⑨<少女6> 『絵本の眷属』


⑪【ソフィア】

 何百年も前の人らしき王様の幻影が、話を続ける。


「――我らは決戦を前にして、エルデナの持つ力を弱める必要があった」

 それはそうだよね。絵本でも色々工夫していたし。


「――魔族は強い。だが、完全な存在ではない。我らは眷属の中でも、エルデナの右腕と呼ばれる、驚異的な力を持つ一匹を封じ込めた」

 厄災の右腕を封じ込めた……まさか、それって――


「――宝玉オーブを持つ者よ、その箱を絶対に開けてはならぬ」


「開けたよ!?」

 え、普通に開けちゃったよ。注意するなら遅すぎるでしょ! 本題入る前の前置きが長すぎる!


「――その箱には、エルデナの右腕が潜んでいる。我らが力を弱めた『ともしびのナルヴィ』が潜んでいる」

 自然と、私とマシューは宝箱から距離を置く。


「その箱に封じている限り、『ともしびのナルヴィ』は自身の持つ力を発揮できぬ。眠り続ける。そなたの役目はその箱を狙う眷属から、その箱を守ることである」


「か、勝手に役目与えないで!」

 しかも与えられる前から役目を果たせてないし。


「――願うならば……『厄災』の消えた、平和な世界で、この言葉がそなたらに伝わっていることを祈る。それでは! さらば!」


「さらば! じゃないよ! ちょっと待っ――あっ!?」

 私の引き留めも空しく、箱は輝きを失った。


「言うだけ言ってどっか行くなぁ! 戻ってこい!」


「ちょっと、ソフィア! 落ち着いて! その箱、魔族がいるんでしょ!?」

 箱をガクガク振る私を必死で止めるマシュー。

 はっ、頭に血が上って忘れてた。何か良く分からないけれど、過去の王様の敵だった魔族が、この箱に封じ込まれていると言っていた。


「でも……なんにも入ってなかったよね?」


「うん……もう一回、開けてみる?」

 マシューと二人で、恐る恐る宝箱を開いてみる。……やっぱり、何も入っていない。何も起こらない。


『なるほどねぇ……』


「うぁっ!? もう、なに? メフィス!」

 それまで発言一つせずにじっとしていたメフィスが突然声を出す。やめてよ。ビックリするでしょ。


『開けるな、って言われていた箱が空いていた。入っている、と言われていた中身が入っていなかった。そんなの、理由は一つでしょ』

 理由……?

 ……え!?

 そ、それって、……それってまさか。

 マシューも思い当たったのか、顔色が一気に青ざめる。


『僕らがここに来る前に、ここに訪れた存在がいた。……それで、この箱を開けてしまった。それが真相だよ』


「それって……それって、じゃあ――」


『この箱に封じ込まれていた『ともしびのナルヴィ』が解放されてしまった。……そう、ナルヴィはこの町にいるよ』


「なんで!? どっかに行っちゃったかもしれないよ」

 断定するメフィスに反論する。帝都に向かったかもしれない。魔界に帰ったかもしれない。この町にいるなんて限らない。

 けれど、メフィスは首を振る。そして、言った。


『僕が追っている悪い魔族。それこそが、『ともしびのナルヴィ』だからさ』

 思考が固まる。

 そして、メフィスの言葉を理解し、急速に頭が回転する。


「待って待って待って、私、これから『厄災の眷属』と戦うの!? 絵本に出てくるような化け物達だよ!? そんなのと戦えっての!?」


『心配しなくても、ナルヴィはもう、力を弱めているよ。それでも普通の人間よりかは遙かに強いと思うけれど』


「そういう問題じゃない! 大体、なんでアンタが『厄災の眷属』なんかを追ってるのよ。どこで知り合ったの!?」

 私の質問にメフィスは首を振る。


『長くなっちゃうから、一旦戻ろう。帰ったら話すよ』


「いいえ、後回しにしないでここでちゃんと、きっちり――」

 袖を引っ張られる感覚に、私は言葉を止める。


「ソフィア、僕疲れちゃったし、一度戻ろう。お宝も手に入ったしね」

 マシューを見ると、空の宝箱を抱えている。


「な、中身入ってないじゃない、それ」


「いいの。箱だけでも思い出になるから」

 それはまあ……分かる気がするけど。あれだけ大変な思いをして、手ぶらで帰るよりかはいいと思う。

 それに私も実は疲れていた。二人飛んで戻れないからには、来た道を戻って帰らないといけない。ここまで辿り着くのに結構な時間がかかっちゃったし、レオンさんのところに戻る頃には夜になってそうだ。

 ……仕方ない。


「……帰ったら話しなさいよ。メフィス」


『うん……『魔界』で何があったのか。僕が何故ここに来たのか。キチンと話すよ』

 今日はもう十分に冒険した。後は帰って身体を休めるだけだ。

 メフィスの話はその時にでも聞こう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る