第75話 「レベッカの復活」

 クラリスと、畑でほのぼのデートしてから数日後……


 俺は『姉御あねご』レベッカと狩りに出ていた。

 場所は例の東の森、手前の草原である。

 

 実は……

 例のオーガ事件の後遺症が、レベッカにはあったそうだ。

 

 人間を圧倒する、巨大な人型の魔物。

 体色はどす黒く、目は充血したように真っ赤。

 大きな口には鋭い牙。

 凄まじい咆哮と共にグローブのような手が、自分を食べる為に掴もうと迫って来る。


 喰われそうになったオーガへの恐怖から、レベッカはまともに狩りが出来なくなっていたのである。

 よく悪夢も見たそうだ。

 そんな夜は目が覚めたら、眠るのが怖くてずっと起きていたという。

 翌朝、愛犬のヴェガを連れて、安全な草原でぼうっとして時間を潰してから戻る日々……

 

 周囲に心配をかけないよう、そして俺の秘密を守る為に悩みをひたすら隠していた。

 そんなレベッカの日常を、ふと俺が知った。


 俺が、レベッカの悩みを知った日の晩……

 彼女は、俺の家へ来て思いっきり泣いていた。

 

 もう狩人としてやっていけないのではという不安と絶望が、一気に噴き出したのだ。

 悲嘆にくれるレベッカを慰める為に、俺は一緒に狩りへ行く事にしたのである。


 今日は気持ちの良い快晴、雲ひとつ無い。

 ボヌール村名物の青空。

 その反面、風は殆どなく狩りには丁度良い按配あんばいなのだ。

 

 レベッカはひとりきりで草原に居ると、色々と考え込んだり恐怖心が生まれてくるらしかった。

 だが、俺と一緒だと心が落ち着き、安心するようである。

 

 俺に促されて弓をつがえると、次々と兎を狩った。

 あっと言う間に兎が5羽、レベッカに狩られた。

 

 『達人だ』と自分で言い切った実力は、はたから見ても折り紙つきである。

 余裕あるその姿は、いつものレベッカと全く変わりがなかった。


「おお、凄いじゃないか!」


「えへへ、私、完全復活!」


 久々に好結果が出て、得意そうに胸を張るレベッカ。


「よかったな」


「うん! ……でもまだ不安。ダーリンが居ないとまた駄目になっちゃうのかな?」


 俺が褒めると、レベッカは元気良く返事をしたものの、また表情に暗い影が差した。


「何だ? まだ不安なのか?」


「……うん。だってダーリンはもうひとりで狩りが出来るし、私はもう必要ないんじゃないかって……大人しく村で奥さんやっていようかな……」


 話をしていたら、レベッカが悩む根っこは結構深い事が分かった。

 これはフォローしてやらないと。


「何言ってる、レベッカは俺の師匠じゃないか」


「師匠?」


「ああ、弓の使い方も含めて狩りの手順を教えてくれた俺の師匠だよ」


「でも……」


 まだ口ごもるレベッカ。

 このまま会話を続けても不毛になると思ったので……

 俺は実力行使へ出る事にした。

 実力行使とは当然暴力などではない。

 愛のスキンシップである。


「こら! それ以上言うとチューするよ」


「あ、いやぁん」


 この「いやぁん」は、拒否の「いやぁん」ではない。

 俺は遠慮なくレベッカを抱きすくめて、熱いチューをしたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 東の森、手前の草原は広い。

 そして誰も居ないから、気持ちが開放的になる。

 

 俺達を襲う魔物や害獣さえ注意すれば、「いちゃいちゃ」しても誰も文句は言わないし、相手の女の子も思い切り大胆になる。

 あ、大胆になるったって、またこの前みたいに裸になるわけではありません、念の為。


 俺とレベッカは何度もチューをしたり、抱き合ったりして存分にスキンシップした後、肩を寄せ合って座っていた。

 今日は朝早く出て来たから、時間はまだお昼前だ。


 あ、時間どうやって知るのかって?

 クッカが教えてくれるのですよ。

 

 え、この前から他の子達とこんなにイチャして、クッカがよく怒らないねって?

 良くぞ、聞いてくれました。

 今夜はクッカともデートなのですよ、羨ましい?

 ああ、リア充爆発しろって?

 ……そうですか、分かりました。


「ほら、ダーリン、見て!」


 レベッカが俺に声を掛けて指をさす。

 その先には……

 仲睦まじく遊ぶケルベロスとレベッカの愛犬ヴェガの姿があった。


「うふふ、まるで私達みたい」


「そうだな」


 今更ですが、ヴェガは雌、可愛らしい女の子なのだ。

 だがレベッカを助ける為に、勇敢にも凶暴なオーガへ命懸けで立ち向かったヴェガ。

 本当に、素晴らしいと思う。

 ケルベロスも、そんな勇ましいヴェガが大いに気に入ったようである。


「ケルちゃん、私の犬の指導役ですっごく慕われてるの。何か王様って感じよ」


 俺も見た、それ。

 レベッカはヴェガを含めて犬を5匹も飼っている。

 何と、全てが雌なのだ。

 雌5匹に囲まれたケルベロスの奴、主人同様ハーレム王って感じだった。


 俺は思わず、思い出し笑いしてしまう。


「どうしたの?」


 俺がいきなり笑ったので、レベッカはとても気になったらしい。

 心配そうな顔をしているので、俺は理由を説明してやった。


「ああ、思い出し笑いさ。ケルベロスに当てられて、ジャンが対抗しちゃってね」


「ジャン? ああ、あの妖精猫ケット・シーちゃんか。でも、対抗って何?」


「あいつ、村中の雌猫に声かけまくったんだ。いわゆるナンパ」


「うふふ、ナンパ? それで結果は? 結果はどうなの教えて?」


「あっさり全敗! 強い所を見せないとNG、そしていかにも軽い感じが凄く嫌だって全員に言われたらしいぜ」


「あら、可哀想」


 可哀想とか言いながら、レベッカは今にも噴き出しそうである。

 よ~し、もうあとひと押しだ。


「でも、あいつめげなくてさ。強い所見せたいって俺にせがむんだ。魔物をぶっとばしてやるって! だから今日も連れてけってうるさかったよ」


「あははははは、面白~い! だったら、連れて来てあげればよかったのに」


 レベッカが笑った。

 大笑いした。

 よかった!

 どうやら元気になってくれそうだ。


「はは、俺とレベッカの仲がめちゃ良いから羨ましそ~うに見てたよ」


「あははは、ようし私もジャンちゃんを見習ってめげずに頑張るか! でもおかしい、はははは」


 しかしジャンの奴が……

 レベッカの、あられもない肌着姿をいやらしく見ていたと知ったら……

 あいつ、絶対ボコボコに殴られるだろうな。


 俺はまた笑いそうになるのをじっと我慢して、レベッカへと声を掛けた。


「もう少し狩り、頑張ろうか」


「はいっ! ダーリン」

 

 俺は立ち上がると、レベッカへ手を差し伸べた。

 差し伸べた俺の手を、レベッカはしっかりと掴む。

 

 力強くぎゅっと握るレベッカの手からは、俺への感謝の気持ちがしっかりと伝わって来たのであった。

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