきり言い切ってくれたのが、俺には凄く嬉しい。

 胸にぐっと来た俺は、両手でがっちり約束の握手をする。

 オベロン様、ティターニア様それぞれに、気持ちを籠めて。

 

 爽やかな笑顔を浮かべ、オベロン様が言う。


「ケン、そして村の皆さんへ、最後に私達からささやかなプレゼントをしたい」


「プレゼント?」


「ああ、私達の馬車が見えなくなったら、あの空を見て欲しい……」


 オベロン様は村道が延びる先の、真っ青に広がる大空を指さした。

 ティターニア様も「うんうん」と嬉しそうに頷いている。


「空を?」


 俺が思わず聞き返したら、妖精王夫婦はにっこり笑う。


「ああ、本当にささやかだが……」

「はい、私達が今迄お世話になったお礼です」


「は、はい……」


 ふたりから謎かけのように言われ、俺は分からぬまま、返事をした。

 まあ、とりあえず良い……

 それより、今度こそ……またの再会を祈って……さよならだ。


 俺は改めて居住まいを正し、


「では失礼します。おふたりとも、お元気で……」


「ああ、では、失礼しよう。ケン、皆さん、また会う日まで!」

「さようなら、ケン! いいえ、私の優しいお父様! 大好きよ!」


 オベロン様はイケメンらしく爽やかに、ティターニア様は可愛くウインクして、熱い投げキッス……

 夫婦ふたりとも素敵な笑顔を残し、手を振りながら去って行く。

 

 そしてオベロン様達が乗り込むと、すぐに馬車は走り出した。


「さようなら~!」

「気を付けて~!」

「元気でね~!」

「またね~!」

「おねぇちゃ~ん!」

「やくそくまもってぇ! またきてね~!」


 俺達家族と村民の、別れを惜しむ大きな声を受けながら……

 2台の馬車は、やがて地平線の彼方へ消えて行った……


 ……僅かな間だったが、俺達の心に家族として忘れがたい思い出を残してくれた、テレーズこと妖精女王ティターニア様。

 そして人間である俺の、勝手な思い込みかもしれないが……

 男同士、無二の親友になれた、妖精王オベロン様……


 俺は感慨深げに見送った後、ぽつりと呟く。


「行ってしまったか……でも、俺達へのプレゼントって何だろう?」


 そんな俺の呟きに対し、傍らのリゼットが聞き返す。


「ええ、旦那様、一体何でしょうね」


 その瞬間。

 何と!

 

 いきなり大空一杯に、『巨大な虹』が掛かったのである。


「おおおおおっ!」

「すっごい!」

「大きいな!」

「不思議!」

「きれい~」

「素晴らしい!」


 広々した真っ青な大空に現れた、七色の美しい虹……

 その、あまりの見事さ。

 

 思わず、大きな歓声が上がった。

 俺達家族を含めて、村民全員が感動している。


 虹に見とれていたら、後ろから「ぽん」と俺の肩が叩かれた。

 振り返れば、クーガーである。

 悪戯っぽく笑っていた。 


「うふふ、旦那様。これって……ボヌール村こそが、新たなる『エデン』だっていうオベロン様達のメッセージだよ。とても素晴らしい村だって褒めてくれたんだと思う」


 そうか……エデンか……

 俺はクーガーの言った意味がすぐ分かった。


 七色の虹は……多様性、共存の象徴を表す。

 多様性、共存——すなわち昨日行われた、送別会の宴がそれを象徴している。

 

 人間、元女神、元魔王、妖精、魔獣、妖馬、妖獣……

 「郷に入っては郷に従え」の規則にのっとり、様々な種族が仲良く過ごせるボヌール村こそが、新たな楽園エデンだと妖精夫婦ふたりは言ってくれた。

 

 虹はエデンへの架け橋……

 すなわち、ふたりが帰る妖精の国から、このボヌール村へ友好の『架け橋』ってメッセージだ。

 この橋を渡ってオベロン様とティターニア様は、『約束の地ボヌール村』へ来る事を果たす、という意思表示でもある。

 すなわち、必ず俺達へ会いに来ると告げてくれたのだ……


「とても粋な事をしてくれますね、オベロン様、ティター、いやテレーズ……また来て下さい、絶対ですよ……」


 俺は「ふっ」と呟くと、再び別れを告げる。

 虹が掛かっている大空へ、大きく手を打ち振る。


「さようなら~!」


 俺に釣られて、嫁ズ、お子様軍団、そして村民達も大声を張り上げる。

 手もぶんぶん打ち振る。


「「「「「「「「「「さようなら~!!!」」」」」」」」」」


 そんな、俺達の惜別の声に応えたのか、

 突然、爽やかな一陣の風が「ひゅっ」と吹いたのであった。


 ※ご愛読ありがとうございました。

 この第23話で『妖精美少女の家出編』は終了です。

 現在、新たなプロットを充電中ですが、まとまり次第執筆に入ります。

 暫し、お時間を頂きますが、『充電』終了後に新章を開始する予定です。

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