⑤<二人5> 『回想②』


⑬【ナルヴィ】


 帝都は戦渦に包まれた。

 夜空を炎に包まれた不死鳥が舞い、煉り石で造られた建物が次々に倒壊していく。

 花の都と呼ばれた美皇帝の裾野はもはや見る影もなく、帝都は住民の悲鳴で彩られている。


 斜塔が崩壊し、崩れきった大聖堂跡で、私は一人の男と対峙していた。

 髭面で筋肉質の男だ。手には巨大な槍が握られ、肩から息をしながら私を睨み付けている。男の周りにはかつて男の部下だった男達が所狭しと倒れ、生を失っている。

 ルスラン王国の大将軍ということだったが、強敵だった。

 予想外に訪れる、魔法の波状攻撃に翻弄されていた。

 私の身が死から切り離されていなければ、おそらく敗れていたことだろう。


「……流石だな、『燈のナルヴィ』よ」

「いくら切ろうとも、潰そうとも無駄なこと。……私は、死なぬ」

「そんなことは知っている。……ワシは、足止めできれば、よかったのだよ」

 絶体絶命なはずの老骨が、不敵な笑みを浮かべる。

 顔には見せないが、焦燥が過ぎる。


「何を考えている? 人間」

「……ナルヴィ、我らにも草はおる。お前の事は知っておった。脅威の魔法を使うことも、不死身であることもな」

「……理解に苦しむな。ならば、何故戦う」

 対峙する男は、最早、指先一つで殺せる命。それなのに関わらず、心が嫌な予感に満たされ、続く男の言葉を待つ。


「知っておるのは……お主の能力だけではない。……例えば、こんなことも知っておる」

 女が二人、大聖堂の中に入ってきた。

 二人とも良く似ていて、赤い瞳と白銀の髪を持つ女達だった。


 片方の脇には宝箱が抱えられていて、片方は布で巻かれた何かを片手に握っている。


 髭面の男が、女の一人に目線を移し、顎で何か合図をする。


 女が頷き、手に持っていた布を開きながら、床へと放り投げた。


 残骸が散らばる床に、何か赤黒い物体がぐしゃりと落ちた。


 それがなにか分かった瞬間、息を呑む。私の思考は、身体は、強制的に停止する。


「貴様ら……どこまでも、」

 怒りが、私を満たす。苦しみが生まれ落ちる。


「人間は、どこまで、悪を生むのか!!」

 赤黒い物体を見つめ、涙が生まれる。

 それは、モルドットの顔半分だった。変色し、最早生があったころの面影を微塵も残していないが、確かに、モルドットだった。


「殺しても死なぬ男がいる。戦場でその報告を受け、見つけたのだよ。……ナルヴィ、お前の弱みをな」

「……モルドットをどうしたの?」

「知っておろう。生きておるよ。顔を半分にされ、四肢をもがれても、生きておる。お前の魔法によりな」

「ふざけるな! 解放しろ!」

 私は、私は……そんなことのために。

 永遠の苦しみを生むために、あの男を不死にしたわけではない。


「解放するかどうかは、お主次第である」

「この卑怯――」

 ぼん、と音を立て、私の右足を槍が突き抜けていった。

 衝撃でよろけ、床に顔面を叩きつけられる。

 男が投げた槍だった。

 避けられる早さだった。


 それでも、男の浮かべた邪悪な笑みに心が縛られ、身体が止められ、身動きが取れなかった。

 千切れ飛んだ足が元の場所に戻ろうとうごめく。その右足に、男の足が乗った。


「避けぬか。分かっておるな。……妙な動きをすれば、不死の男がどうなるか、よぉく分かっておる」

 男が白い歯を浮かべ女の一人に目線を送った。


 女が、宝箱を床に置き、膝を立てる。それはもう一人の女もそうだった。

 両側から宝箱を挟むように座った女は、箱の左右に手を添え、私を睨み付ける。


「なにを……するつもり?」

「なあに、いつまでも死なぬのであれば、別の方法を取るまでよ。この箱に閉じ込め、永遠の眠りについてもらうまでよ」

 宝箱がかがやき、光が溢れる。

 私の身体がなにかに引っ張られ、宝箱へと引きずり込まれていく。


「ふざけるな……ふざけるな!!」

「誇るがよい。魔族を封じる箱……アエルヒューバの秘宝と、二人の王族。我らにそれだけの力を使わせたことに」

 ここで破れるくらいならば……。

 負けるくらいなら!!


