第87話 「女神と美少女の共通項⑧」

 俺の魂と身体に、クッカの魂が宿った。

 

 自分の意思とは関係なく……唇が僅かに動き、声帯が震える。

 北の某県某山のお婆さん達って、このような感覚を味わうのだろうか?

 以前に、声帯だけを貸した時とは比べ物にならない感覚……

 そして……


「はじめまして、リゼットさん……クッカと申します」


 遂に!

 遂に聞けた!

 ああ!

 これがクッカの生声……なんだ。

 

 やや甘めで、透明感のある声。

 某声優にそっくり!

 いや、もっともっと綺麗で可愛い声だ!


 もしもクッカに俺の好きな『アニソン』を歌わせたら、きっと上手いだろう。

 感動して、泣いちゃうかもしれないな。


 俺の意識は今、クッカの魂の片隅にあった。

 やはりクッカの魂は、温かく居心地が良い。

 

 そして……やけに懐かしい。

 以前に、感じた事のある感覚だ……間違いない。

 

 でも……おかしい、何故だろう?

 この、不思議な感覚は?

 今にも思い出せそうで、思い出せない!


「え!?」


 一方、リゼットはといえば本当に吃驚したようだ。

 俺の口から、いつもと全く違う女性の声が出たから当然だろう。

 

 事前に報されてはいても、そりゃ驚くに決まっている。

 詳しい事情を知らない人が傍から見たら、まるで腹話術だから。


 男が、綺麗な女性の声で話す。

 どこかの『専門店』へ即座にスカウトされかねない。


 馬鹿な冗談はさておき……

 暫し呆然としていたリゼットであったが、すぐ我に返った。

 真面目で信心深いリゼットはまず、きちんと挨拶をしなければと考えたようだ。


「あ! ご、御免なさい。はじめまして! わ、私はリ、リゼットと申します」


「うふ! こちらこそ改めまして、クッカです。いきなりでは吃驚するわよね。もしも私が貴女だったら、バタンと倒れちゃうかもしれないもの」


 優しく気配りしてくれたクッカに、リゼットは感激したらしい。


「あ、ありがとうございます! お気遣い頂いて……あのう……」


「うふふ、なあに?」


「クッカ様は本当に女神様なのですか?」


 ずばりと、直球を投げたリゼット。

 クッカも、気さくに答えようとする。


「それはね……ピ~ッ!!!」


 派手な電子音?が鳴った。

 耳を刺すような、かん高い音を聴いたリゼットは思わず身体を震わせた。

 

 これって……あの音、ままじゃね~か。


 TVで、放送禁止用語が出た時と一緒。

 海外番組で、外人さんがスラングを言う時なんか連チャンで鳴る。

 音で、台詞セリフが聞こえなくなるくらいに。


 管理神様……俗っぽい。

 もっとこの世界に合った楽器とかでやると、趣きがあるんだけどな。

 でも「良いじゃん、分かり易ければ」という声が聞こえる気がする。

 

 でも異世界住人のリゼットには、こんな機械的なピー音、到底理解出来る筈もない。


「えええ!? な、何ですか? この音!」


「ああ、やっぱり制限が掛かってるのね……」


「せ、制限?」


 クッカに言われて、リゼットはきょとんとした。

 『制限』と言われてもわけが分からないに決まっている。


「ええ、制限というのはね、貴女に告げてはいけない内容になると天界から規制が入るの」


「き、規制ですか?」


「ええ、そもそも女神と地上の人間は理由もなくむやみに直接話してはいけない。そういう天界の決まりなのです」


「で、では……これは畏れ多い禁断の行為なのですか?」


「うふふ、そこまで怖がらないで大丈夫よ。今回、貴女と会話する許可も私達の旦那様が頼んで……ピ~ッ!!!」


「あ!?」


 また、電子音が鳴った。

 これは、分かり易い。

 管理神様と俺の会話部分も、むやみやたらと話してはいけないのだろう。


「うふふ、御免なさい。耳障りだろうし、ろくに話せなくても我慢してね」


 クッカが謝罪するが、リゼットにとってみれば音など問題ではない。

 憧れの女神様と、直接話せるだけで嬉しいのだ。


「い、いいえっ! わわわ、私、感激です! それにクッカ様が私達を守ってくださっているからこそ、こうして日々幸せに暮らせるのです。……感謝していますっ!」


「うふふ、幸せに暮らせるのはふるさと勇者の旦那様が頑張ってくれているからよ。私はほんの少しだけお手伝いをしているに過ぎませんから」


「は、はいっ! 旦那様にも凄く感謝しています。ボヌール村が平和で便利になるのは旦那様のお陰ですから」


 おお、嬉しい事を言ってくれる。

 何も出来ない俺が「じーん」としていたら、そろそろ頃合と見たらしい。

 クッカが『今日の本題』に入ろうと提案したのだ。


「確かにそうよね! さてと、リゼットさん、折角このような場所に居るのですから大好きなハーブの話でもしましょうか?」


「は、はいっ!」


 大好きなハーブの話!

 女神様は、どれだけの知識があるのだろう?

 どんな事を、教えてくれるのだろう?

 そして、共通の大好きな趣味の話をすれば絶対に楽しい。

 リゼットの目は、高鳴る期待に爛々と輝いていた。


 でもクッカはとても慎重だから、まずリゼットの意思確認をする。


「ええっと、リゼットさん……いえリゼットちゃんは、ボヌール村にハーブ園を造りたいのよね」


 『さん付け』で言いかけたクッカが、リゼットへの呼び方を変えた。

 少しでもフレンドリーに話したいのだろう。


 リゼットの夢は明確で、意思は固い。

 だから、即座に返事を戻す。 


「はいっ! そうです、この森のハーブ園みたいに誰もがくつろげる場所を」


「うわぁ、素敵ね! でも千里の道も一歩からと言うわ……旦那様の事も考えて最初は数種類に絞って育てましょう」


「はいっ! クッカ様のご意見に皆、賛成しています」


 相変わらず『クッカ様』と呼ぶリゼット。

 創世神に連なる女神相手には、当然の事である。

 しかしクッカは、全く尊大な部分がなかった。


「リゼットちゃん……様は要らないの、私の事はクッカと呼んで良いわ」


 天界の女神を何と!

 『呼び捨て』で呼ぶようにというクッカの大胆な提案に、信心深いリゼットは仰天したのであった。

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