第90話 「村長からの依頼②」

 俺が今、居るのはリゼットの家。

 つまりボヌール村、村長宅ブランシュ家。 


 緊張感漂った朝食が終わって、今は全員でお茶を飲んでいる。

 ジョエルさんが、俺を見てにっこりと笑う。

 まだ何か……あるのだろうか?


 と、その時、いきなり切り出すジョエルさん。


「ケン、実はお前に村長見習いをやって欲しいのだが」


「は?」


 村長見習い?

 来たばかりの、それもたった15歳の俺が?

 これまた、唐突な依頼である。


 俺が「ほげっ」としていると、ジョエルさんはちょっと厳しい目付きになる。


「は? じゃないぞ。リゼットの夫になるという事は私の跡を継ぐという可能性が出て来る。当然……だろう?」


 一旦は唐突だと思ったが……

 まあ良く考えてみれば、ジョエルさんの言う通りだ。

 

 ボヌール村の村長職は、完全な世襲ではないらしい。

 それでも先代は、ジョエルさんの父だったという。

 ジョエルさんとしては、リゼットの夫となるこの俺に、村長を継いで欲しい気持ちがあるのだろう。


 でも、『おいた』をして叱られると思っていた俺。

 さすがに、この展開は予想をしていなかった。


「この俺が……村長見習いですか?」


「そんなに緊張しなくても大丈夫」


 ジョエルさんはそう言う。

 けどなぁ……


 俺は、やはり口籠ってしまう。

 昔から、そういう役職には縁がない。

 というか、基本的に避けていた。

 理由は簡単。

 だって……面倒臭いから。


「ですけど……」


「まあ、聞け。この村の村長はそんなに重責ではない。1番の難題は魔物の襲撃だが、最近は何故か激減しているからな。まあ基本的には村の繁栄、発展を考えて結果を出せばいい話だ」


「そうなんですか」


 1番の難題という魔物の脅威に関しては、実のところ俺が解決している。

 ジョエルさんには内緒だが、この仕事が『ふるさと勇者』のメイン業務。

 最近は毎夜、クッカとのデートを兼ねて無双しているのだ。

 

 え?

 女神とイチャしながらなんて、気楽で良い?

 お前なんて、爆発しろ?

 仰る通りです……毎晩魔物退治二の次でデート三昧です。

 一切、反論出来ません。

 

 ジョエルさんの様子では、まだ話がありそうだ。

 俺は、次の言葉を待った。


「それに私はあと3年は村長を務めるつもりだ。ケンが村長になるのはその後だ」


「え? 3年は務める? なら3年後に俺が村長!?」


 俺は、また驚いてしまう。


 3年って!?

 たった3年だよ!

 俺、18歳の若さで村長になるの!?


 しかし何気なく言ったジョエルさんのひと言に、今度はフロランスさんが反応した。


「貴方!」


 冷えびえとした、フロランスさんの声。

 嫌な予感がしたのであろう、ジョエルさんの身体が僅かに震えている。


「な、な、何だい? フロランス」


「あと3年って……その後、貴方はどうなさるおつもりですか?」


「いやぁ、引退して悠々自適……って、うわぁ!」


 フロランスさん、凄く怖い目でジョエルさんを睨んでる。

 そして、厳しい口調で夫をたしなめたのである。


「いくら婿だからといって、ケンに仕事を押し付け、自分だけ楽をするなんて許しません! ただでさえケンは忙しいのですから」


 フロランスさんは村長夫人だけあって村の事を把握しているし、村民とも仲が良い。

 ミシェル母イザベルさんとも、親友だそうだ。

 なので、俺が他の嫁との兼ね合いで忙しいのを知っていたのである。


「わ、分かった! か、身体の続く限りはやる。絶対にやる!」


 ぶるぶる震えながら誓うジョエルさん。

 ……これでブランシュ家の家庭内の力関係は分かった。

 俺も、よく含んでおこう。

 

 それにしても……

 リゼットも、いずれはフロランスさんみたいになるのだろうか?


 俺は複雑な思いで、微笑むリゼットを見つめていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ブランシュ家での朝食と話し合いが終わり、俺は自宅へと戻る。

 当然……リゼットも一緒。

 結婚が完全公認になったから、ぴったり俺にくっついている。


 家でふたりきりになると、最初はやっぱりキス。

 目覚めのキスから始まって、今日もキス三昧だ。

 ああ、リゼットの唇は甘くて美味しい!


「旦那様」


「ん?」


「えっと……触って良いですよ」


「え? さ、触ってって?」


「もう! 私の胸を!」


 恥じらうリゼットだが、俺はそう言われると逆に戸惑ってしまう。

 じゃあ……遠慮なく。


「あふん」


 リゼット、目を閉じて気持ち良さそう。

 どんどん、愛が深まる感じ。


 でもこんな事しているのが、お父さんのジョエルさんに知れたら……

 確実に殺されるだろうなぁ。


 俺は、つい……ぽつりと呟く。


「これもさ、ふたりだけの秘密……だよな」


「いいえ」


 え?

 何?

 今、なんて仰ったのですか? リゼット様?

 内緒じゃないのですか?


「はい! お母さんは、知っていますよ」


「え? フロランスさんが」


「はい! お母さんは旦那様が望んだらスキンシップはして貰いなさいって。でも『最後』は結婚するまで絶対に駄目! って言われましたけど」


 本当かよ!

 それ……凄いな。

 

 もしも俺に娘がいたら、ジョエルさんの立場だったら、絶対に許さないけど……

 女親って、そうなんだ!


 俺は、改めて自分に置き換え考えてみた。

 まあ……

 俺も子供が息子だったら、フロランスさんみたいにはなるか。

 娘が彼氏を連れて来たら瞬殺だけど、息子が可愛い彼女を連れて来たら全然OKだし。


「お母さんもね、お父さんから結婚前にたっぷりスキンシップして貰ったから、あんなに仲が良いんですって」


 スキンシップして貰ったから、あんなに……仲が良い……

 ……俺は先ほどあった義両親の『やりとり』が目に浮かんだ。

 あれって、典型的な『かかあ天下』だよな?


 そうか……でも納得。

 うん! 

 確かにふたりは熱々だ!

 愛の形は様々なんだ。


 俺は妙に納得して、再びリゼットを抱き締めていたのであった。

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