「心配するでない。我らは騎士道を持っておる。例え魔族であったとしても約束は守ろう」

 男の言葉に、魔力の流れが堰き止められる。

 迷いが生まれる。


 その隙を突かれ、金属の鎧を纏った脚で胸を蹴り飛ばされた。骨が折れ、激痛が走る。

 身体が、箱の中に引きずり込まれていく。魔力が、箱の中へと流れていく。


 最早、勝負は決していた。だが、私の心には安らぎがあった。


「私はここまでだ。……生きよ。モルドット」

 揺らぐ私の視界に、男が映り込んだ。床に落ちていた私の右足を握っている。

 満面の邪悪な笑みを浮かべている。


「この脚はワシがもらっておく。良い戦利品よ。……くくく」

 不安が過ぎる。それは封じられるだけの私のことではない。

 もっと別のことだ。


「あ、あなた、ま、さか……」

 最早身体の殆どが、箱の中へと封じられている。声が出せない。


「我らが、魔族の約束を守るとでも? 人間が、魔族のしもべを見逃すとでも?」

「あ、あ、あ、」

 声が、出せない。

 叫びたい。殺したい。皆殺しにしたい。


「馬鹿な女よ。不死の男は何度でも切り刻み、何度でも痛めつけ、何度でも屈辱を与える。人間でありながら、魔族についたことを何度でも後悔させる。死んだ方がよいと何度でも思わせる」

