⑪<二人2> 『夢の魔族』

⑬【ソフィア】

 光の煌めきが広場に広がっていく。

 黒い身体を瞬時に光の粒に変えていく子供達。白い閃光が影の子供達の間をすり抜け、霧散させていく。

 無駄のない動きで敵を突き殺すその美しい姿に、私は見とれる一方だ。


「流石は、私ね!」


『ここまで開き直られると、逆に清々しいね』

 私の脇に抱えられた紫の生物が呆れた声を出す。

 私だって自分を出すのはちょっとは抵抗あったんだよ。でも私より強い相手なんてそうそういないし。

 いたとしても、最も強い相手だなんて認めるの癪だし。


「ところで、コレってなんなの? アナタ、何者?」

 敵の数が減ってきたところで、沸いてきた疑問をぶつける。

 身体全体が紫の毛に覆われて、耳が大きく鼻が長い。ついでにことばを話す。こんな生物、私は見たことない。


『これは、夢魔法さ。夢を現実に変える夢魔法。キミは僕がいれば、思った物を好きな状況で出せる』


「魔法って、魔族が使うっていうアレでしょ? アナタ、魔族なの?」


『うん、さっきも言ったけど、僕は魔族だ。……僕の名前はメフィス。メア種のメフィスだよ』


「魔族って、こんなに小さいの? なんか、想像と全然違うから、信じられないんだけど」


『人間の想像がよく分からないけれど、今の僕はこっちの世界での仮の姿だ』


「こっちの世界?」


『うん、僕の本体は“魔界”に居る。この姿は、魔族の間では“幻獣化”と呼んでいる姿だ』

 ああもう、知らない単語が多すぎて、全然状況が分からない。分からないけど、とりあえず、この変な生き物は味方ってことでいいんだよね。

   

「あの変な子供の影はなんなの? 倒しても倒しても出てくるんだけど」


『アレも恐らく魔法の一種だと思う。多分、僕が探していた敵の魔法だ』


「敵の魔法? 他にも魔族がいるってこと?」


『うん。……あ、一匹、こっちに来たよ』

 メフィスが鼻で指し示した方向を見ると、“私”が撃ち漏らした影の子供がこちらに走ってきている。

 落ち着いてみたら可愛らしい相手だ。攻撃も隙が大きいし、普段の私なら難なく仕留められる。事実、影の子供は私の間合いに入った瞬間、細剣レイピアの一撃を受け、光の塵へと変化する。


 少し休めたお陰で、体力が少しは回復している。私二人分の手数があるなら、怖いものなしだ。


「あーもう、ホント、キリが無い! どうすればいいの?」


『向こうの魔力にも限りが有るはずだから、倒していればそのうち収まると思う。それか、本体を倒しに行くかだけど……』


「本体なんてどこにいるのよ。ノカの町だけでも結構な広さよ!?」


『状況が悪すぎる。今はやめておいたほうがいいよ。……それより』

 メフィスが耳をピクピクさせている。


『さっきから嫌な予感が凄くするんだ。何かが、こっちに向かってきている』


「そんな予感、もうとっくに的中しているでしょ! 不吉なこと――」

 大地が大きく揺れる。ううん、ここは大地じゃない。枝の上だ。

 ノカの町全体が大きく揺れている。枝が、古木が激しく揺れている。


 まるで暴風が押し寄せてくるような轟音が近づいてくる。


 どんっと大きな音を立てて、それは町の下から噴き上がってきた。

 巨大な赤色の何かがもの凄い早さで上空へと通り抜け、直後橋や通路のいくつかが崩れ、落下していく。


「……はぁ!? 嘘でしょ?」

 それが何か把握できた瞬間、私の目は見開かれた。恐怖が一気に私の身体を駆け抜ける。


 それは大きな翼竜だった。

 緑色の両翼は町を包み込めるんじゃないかと思うほど広い。赤い身体は傷だらけになっていて、所々血を噴き出している。

 鋭い棘が付いた紫色の尻尾が恐怖を増幅させる。

 

