第7話「魔境」

 この世界の遥か北にある魔境。


 俺は以前、魔王の記憶を持つクーガーに聞いた事がある。

 一体、魔境とはどんな所なのかと。

 果たして彼女の答えは……

 「この魔境こそ全ての始まりの地である」というものだった。

 詳しく聞いたら、「いにしえにおいて神の使徒が降臨し、精霊が集いし地」……すなわち原初の地なのだそうだ。

 ちなみに現在の魔境は神の使徒と精霊は既に去り、魔族、魔物、魔獣が跋扈しているという。


 フレデリカの住んでいる屋敷には、俺が呼び出された召喚の間と同じように転移の間がある。

 そこから俺とフレデリカは魔境へと転送された。

 彼女に与えられた『試練』を乗り越える為に。


 転送された先の到着地点は、魔法の障壁で守られたロッジのような小屋であった。

 到着して3時間以上経たないと、転移門は再び使う事が出来ない決まり。

 どうしても帰還する時は、自らの転移魔法で戻らなければならない。


 転送された瞬間、俺は感じた。

 小屋の外は取り囲む『敵』の気配で一杯だと。

 いわゆる魔物の気配がビンビンだ。


 しかし俺は幸運ラッキー

 少し前にあちらの世界で魔境に行ったから勝手は分かってる。

 魔境で感じる雰囲気、気配はほぼ一緒だ。

 時間軸の違う世界だけど、さして違いはない筈。


「ケ、ケン様!」


 おお、フレデリカが怯えてる。

 俺にしがみつき、ぴったりくっついて離れない。

 何か、魔境で辛い経験でもしたのだろうか?

 いつもは超が付く、強気美少女の筈なのに。


「フレッカ、どうした?」


「こ、怖い……外の気配が凄い、凄すぎる……そしてまた来るわ、あいつが」


 フレデリカが窓から外を見ているので、俺も見る。

 すると……取り囲むオーガの群れ。

 大群といって良いかもしれない。

 軽く100近くは居る!

 

 ふうむ……そうか。

 この小屋は、転送されたアールヴがたまに現れるとオーガは知っている。

 奴等はここが自分達の『餌場』だと認識して待ち受けているのだ。

 あと……また来るって何だ?


「そうか、でもとりあえずここに居れば大丈夫そうだぞ。強力な魔法障壁が張られているから」


「ええ、最低限の安全だけは確保されているの」


 そう、俺は感じる。

 この魔法の波動。

 フレデリカの祖父シュルヴェステル・エイルトヴァーラが作った魔法障壁だ。

 ならば、とりあえずは安心出来る。


「…………」


 恐怖で黙り込んだフレデリカへ、俺は努めて明るく言う。


「丁度良い、これからの打合せをしよう」


「え? う、打合せ?」


「ああ、そうさ。俺には……いや俺とフレッカには時間が無いからな」


「う、ううう……」


「落ち着け、フレッカ大丈夫さ」


「う、うん……」


「そうだ! また念話で話そう。その方が早い」


 小さくこくりと頷いたフレデリカ。

 ここで会話が、念話に切り替わり。


『俺がお前に教えられる事は何かと考えた。お前は魔法剣士だよな?』


『そ、そうです』


『昨夜話したけど、念の為確認だ。遠距離攻撃魔法及び、剣に属性魔法を付呪させて戦うタイプなんだな』


『は、はい』


 フレデリカは火・風・水という3つの属性魔法を使いこなす魔法剣士。

 素晴らしい才能の持ち主だ。


『相手の弱点を見ながら、違う属性で戦い分ける。それで良いな?』


『そうです』


『ならば、俺がお前を想定した上で、今迄経験した戦い方をこの魔境で行う。まずは見ていてくれ』


『見るのですか? ただ見ろと』


『そうだ、時間の関係でお前に手取り足取りは教えられないから、見て盗むんだ。自分のスタイルに上手く加えられると思ったら取り入れてくれ』


『…………』


『随時、教えて欲しいモノを申告してくれれば、出来る限り手解きしよう』


『あ、ありがとうございます』


 念話で話してみて分かった。

 フレデリカの記憶が見えたのだ。

 

 詳しい話はして貰えなかったが、フレデリカがオーガ数頭を倒したのは……

 周囲がおぜん立てしてくれた状況の中である。


 そしてこんなにも怯えているのは……

 以前祖父とふたりきりでこの魔境へ来た時に、古代竜エンシェントドラゴンがそのオーガを簡単に捕らえて喰った。

 それを目の当たりにしたからだと分かった。

 

 この子は今迄に大勢の家臣に守られていた。

 祖父シュルヴェステルは箱入りのフレデリカにとんでもない試練を与えた。

 

 自分はこの小屋で待機して……

 魔法障壁に守られているとはいえ、凄く間近な距離で、フレデリカがたったひとりきりで……

 竜がオーガを捕食する様を見せたのだ。


『お~い、フレッカ、お前って何か、態度っていうか雰囲気が変わったぞ』


 俺が、わざとおどけた言い方で尋ねると、


『だ、だって! ケン様が凄い方だって分かったから……』


 さっき俺が悪魔や竜を倒した事を言っているのだろう。

 フレデリカは俺を上目遣いで見た。

 金髪で長髪。

 深みのある菫色の瞳を持つ整った憂い顔。

 やっぱ可愛いな、コイツ。


 俺は優しく頭を撫でてやる。


『良いよ、ケン様なんて呼ぶな。俺はお兄ちゃわんだろう?』


 本来貴族女子の頭を軽々しく撫でるなんて許されない行為だろう。

 しかし、頭を撫でられたフレデリカはだいぶリラックスしたようだ。


『ううう、お兄ちゃわん、じゃ、じゃあ! ひとつお願いしても……良い?』


『ああ、お兄ちゃわんが……ホントはしたら駄目な事か?』


『うんっ!』


 フレデリカが返事をした瞬間。

 俺は「ぐいっ」と彼女を抱き寄せ、熱いキスをしていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺がキスをして暫しフレデリカと抱き合った後……


 1㎞先からとんでもなく大きな気配が近寄って来る。

 これは分かる。

 戦った事があるから。

 ……古代竜エンシェントドラゴンだ。


 そうか!

 分かったぞ。

 俺とフレデリカの気配を餌と認識して、オーガの大群が集まって来た。

 更にそのオーガを喰らいに竜が来るんだ。

 フレデリカは以前も同じ体験をした。

 この魔境で竜の捕食を目撃して、精神的なトラウマになってしまった。


 シュルヴェステルは、愛する孫娘にその『試練』を、本当の試練を乗り越えさせたいのだ。

 凄い課題と言うのは『それ』だったんだ。

 自分の跡を継ぐ立派なソウェルになって貰う為に……

 ならば、俺はその思いに応えよう。


『フレッカ、大型の竜が来たぞ』


 フレデリカは索敵というか気配読みは出来るが、俺ほどの力はない。

 まだ竜をキャッチしていないようだ。


『え? えええっ? 竜? ま、まさか、あいつが! またぁ!?』


『お前はここに居ろ。そこの窓から見えるだろう』


『え? な、何?』


『お前の悩みを払しょくしてやる、しっかり見るんだ』


 俺は腰から提げた剣を軽く叩くと、小屋の扉を開けたのであった。

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