 ふざけるな。約束は……約束を、


 私は、なんのために、犠牲に――



「何度でも、何度でも、何度でも、何度でも、何度でも、何度でもな」

 男の言葉が呪詛のようにふりかかる。

 長い生涯の中で、最も深い、絶望が襲いかかる。


 暗闇が、覆う。


 ……そうだ。


 ……分かっていたことだった。


 ……そう、


 人間は、悪だ。








⑭【ナルヴィ】


「……いいの? ミラ」


 私は長い間、眠っていた。

 長い間、暗闇に閉じ込められていた。


「ここまで来てなによ。多分、鍵はコレでしょ?」


 永遠とも思える闇に囚われ、朽ちた身体を感じていた。


「なんか、怖くないかな? 変なのが出てこなきゃいいけど」

「変なのってなによ? いい、わたしだけで空けるから」


 暗闇の中で、ずっと、ずっと人間を呪っていた。

 人の悪に、憤る心は、ずっと失われなかった。


「ずるいよ。僕も、一緒に空ける!」

「うん。じゃあ、せーので空けるよ」


 そうだ。

 人は、悪だ。敵だ。邪悪な、存在だ。


 私は、私は、


「せーの!」


 私は、正義の味方だ。






 光が、差し込んできた。

 ため込んできた、憎しみが、溢れ出した。















「メフィス、ここまででいい」

 聞き覚えのある、落ち着いた声が、私に届いた。


⑮【ナルヴィ】

 そこはツタで覆われた小部屋だった。

 太陽の光が入り込み、小部屋全体が緑色に満ちている。

 部屋の真ん中には台が設置され、私を苦しめた封印の箱が鎮座している。


 私の記憶では、封印から解放された後、ミラに取り憑き、隣にいた人間を消した。

 そして、自力で『森のノカ』へと戻った。

 エストアに魔族であり、ミラでもあると打ち明けた。

 人間への憎しみを胸に、モルドットの消息を調べるため、ルスラン大聖堂へと向かった。

 そこで、人間に憎しみを持つ人間に出会った。

 人間から、モルドットの死を伝えられた。


 悲しみながら、戻った私に、新しい希望が生まれた。


 私を見つけてくれた、王子様が現れた。


 そうなる筈だった。


 それなのに――


「なぜ……なぜ、あなたがここにいるのですか?」

 気がつけば、私の姿はミラへと変わっている。

 もう一人いたはずの男の子は消え去っていた。


 変わりにいたのは――


「悪いが、見せてもらった。お前の半生をな」

 部屋の隅に、白銀の髪を持った男が立っていた。

 日焼けした肌を持ち、落ち着いた声で私に語りかけてくる。


「なぜ、なぜ!? これは、なんなのですか?」

 そう、私は知っていた。

 封印から解放された後、どうなるのか、自分がどんな行動を取るのかを知っていた。


 私は自分の未来を知っている、それは、つまり――


「……お前はソフィアと戦い、メフィスの夢魔法に敗れ、眠りについた。だが、その後お前の影魔法だけが暴走してしまっていた」

 そうだ……、私は、そうだ。

 ソフィアと名乗る生意気な女を、後もう少しで殺せる直前に、意識を失った。


 そして、――私は、夢を見ていた。


「暴走するお前の魔法に、いくら殺しても死なないお前に、俺達は苦戦したよ。まったく……何度匙を投げそうになったことか」

 動きを止める私を眺めながら、王子が不敵な笑みを浮かべながら歩き始める。

 そして台座へと腰掛ける。


「その状況を、一人の女が打破してくれた。この局面で、これ以上ないほどの、援軍を送ってくれた」

 戸惑う私を眺めながら、王子は続ける。


「紹介しよう。魔界からの援軍……『黒いローブの男』ことメフィスだ」

 音を立て、黒いローブをまとった魔族が部屋の端に現れる。


「あの姿は初めてなんじゃないか? 見ての通り、魔族だ。メア種で、得意魔法は……『夢魔法』だ」

「ゆ……夢?」

 私の頭に、ゆっくりと言葉が届いてくる。事態が、少しずつ理解され、身体に浸透していく。


「かなり融通の効く、良い魔法だが……その中でも一際優れた能力がある。それこそ、『過去の記憶を呼び起こす』夢魔法だ」

 そうか、私は自分の未来を知っている。

 これから何が起こるのかを理解している。


 つまり、それは……

 今、見てきた私の回想物語は――


「夢だっていうの? この世界が、夢だと?」


「そうだ。ここはお前の『夢の世界』。メフィスの作り出した世界だ。そしてこの力こそ、この局面でもっとも必要だった力だった」

 理解が追いつかない。この世界が、夢の世界だった。

 それが、何? それが、どうしたの?


「メフィスの持つ『過去を追体験させる夢魔法』。それは俺も体験したが見事なものだった。俺自身も夢だと気がつかずに、現実と全く同じ行動を取っていたしな」

 この黒いローブの男が夢の中で、私の過去を流した。

 それは分かった。けれど、それだと説明のつかないものがある。


 何故、この王子が私の夢の中にいる?


「……だが、その力だけではお前を攻略するのに不十分だった。夢を見るのも、過去を追体験するのもお前本人だ。その情景を俺が覗き見ることはできない。メフィスも『他人の夢の中に、他人を送る力はない』。そこでだ――」

 王子が私に手を差し出した。小指に光る指輪が付いている。私が見た記憶ではなかった物だ。


「そこに、もう一つの力が加われば……全ては解決に導けた。それこそ――この指輪だよ。知っているか? この王家の秘宝、『夢の中に入り込める』指輪を」

 目を見張る。じゃあ……、ここにいる、この白銀の髪を持つ王子は……。


「分かりやすくまとめてやろう。ナルヴィ、俺はメフィスの力を借り、眠っているお前の夢を過去の追体験に切り替えた。そして俺は……指輪の力でお前の夢に入り込ませてもらった。そこで俺は――全てを見た・・・・・

 急速に、頭が回転し、王子が伝えたいことを理解した。

 王子は、私の夢を、私の過去を全て見た。


 それは、『帝都決戦』での戦いも含まれる。


「……気がついたようだな。封印の箱を得たはいいが、使い道が分からなかった俺達だったが、それを知る術はなかった。なんせ五百年間の遺産だからな。だからしっかりと見届けさせてもらったよ」

 台座に座った王子が箱に手を置く。

 私に、不敵な笑みを浮かべたまま、言った。


「ナルヴィ、お前は、『帝都決戦』で王族二人にこの箱を発動され、封じられたんだな」

「や、やめて!!」

 これから王子が私にしようとしていること、私に伝えたいことがすべて理解できる。

 そこから生まれた心からの叫びに、王子は首を振る。


「箱の発動には、王族二人の力が必要。ならば丁度良い、今現在現実世界には、俺とソフィア、二人の王族がいる」

 バルドルが王都に、封印の箱を持ってきていた。

 その箱は、今この王子が手にしている。


 夢の中に入り込んできたこの王子は、すぐにでも現実世界に戻り、こう言うだろう。

 『封印の箱の使い方が分かった』


 現実世界にいる私は眠らされたままだ。

 抵抗などできるはずがない。

 手も足も出せない。

 されるがまま、またあの箱に封印されてしまう。


「い、嫌!! 嫌だ! ロキ王子……王子!! あなたは、また、私を裏切るのですか!?」

「先に裏切ったのはお前だ。シルワを殺した報いは受けてもらう。ナルヴィ、お前はもう一度、封じられるんだ。メフィスに眠らされたまま、現実世界にいる俺達の力でな」

 そんな……そんな、また、私は、あの中に……?


「い、嫌、嫌だ!! やめてください。どうか、お考え直しを! もう、私は、あの中には戻りたくない!!」

「お前はここで、ただ人間だという理由により罪なき子供を殺した。影を操り、『森のノカ』を混乱に陥れた。シルワや、エストア、住民達を殺した。……ああ、もう一つ罪があったな」

 にやりと笑い、王子は続けた。


「ソフィアに敵意を向けた。その酬いは受けてもらおう」

「やめて、お願いします! もう人間に憎しみなんて持ちません! なんでもします! だから、どうか、どうか――」

 私の懇願に、王子はゆっくりと首を振る。


 そして――言った。


「ナルヴィ、王族を……舐めるなよ。箱の中でゆっくりと反省しろ」


「まっ、やめて……やめて、待って!!」

 呼び止めも空しく、王子は、黒いローブの男とともに消え去った。


「お、王子?……王子様?」

 白色の王子は消え去った。

 私だけが、部屋の中に取り残される。


 夢の中に取り残される。


「そんな……そんな、王子……王子……」

 世界が切り替わる。

 緑の空間が崩壊する。


「王子ぃいいいいい!!!!」

 暗闇が、再び私を包み込んだ。




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