『ワイバーン……あんなものまで、用意していたのか』

 メフィスが絞り出すように震えた声を吐き出した。



⑭【ロキ】

 夜の町ノカ。過去に暗闇の森を開拓し、広げた町にも当然のように『教会』が介入し、聖堂が建築されたようだ。

 そして、町が捨てられるとともに、聖堂もその役割を終えた。民衆の心の拠り所という教会本来の役割だ。

 だが、この夜の町に建築された聖堂には、もう一つの役割が残っていた。

 それは即ち、新しい町『森の町ノカ』と『夜の町ノカ』を昇降機で繋ぐという役割だ。


 『森の町』へと向かったワイバーンを追うため、聖堂へと入り込んだ俺達四人は昇降機の前で立ちすくんでいた。

 それ以上、進むことは敵わなかった。


 何故なら、『森の町』へと繋がる昇降機がその役目を全うしてしまっていたからだ。


 上部に取り付けられた太い鎖が全て千切れ、自重で落下した鎖の重みに耐えきれなかったのか、昇降機の箱は粉砕していた。


 エストアが腹に手を置きながら蒼白な顔を上げ、それをネルが心配そうに見つめる。

 ワイバーンの一撃を食らった彼女だったが、気迫で立ち上がり、ネルの制止も聞かずにここまで来ていた。

 森の町で目覚めたとき、ベッドの横に座っていた黒髪の少女を思い浮かべる。

 エストアは自分の身体より、森の町に残したあの少女のことが心配なんだろう。


「……クソっ!! ワイバーンの仕業か」

 レオンが近くにあった鎖に蹴りを入れる。だが固く重い鎖はびくともしない。


「あまり物にあたるな。昇っている途中で落ちなかっただけ幸運だった」

 実際高層ビルもビックリの高さを持つ昇降機だ。途中で鎖が切れ、落ちていたら俺達の命は無かっただろう。


「……良く落ち着いていられんな王子様。こんなデカい鎖を千切るヤツだぜ。急がねぇと『森の町』は全滅だ」


「いや……違うな」


「……違う?」

 俺だって落ち着いているわけじゃない。戻れるのならばすぐにでも戻り、警告したい気分だ。


 魔物が出るはずのない場所で翼竜が出現した。

 魔物よけが効果を失っていた。

 そして、昇降機が使えなくなっていた。

 それらの異常事態が指し示すものは一つだ。


 『森の町ノカ』に敵意を持った存在がいる。


 明らかに何者かが、攻撃を行っている。

 過去の経験からだが、異常事態が発生した時こそ、状況をキチンと把握することが近道になったりするものだ。


「この鎖を見ろ」

 俺の目の前には切れた鎖の先が横たわっていた。

 切れた部分に目を向けると、切断面が綺麗な水平になっている。


「……まるで鋭利な刃物で切り抜いたかのような切断面をしている。これをワイバーンがやったとは、到底思えない」


「……では、誰が……こんなことを」

 エストアの言葉に俺は首を振る。そんなもの、ここに居る俺に分かる筈はない。


「誰がやったにせよ、この昇降機が駄目だってんなら、後は遠回りで地道に戻るしかねーな。急いで走っても、半日はかかる」


「そんな……」

 エストアがこの世の終わりといった表情になっている。半日も放置していたら森の町は全て無くなっているんじゃないか?


「手負いの人間がいることを考えても、丸一日かかると踏んでいた方が良さそうだな。……だが、他に選択肢がないのなら、その道を選ぶしかない」


「い、嫌です! レオン、あなた管理者でしょう!? 他に道はないの? 他に方法はないの!?」


「誓って言うが、他に道はねーよ。エストア、お前はコイツらと少し休め。俺だけなら、もう少し早く向かえる」


「あの子の身が危険に晒されているのに、自分だけ休めというの!?」


「じゃあどうしろってんだよ!」

 その時、二人のやりとりを見守っていたネルがおずおずと翼、もとい手を上げる。


「あ、あの~」

 だが、声が小さいのか、二人とも自分たちの世界に入っているからか、反応がない。


「……どうした、ネル?」


「お二人の話さ聞いてたんだけど、要するに上の町に行ければ良いんですよね?」

 その言葉に、二人は口げんかを止める。

 ネルに視線が集中する。


「だったら、方法はあるですダ」


「……何か思いついたのか?」

 俺の言葉に、ネルが自分の胸をどん、と叩く。

 そして、言った。


「この天才かつ大発明家、ネルネルに任せるダ!」


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