第8話 「惚れる美少女」

 リゼットの両親であるブランシュ村長夫妻に、俺は歓待を受けた。

 

 クラシックなイケメンタイプのお父さんはジョエル、笑顔が素敵な美人のお母さんはフロランスと名乗る。

 ふたりとも年齢は40歳過ぎくらい、「にこにこ」していてとても感じの良い人達だ。


 俺がケンと名乗ると、リゼットの両親からは「貴方は東方から来たのか?」と聞かれた。

 

 鏡を見て知った。

 俺の顔は造作こそ全く変わっていたが、前世同様に黒髪、黒い瞳の15歳くらいな少年だったのである。

 

 良く聞けば東方にヤマトという国があるそうで、そこの人間は殆どが黒髪、黒い瞳だそうだ。

 俺はやんわり否定したが、この異世界は何か俺の前世と関わりがあるのかもしれない。


 そして、ひと通り挨拶が終わると何が起こったか?

 食事が始まる前に、何と!

 リゼットが、こっぴどく叱られたのである。

 

 俺はリゼットが厳しく怒られる事で今回、彼女が森へ薬草を取りに行ってゴブに襲われてしまった詳しい原因を知った。

 今回リゼットが薬草を取りに行ったのは、病気でずっと寝込んでいる祖母の為であった。

 大好きなお婆ちゃんの為に無理をするなんて……

 やっぱり優しい女の子なんだ、リゼットって。


 元々この村の周囲は人間を捕食するゴブリンなどの魔物や、通常の獣でも熊、狼なども多数生息するという。

 その為にリゼットのような女の子は、周囲の農地など近場はともかく、単独で村外から遠方に出る事を固く禁じられていたらしい。

 それを破って、無断であのような遠方の森へ行った事は許さないと厳しく叱られたのである。


 確かに俺が居なければ……

 両親が怒ったように、リゼットは今頃ゴブリン達の腹の中である。

 

 リゼットは、叱られて「わんわん」泣いていた。

 両親に叱られたから、だけではない。

 リゼットに万が一の事があったら臥せっている祖母は喜ぶのか? と両親に問われたからである。


 叱られた後……

 べそをかきながら、俺に「ぴったり」くっつくリゼットを見て、両親は苦笑した。

 父ジョエルさんが、俺に向かってにっこり笑う。


「ははは、ケン様は良い人なんですね」


「俺が……良い人ですか?」


「はい! 元々娘は男の子が苦手で……子供の頃は、村内の子ともあまり遊びませんでしたし、今もあまり話しません」


 へぇ、そうなんだ!

 でも、人見知りねぇ……

 明るくて可愛いこの子が?

 全然そうは、見えないけどなぁ……


「だけど貴方には……懐いてしまって、この始末。よほど好きなんですね」


 にこにこするジョエルさん、そして母フロランスさん。

 そんな両親の『突っ込み』を聞いて、とっても恥ずかしいらしくリゼットは顔が真っ赤である。


「お父さん! お母さん! もうっ!」


 抗議するリゼットに対して、いきなり真面目な顔になったジョエルさん。

 「ぴしり」と言う。


「だがな、もしケン様が悪人だったら、お前は村へ帰って来れなかっただろう。騙されてどこかへ連れて行かれて奴隷か、娼婦にされていたかもしれない。助けてくれたのが彼で良かったな」


「う、うん!」


 「ぶるり」と震える愛娘を見て、頷いたジョエルさん。

 彼は今度、俺を真っすぐ見つめた。


「それで、ケン様はこれからどうなさるおつもりですか?」


 さあ、いよいよここで本題だ。

 俺は軽く息を吐くと、ゆっくりと話し出す。


「はい! リゼットには伝えましたが、俺はのんびりどこかで暮らしたいと思って遠くから旅をして来ました。宜しければ村の仕事をしてお役に立ちますから、この村のどこかに住まわせて頂きたいのですが」


 俺の言葉を受けて、リゼットも追随する。


「お父さん! お母さん! 私からもお願いっ!」


 俺の希望に対して、ジョエルさんはあっさりと頷いた。


「私は構いませんよ、それにもし、こちらの条件を受けて頂けるのであれば……この家の隣に、別宅がありますので自由に使って下さい」


「条件って何ですか?」


「はい! 条件と言うのは形式だけですが、ケン様が我がブランシュ家の従士になる事です。そうすれば私の部下として村民に対しての説明が付き、わずらわしさが無くなるのです」


 従士か……

 ようは「村長である、ジョエルさんの部下になれ」という事だ。

 「その代わり、村民に話を通して食住の手当てはしてやるぞ!」

 という彼の意思表示であろう。

 

 この村で静かに暮らして行けるのなら、従士だって全く問題はない。

 ただ、あまりにも奴隷チックな扱いならば真っ平御免である。


 こんな時は、確認!

