第60話 「買い物も任せろ!」

 翌朝……


 宿屋で、『眠れぬ夜』を過ごした俺達。

 さくっと朝飯を食べると、眠い目をこすりつつ買い物へ出た。

 

 でも、気分は良い。

 レベッカ、ミシェルと『また分かり合えた』からだ。

 相手との距離が、どんどん近くなるのが実感出来る。

 何故かこう、相手が愛おしくてたまらなくなるのだ。

 

 ちなみにクッカは貰い泣きをしながら黙って見ていたが、俺達と気持ちをしっかり共有出来たらしい。

 慈愛を籠めて、こちらを見つめている。

 俺は、そんなクッカも大好きだ。

 

 うん!

 力が全身にみなぎる。

 愛する相手が居れば、生きる事に対して前向きになる。

 よっし、今日も気合を入れて仕事をしよう。

 まずはボヌール村の人が、大空屋で買い物が出来るよう、ばっちり仕入れを行うぞ。

 

 ミシェルの父が名付けた大空屋の由来通り、今日も天気は快晴。

 千切れ雲が流れる真っ蒼な空。

 爽やかな風。

 俺が失った故郷の空を思い出す……


 閑話休題。

 

 俺と、レベッカ&ミシェルは、やる気満々。

 クッカも陰ながら応援。

 3人プラス女神は意気揚々と、エモシオンの中央にある大広場へやって来た。

 ミシェルから教えて貰ったが、ここにはお約束ともいえる『市』が立っているのだ。


 俺は、元々このような『市』が大好きである。

 何かこう、ワクワクする。

 宝さがしみたいに、未知のモノに、出会える期待感がある。


 基本的に人混みが苦手ですぐ疲れるから、ず~っと居るのは無理なのだが。


 さあ、戦闘開始!

 行くぞ、ついて来い、我が嫁ズ!


 俺達は、『市』の中を見て回る。

 大空屋の仕入れ——村の物資調達の為に絶対買わなきゃいけないのは主に自給不可能な日用品である。


 ミシェルの記憶に従い、村民の制服ともいえる農作業着をサイズ別にたくさん買う。

 主にジャーキンという上着、ホーズと呼ばれる羊毛製のズボンである。

 

 肌着は消耗品なので、これも男女用共に大量購入。

 日差しが強いので、帽子も必要だ。

 クラリスみたいに最初から服を作る人も村には居る。

 だから服の材料となる綿やリネン等の布地も買う。

 

 加えてほうき熊手レーキ、鍛冶屋も居ないので鉄製の鍋や包丁など村で手配出来ない物を俺達は買って行く。

 怪我をした時の為の包帯、各種の薬なども忘れちゃいかん。


 ここで、また俺のスキルは役に立った。


 クッカの手解きで習得しておいた『ディベート』のスキルがすげぇ威力を発揮したのだ。

 まあ、派手なバトル能力に比べればこのような能力は可愛い方だろう。

 さすがにこれで、『勇者認定』などされない。

 通報される心配はない。

 安心して、スキルを使えるってものだ。


 だが商人達は、俺の口達者ぶりに愕然とする。


「ううう、こんなに若いのに何でこう口が立つんだ! あ、あんちゃんには……負けたよ」


「いいよ、その値段で持っていけ」


「うわあ、儲けがギリだよ、くっそ~」


 嘆く店主達だが……

 最後には「また来いよ」と苦笑しながら言ってくれた。

 

 相手にもよるが、商人って概して駆け引きが好きだもの。

 それに、ボヌール村の分として買うと結構な数量だ。

 一度に大量に商品がはけて、即座に現金が入るとなれば好意的に対応してくれる。

 

 だが、いくらディベートに長けていてもやり過ぎは禁物。

 次回の取引があるので、値段を叩き過ぎて相手に嫌われたらお終い。

 当然、引き際は心得ている。

 けして無理をし過ぎないで、お互いに持ちつ持たれつ——それが鉄則だ。


 しかし俺と店主達の凄まじい舌戦を見て、レベッカとミシェルは目を丸くしている。


「むむむ、ダーリンって……口から先に生まれて来た人なの?」と、レベッカ。


 口から先に、生まれて来た?

 おいおい、レベッカ。

 それって、良い例えじゃね~だろ?

 でもニコニコしているから、冗談っぽい突っ込みか。


 そして……


「ぺらぺらと軽~い、そのノリ! 旦那様ったら、今迄の格好良いイメージ台無しだよ」と、ミシェル。


 ぺらぺらと軽い?

 軽薄男って事?

 恰好良いイメージが、台無し?


 ああ、こういうスキルは女子には凄く不人気なのか……


 だけどミシェルは、にこっと笑うと……

 俺の手を「ぎゅっ」と握ってくれる。


「でも大空屋のムコとしては大が一杯付く超合格!」


 ああ、良かった!

 俺は、ホッとした。

 

 ふたりから、許されたからとかじゃない。

 ミシェルが立ち直ってくれた事が、一番嬉しいのだ。

 Vサインを送るミシェルの奴、いつもの明るく可愛い美少女に戻ってる。

 俺はホッとして、優しくミシェルの手を握り返す。


 昨夜……

 ミシェルは、ずっと泣いていた。


 お父さんの遺言と、目の前での無残な死。

 初恋だったらしい、カミーユとの別離。

 恋を取るか、村に残るかの選択をしなければならなかった心へのダメージ。

 傷心のミシェルが、辛さを飲みこんで生きて行く為には笑顔で懸命に働くしかなかった。


 だが……

 お父さんに似ているという俺の突然の出現で、ミシェルの心の『バランス』が崩れた。

 どうしても俺の傍に居たいという思いが生まれ、焦りからあのように大胆なアプローチをさせたのだ。


 こうして……

 勢いに乗った俺達はどんどん買い物を済ませて行った。


 ――1時間後


 日用品の仕入れは、ほぼ終了。

 買った大量の商品は、一旦宿屋の倉庫で預かってくれる。

 毎回泊って買い物をするから、引き受けてくれるそうだ。

 しかし、倉庫の保管使用料と警備する人の賃金はしっかり取られる。

 宿屋にとっては、これも商売の一環なんだ。


 さあて、次は私的な買い物も兼ねた仕入れ。

  

 中でも嫁達へのプレゼントは、趣味が良いものを厳選しなければいけない。

 クッカへの配慮は必須だし、留守番をしているリゼット、クラリスへのおみやげを忘れたら……

 俺は、確実に殺される。


 村民が使う物も含めて、俺達は「さくさく」っと買い物を続けて行く。

 紙と筆記用具、娯楽用に古本を少々。


 そしてリボンや髪留め、指輪など女性向けの装身具の買い物は、レベッカとミシェルが きゃっきゃっ言いながら盛り上がって購入した。

 やはり、こういうところは女の子だ。


 こちらの仕入れでも、俺のディベートスキルがやはり絶大な効力を示した。


 結果、好きなものを安くいっぱい買えた、レベッカとミシェルは大満足。

 『満面の笑み』って奴で、にっこにこ花満開だ。

 

 嫁ふたりには、クッカと留守番組のリゼット&クラリスのみやげもバッチリ選んで貰った。

 俺も商品を選ぼうと思えば選べるが、今回は女性のセンスに任せた方が良いと思う。


 これで、殺されないで済む……

 俺はホッと、胸を撫で下ろしたのである。

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