第58話 「ミシェルの過去⑤」

 俺のビンタで、気絶しているクランリーダーのアホ髭男。

 結構きつく叩きのめしたので、普通なら情けをかけるところだが……俺は許さない。

 念の為、こいつの心を読むと、余罪がたっぷりある。

 あちこちで、無抵抗の女を散々いたぶっていやがる。

 こんなクソ害虫は……世の中に不要だ。

 抹殺してやれ。


 俺は、空中に浮かんだ幻影のクッカに問いかける。


『なあ、クッカ……俺が今、何を望んでいるのか、分かる?』


『うふふふふ、わっかりますよ~、貴方の妻ですから~』


 おお、珍しく女神クッカ様の邪悪な笑み。

 これは、相当やばそうな魔法が教授されそうだ。

 

『ええっと……どんな魔法?』


『……去勢の魔法』


 はぁ!?

 きょ、去勢の魔法だとぉ!!!


 ええと……

 皆さんはご存知だと思うけど……

 去勢とは生殖不可にする事。

 種としての保存行為をNGにする事。

 それって……まさか!?


『……な、何? ク、クッカさん、どんな魔法っすか?』


『うっふふふ、文字通り、こいつらは一生女の子が抱けない身体になります……と、いってもあれを切り落とすとかはしませんよ、念の為』


『そ、そう! 切ったりはしないのね?』


『そんな野蛮な事しませんよぉ! 但し魔法の効果により、女の子を見ても男として何も感じなくなるのでっす。念の為言いますけど、外見上は何も変わりませんからぁ』 


『…………』


『女の敵は即天誅でっす! じゃあ、さっさといっときましょうかぁ』


『は、はぁ……』


 成る程!

 さすがに、女神の使う魔法。

 スマート且つストレートに男の自信を喪失させるわけだ。


 このような魔法があれば、俺の居た前世でも性犯罪など絶対起こらないだろう。

 まあ、男としては完全に……詰んでしまうが……


 それから俺はクッカの指示に従い、世にも怖ろしい魔法を掛けたのである。

 気絶している、クランの奴等3人へ。


 確かに……

 これから、こいつらは可愛い女子を見ても何も感じないなんて……地獄だ。

 お前等の人生は終わったな。


 さあて、後はカミーユの『始末』……だけだ。

 奴はどうしたのかと、見れば……

 足腰が立たず、芋虫のようにこの場から這って逃げようとしていた。

 俺の戦い振りを見て、腰を抜かしてしまったらしい。


 カミーユにも沈黙の魔法を掛けているから、外に洩れない念話で話す事にした。


『たたた、助けてくれぇ~』


 開口一番、カミーユの口から漏れたのは助けを求める声であった。

 ミシェルに威張り、俺を威嚇していた今迄の強気はどこへ行ったの?


『おいおい、さっきと随分態度が違うね』


『助けてくれぇ~』


『ナサケナイ奴だな、お前は……はっきり言っておくぞ』


『ひええええ』


 カミーユの奴、すっかり俺を怖がっていて、まともな会話にならない。

 なので、俺は一方的に告げる事にした。


『お前が昔、ミシェルと付き合っていようが、どうでも良い。あいつは今、れっきとした俺の嫁だからな』


『みみみ、見逃してくれぇ、頼むから許してくれぇ~』


『お前がボヌール村を馬鹿にしようが、あっさり捨てようが、その後にどう生きようが俺達には一切関係ない。だがあいつが大事にしている思い出をけがすのだけは絶対に許さねぇぞ』


 反応を見る限り、カミーユの耳に俺の言葉などろくに入っていないだろう。

 だが俺は、はっきり言わずにいられなかった。

 

 人は故郷ふるさとを離れる可能性がある。

 ずっと住めない場合もある。

 それは仕方がない。

 各自に、様々な事情があるからだ。


 しかし故郷と言うのは、先祖と一緒で自分のルーツである。

 故郷や先祖を馬鹿にするのは、自分の存在を頭から否定する事に等しいと、俺は思う。


 しかし……

 どう説いても、分からない馬鹿はどこにでも居る。

 このカミーユも一緒だ。


『うわあああっ、ひいいいいっ』


『こいつはミシェルからの餞別だ、感謝して受け取れよ』


 ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱ~ん!


 俺は、クランの奴等と同じ様にカミーユの頬を張った。

 意気地をなくしていたカミーユは……呆気なく気を失う。


 俺は、カミーユへも去勢の魔法を掛ける。

 こいつはもう男ではない……第二のミシェルを絶対に騙せない。

 

 カミーユ達の始末は終わった。

 最後にクラン全員へ俺達の記憶を消す為の忘却の魔法、そして不本意ながら最後に怪我を治癒する回復魔法を掛けた。

 これで奴等が意識を取り戻しても、俺達とは何も関わりがないということになる。

 その上、去勢魔法の威力で、二度と女性へ悪さは出来ないだろう。


 ……肩を竦めた俺は、ミシェル達の待つ居酒屋ビストロルイーズへ戻った。


 何事もなく戻って来た俺に、レベッカは当たり前という満足そうな顔。

 片や、ミシェルは安堵と辛さで泣きそうな顔になっている。


 見れば、頼んだ料理がそのままの状態で、テーブルの上にあふれそうになっていた。

 ふたりとも、食べずに俺を待っていてくれたらしい。

 凄く嬉しくなった……


「あいつ、お前に宜しくってさ。元気でな……って言ってたよ」


「ケン……様」


 ああ、ミシェルったら……

 俺に「何も聞かないのか?」って顔してるね?

 

 聞くものか!

 俺は、今のお前が好きなの! 大好きなの!!

 だから、ノープロブレム!


「待たせてごめん。さあ! 飯、食べようぜ。可愛い嫁さん達!」


 俺は重い空気を吹き飛ばすべく、ミシェルとレベッカへにっこり笑う。


 そして思い切り「どかっ」と椅子へ座り、ふたりの愛する嫁へ食事を始めようと促したのであった。

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