 それに尽きる。

 一種の契約なんだから。


「成る程! それくらいであれば俺の方は問題ありません。命令には絶対服従の奴隷とかじゃなければ」


「奴隷!? ははは、まさか! それに従士と言っても、貴方はいわば客分ですので基本的には日々振る舞い自由となりますね」


 振る舞い自由?

 公序良俗に反しなければ自由に行動していいって事か。

 それは、凄くありがたい。

 でも、従士の仲間って居るのだろうか?

 分からなかったらすぐ確認。

 この村で暮らすのなら。遠慮なんかしていられない。


「すみません。ちなみに、ジョエルさんの従士って、他に誰が居るのですか?」


「ほら例えばさっき貴方と一緒に来たガストン、そしてジャコブ。村の門番のふたりがそうですよ」


 成る程!


 リゼットにこの両親と、あの男らしい門番のふたりとなら、まずは上手くやれそうだ。

 後は他の村民達とも、じっくり親交を深めて行けば良い。

 俺はリゼットの父ジョエル村長へ、了解の握手をするべく、右手を差し出したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 この村の建築様式は、平屋オンリーの『方形住居』だ。

 方形住居は木造で壁は泥塗り、屋根はわらぶきという仕様だ。

 一間という雰囲気の家は余り無く、殆どが大家族が暮らしていそうな結構大きな家々である。

 驚いたのは、床が土間ではなく板張りだという事。

 俺が暮らしていた都会でも流行っていた、素朴なフローリングという趣きなのだ。


 ジョエルさんの言う別宅というのは、ブランシェ家の隣にある中規模な家屋であった。

 建ててから若干年月は経っているが、そんなに古いという雰囲気はない。

 3つの部屋(居間、ベッド付き寝室、物置)と狭い厨房、汲み取り式トイレが付いている。

 汲み取りトイレは置いといても、俺が前世で住む筈だった、故郷の家に近いかもしれない。 

 

 但し、御多分に漏れず風呂は無い。

 天然の温泉がなさそうなこの村は村長を含め他の家も、裏の井戸で水を汲んで身体を洗う習慣なのだ。

 この世界において風呂というのは、貴族や金持ちなど、上流階級のみの特権というのが常識らしい。

 まあ俺が魔法でお湯を作れるかどうかだが、風呂に関しては少しずつ改善して行けば良いだろう。


 ちなみに、俺の案内にすっごく気合が入っているのがリゼットである。

 

 暮らす上でいろいろ細かい事まで教えてくれ、まるで嫁のようにかいがいしく、俺の世話をしてくれる。

 別宅の設備の説明は勿論、生活用品も率先して運び込んでくれているのだ。

 俺は嬉しいし、とてもありがたいのだが……もう夜も遅くなって来たし果たして良いのだろうか?


 それに……変だぞ?

 何故か、リゼットが……

 自分用らしい女物の服とか、生活用品とかも運んでいる。

 これって、俺が「一緒に住む」とかリゼットへ言ったからだろうか?


「リゼット!」


 ぴしりと、鋭い声が掛かる。

 一緒に別宅の片付けをして貰っている、リゼットの母フロランスさんだ。

 娘の行動を、母はしっかりチェックしていたらしい。


 厳しい母の声に、リゼットは思わず直立不動のポーズを取る。


「は、はいっ!」


 そんなリゼットを見て、「きりっ」としていたフロランスさんは一転して、笑顔に。

 愛娘へ、優しく話し掛ける。


「お前の気持ちは、同じ女としてよ~く分かりますよ。でも今夜ケン様と一緒に過ごすのは、まだまだ早すぎます」


「お母さん……」


「それに、長旅で疲れていらっしゃるケン様には、今夜はゆっくりお休みして頂きましょう」


「は、はい……」


 リゼットって、やっぱりいじらしいし、そんなに俺の事を気に入ってくれたんだ。

 俺も胸が熱くなる。


「今日はありがとう! リゼット! ……また、明日」


 礼を言った俺の顔を見て、リゼットは「ふるふる」と首を横に振った。 


「とんでもないっ、私こそ! ではケン様、また明日の朝7時に伺います」


「失礼致します、ケン様」


 こうして、リゼット母娘はお辞儀をすると、ブランシェ家別宅=俺の自宅から引き上げて行った。

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