第95話 「貴族令嬢を救出せよ④」

 俺には分かるぞ、ステファニー、お前の気持ちは……

 切なそうな彼女の顔を、俺は見つめる。


『……やはりお父さんが、心配なんだろう?』


『うん……私が王都に行かずに、勝手に居なくなったら……』


 ドラ息子を甘やかす伯爵家から……絶対にクレームが入る。

 

 ウチのメンツを潰しやがって!

 こっそりどこかへ娘を隠したな、出せ、出しやがれぇ!


 と、責められるだろう。

 いや、責められるだけじゃ済まないか。

 怒った伯爵家から、何をされるか分からない……


 貴族は、誇りプライドを一番大事にする生き物だ。

 王都の上級貴族が、面子メンツを潰されて黙っているとは思えない。


 でも大丈夫。

 さっきも言ったが俺は、ちゃんと作戦を立てた。

 ジャンを起用し、既に㊙作戦を立てたのだ。

 ふたりの力を合わせた、絶妙なコンビネーション作戦だ。


 だから、俺はステファニーへ笑顔を向ける。


『俺に任せておけ、お前は何も心配するな』


『でも……』


『大丈夫! さっきも言ったけど、ちゃんと作戦は立ててあるから』


『作戦?』


『そう、作戦だ。もう少し詳しく説明しようか』


『ええ、教えて』


『OK! 王都に着いたお前の身に不可抗力の事が起きる』


『不可抗力?』


『ああ、お前は下司野郎の愛人にされる前に忽然と消え、行方不明となる。謎の拉致事件を防げなかったという汚名を伯爵家が全て被り、奴等はお父さんに何も出来ない事になる』


『???』


 作戦の内容を聞いても、ステファニーにはすぐに理解出来ないだろう。

 「きょとん?」とした表情だ。

 

 当然だろう。

 百聞は一見にしかず、では視覚に訴えようか。


『お前の服を一式用意して……そうだな、ベッドに置いてくれ』


『え?』


 服を用意?

 ステファニーの頭上には、?マークが飛び交っている。

 確かに、わけがわからないだろう。

 逆だったら、俺も同じだ。


 でも、あまり愚図愚図してはいられない。


『ステファニー、早く』


『で、でも……』


『言われた通りに……早く! 妻は夫に従うものだろう?』


『つ、妻!? は、はいっ!』


 ステファニーは俺から言われた通りに私服を揃えて、ベッドの上に置いた。

 

 俺は、まだ戸惑っているステファニーを強引に抱き寄せる。

 やっぱり、華奢な身体だ。

 そして、良い匂いがする。


『あふん』


 ステファニーは、俺に抱き寄せられると気持ち良さそうに目を閉じた。

 逆に、これから起こる事を考えたら寧ろ都合が良い。

 俺は、そのまま目を閉じているように告げる。


 数分後……


『3,2,1、はい、目を開けて良いぞ。声は出すなよ』


 ステファニーは、恐る恐る目を開いた。

 そして……目の前に居たのは……

 何と、もうひとりの自分であった。


 『もうひとりのステファニー』は、にっこりと微笑みかけた。


 まるで、鏡に映ったようなもうひとりの自分。

 ステファニーにとっては不思議だろうが、目の前には現実があるのだ。


『!!!』


 目を真ん丸にするステファニー。

 ああ、固まっちゃっている。


 俺は、念話で語り掛ける。


『驚いたかい? お前そっくりだろう? ジャンが魔法で変身した姿なんだ。彼女がお前の代わりに王都へ行くのさ』


『何、これ!? た、確かに……す、凄い! 私に……そっくり……だわ』


『という事で、お前に化けたジャンは王都で行方不明になる。王都で起きた事ならお父さんの責任は問われないだろう。そしてジャンは役目を終えたら、ボヌール村へ無事に戻る』


『…………』


『これが妖精猫ケット・シーの能力のひとつ、変身なんだ。俺の魔法以上さ』


 俺に褒められて、ジャンは胸を張る。

 思いっ切り、そりかえるくらい。

 その姿は、初めて会ったステファニーのように得意げだ。


 しかし、ステファニーが少し不満そうな表情になる。


『私……こんな感じなんだ。何か、とっても生意気そう……』


『おう、初めて会った時は下僕になれって、すっげ~生意気だったもん』


『もう!』


 頬を膨らませ、口を尖らせるステファニー。

 やっぱり、彼女は可愛い。


『ははっ、今は全然違うから安心しろよ。好きだぞ、ステファニー』


『嬉しい! ケン、私も貴方が好き! あれから貴方の事が忘れられなくてずっと考えていたのよ』


『そうか! お前はとても可愛いし、素敵な女の子さ』


『ありがとう! 私、貴方のお嫁さんになって良い? 他の子とも仲良くするし、頑張るから』


『大歓迎さ! ステファニー、俺の嫁になれよ』 


 俺が大きく頷くと、ステファニーは俺を真っ直ぐに見つめた。

 綺麗な碧眼が、きらきら輝いている。


『はい! 私、貴方達を信じる。私の為にここまで来てくれたのだから。私だけじゃなくオベール家を救う為に色々と考えてくれた。そしてこの不思議な力……奇跡だわ』


『了解だ、任せろ!』


『うふふ、うんっ!』


 ステファニーは、また俺に抱きついた。

 相当な甘えん坊だ。


『お前は、髪と瞳の色を変えてボヌール村へ行く。遠くから来た旅人という事で名前を変えて村に移り住む。当分の間、お父さんとは会えないけれど、我慢しろよ』


『どうせ王都に行ったら、暫く会えないと思っていたから、全然構わないわ。それより髪と瞳……どうしようかしら?』


 ステファニーの良い所が、また見付かった。

 切り替えが早く、とても前向きな所だ。


『ははは、ステファニーとは名乗れないから、違う名前も考えなきゃな』


『うん、うんっ!』


 名前と髪と瞳の色を変えて、今迄の貴族令嬢とは違う新しい人間として生きて行く。

 厳しい試練をチャンスと考えて喜ぶステファニーに、ジャンも惚れ直したようだ。


 ジャンがステファニーと話したいと言うので、俺は彼女の同意を得て許可してやった。

 すると……


『ステファニーちゃわん、いや、ステファニー奥様。俺、貴女が幸せになる為に頑張ります』


 何だよ、こいつ……リゼットの時もそうだったけれど。

 女の子にまた、カッコイイ決めゼリフを吐きやがった。

 ……見習おう、俺も。


 当然、ステファニーは嬉しそうにしている。


『ありがとう、ジャン! 私、絶対に幸せになるわ』


 おお、何だよ!

 まるで、ジャンがプロポーズするみたいじゃね~か。

 

 俺はジャンへ「駄目」と言うように、ステファニーの華奢な肩を強く抱き寄せたのであった。

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