⑨<少女4> 『新たな力』

⑪【ソフィア】

 叫び声に満たされる森の町を私の身体が駆け抜ける。

 目に映る子供の影を次々と光の粒子へと変えていく。


「……数が、多すぎる」

 もう五十体は倒したよ。でも、周りを見わたすとまだそこら中を影が走り回っている。

 橋から斜め下の通路をぞき込むと、逃げ遅れた女の人が二匹の影に挟まれ震えていた。


「……あーもう! 二度とやらないって決めたのに!」

 私は助走をつけ、高く飛んだ。

 森の風が、悲鳴が、私の身体を駆け抜ける。


 だん、と音を立て、私は女の人の目の前に降りたった。

 二匹の影が私に意識を移した。けれど、遅い。既に私は細剣レイピアの狙いを絞っていた。


 ……コイツは、右足付け根。

 鋭い剣先が影の中で光る一点を突き刺す。

 ぼんっと音を立て、影の子供は細かな光の粒に変わり広がっていく。


 コイツは、右目辺り!

 再び、光の粒子が広がった。

 何度も倒しているうちに分かった事だけど、この影の弱点、身体の中でなんか光っている点は、個体によって位置がバラバラだ。目立つ光だから分かるんだけど、毎回位置を確認して突き抜かなきゃいけない。


 助けた女の人のお礼を受け、私は階段を駆け上がる。


「……もう、なんなの!? 一体!」

 なんか流されて戦ってるけど、この子供の影は一体なんなんだろう。生き物じゃないのは明白だ。こんな生き物いてたまるか。

 一番可能性が高いのはやっぱり、アレだよね。子供っぽいと思われるかもだけど、魔法――


「!!」

 広場になっている枝の上を駆けていた私の前に、突如子供の影が現れた。

 ……なんかこの子、今何も無いところから突然現れなかった?

 突いても突いても減ってかないはずだよ。

 こんなの、どうすればいいの?


 戸惑う私を囲むように、次々と子供の影が現れる。

 十の影に囲まれたところで、私は大きく息を吸い込んだ。


「上等よ! 何匹でもかかってこい!」

 広場に光る粒子が広がった。

 それは次々に連鎖し、まるできらめく虹の中を通り抜けて行くように錯覚する。


 もうこうなったら根比べだ。

 なんだかよく分からない現象だけど、終わりは絶対にあるはずだ。

 私が疲れて動けなくなるのが先か、この子達が尽きるのが先か。


 剣術大会準優勝の肩書きにかけて、私は絶対に諦めない!


*****


「だ、駄目。もう駄目……多すぎる」

 私は膝を立て、肩で息をする。その周りを影の子供達が囲っていた。その数は瞬きの度に増え、私の逃げ道を塞いでいる。

 む、ムリムリ。だって、相手は無限に出て来るんだもん。休む暇が全くないんだもん。

 私、人間なんだよ。体力が無尽蔵にあるわけじゃないんだよ!


「こ、コレって……マズい状況?」

 私を囲う子供達の頭が次々と割れていく。どんどん、どんどん大きくなっていく。


 ――ごめん、お母さん。先に行くけど来ないでね。無事でいてね。


 ――マシュー、大事にしてた干し肉食べちゃったけど恨まないでね。


 ――あと、王子様、もう一回、姿を見たかったよ。


『諦めちゃ駄目だ!』

 ああ、まだ私、十三歳だよ。これから沢山、楽しい事あったのに――


『まだキミは、戦える!』

 せめて恋の一つくらいしたかったなぁ。ほんと、つまらない人生だ――


『こっちだ、こっちを見て!』

 私の足元に、謎の生物が居た。

 四本足で、大きな耳をパタパタさせている。

 大きさは私のくるぶしくらい。長めの鼻が印象的な紫の生物だ。

 大きな丸い宝石が付いた首飾りをぶら下げている。


 ……。


 ……。


 ……。えい。


『ちょお!?』

 レイピアで突き刺そうとすると、飛び跳ねて逃げられる。

 ちっ、意外と素早い。


『な、何をするんだぁ!』


「うるさい! 折角、人が有終の美飾ろうとしてんのよ!? 空気読みなさいよ幻覚!」

 突如放たれた私の大きな叫びに、周りの影達もビクリとする。


『幻覚じゃない! 僕はちゃんとここにいる!』


「幻覚じゃなければ余計怖いわよ! ことば話すぬいぐるみなんて、怖い絵本でしか見たことないわよ!」


『ぬいぐるみじゃない! れっきとした魔族だ! ……いいから僕を持って!』


「怖い怖い怖い! 私を呪い殺す気!? 取り憑く気!? 他行って他に!」


『現在進行形で食べられそうな子が何を言ってるのさ!?』

 ……はっ!? しまった、非現実的な事が大きすぎてつい現実逃避してしまった。

 そうだった。なんか私が突然叫んだおかげか、空気読んでくれたみたいだけど、私、謎の子供達にぱっくりされそうになっていたんだった。


「アナタを持ったらどうなるの!?」


『キミを経由すれば、僕の魔法をキミが使えるようになる!』

 なにそれ、怖い。


「私経由って何よ!? それ、絶対、健康に悪いんじゃない!?」

 そうこうしている間にも、動きを再開した影の頭が膨れ上がっている。


『健康を気にする前に今、死にたいの!? 説明している暇はない!』

 そうだ。私はまだまだ、人生を楽しまなきゃいけない。

 今、こんなところで、食べられる訳にはいかない。


 ――ああ、もう、どうにでもなれ!

 飛び跳ねていた紫の生物を抱え込む。


「で、どうすればいいの!?」


『キミが思う、最も強い存在を強く思い描いて。それが現実となって現れるから』

 凄い。凄いけど、こんな局面でぱっと思いつかない。


 ――って!


 子供の一人が襲いかかってきた。大きく広がった頭の先を寸前で避ける。


『早く!』


「うるさい! そんなのすぐに思いつかないよ! 強い存在……強い存在――」

 一体動いたからか、子供の影が次々に動き始める。攻撃が連鎖していく。

 ……ああ、もう! アレしか思いつかない! アレでいいや!


 私は頭の中に一人の人物を思い浮かべる。

 私が知る、最も強い存在の姿を。


 一瞬、視界に赤い光が広がった。

 細剣を持つ右手に赤いしじまが広がる。そのしじまは渦になり、細剣を通って剣先から広がっていく。

 そして、それは現れた。


「す、凄い……ホントに出てきた」

 私が知る、最も強い存在。

 私が知る、最も頼りになる存在が。


『……キミがそれでいいなら、いいけどさ』

 謎の生物が呆れた声を出す。


 私の前には、“私”が立っていた。

 最も頼りになる存在、“私”が細剣レイピアを持ち、影達に対峙していた。


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