⑥<少女4> 『期待の連鎖』
⑥【ソフィア】
左右から連続して男達の剣先が襲いかかってくる。
それを自分の細剣でいなしつつ、一度距離を置き、剣を回転させながら一気に攻め込む。
動く度に足首が痛むけど、戦えないほどじゃない。何年間もかけて練習し、培ってきた型が私の身体を動かしてくれる。
男の一人が剣を振るった瞬間、刀身同士を重ね合わせ……ると見せかけて身体を捻り相手の剣閃を避け、勢をつけたまま細剣を振り下ろす。
相手の手首が切り裂かれ、手に持っていた細剣が通路の端まで転がっていった。
男の叫び声を受けながら、私の意識はもう既にもう一人に移っている。
仲間がやられたことで、私の力量を感じ取ったのだろう。
焦燥を帯びながらも鋭い目つきで私を睨んでくる。
一瞬の間。
男が瞬きをした瞬間、私は動いていた。剣を回転させ相手の右手首を狙う……と見せかけてそのまま回転を続け、男の左側から首筋を狙う。
私の剣を受けるため男の剣が動いた。
この男、剣の技術はさっきの人間よりもたいしたことない。素人だ。足元ががら空きだよ。
相手を翻弄していた刀身の残像が、男の太股を切り裂き動きを止めた。
「諦めなさい。そこの盗んだ荷物置いて、とっとと私の前から消え失せろ!」
石畳に転がった男の剣を足で蹴り飛ばして、剣先を男の眼前に突きつける。
いつのまにか、周りには騒ぎを聞きつけて観光の人達が集まり男達を遠巻きに見つめている。
男達はお互いに顔を見合わせ、観念したのか何も言わずに立ち去っていった。
*****
「いやはや、ほんっとうに、助かったよ」
鼻の両側にそびえ立つ髭を生やしたふくよかなおじさんが、机を挟んで向かいに座った私とマシューに向けて、ニコニコと笑いかけてくる。
けれど私たちの視線は、テーブルの上に集中していた。自分の両手を動かすことだけに集中していた。
舌から受け取る至福の連続に酔いしれていた。
えびキノコの乳煮が優しく、でも芳醇な食欲をそそる匂いを立ち上らせている。
香辛料を詰めたコゥクゥの姿焼きが運ばれてきた。給仕さんが切り分ける度に、綺麗に焼かれた皮がパリパリと心地よい音を立てる。
私たちの目の前にはご馳走が次々に並び立てられ、私たちのお腹に収まっていく。
食べきれない、食べきれないけどどんどん食べられる。
ちょっと待って。このスープ、ちょっと辛いけどすっごい美味しい! 熱々だけど、いくらでも喉の中に降りていく!
なに、この天国。
私は今、すっごい幸せだ!
「こんなに美味しいご飯、初めて食べた!」
マシューも目を輝かせながらご馳走にむさぼりついている。
「はっはっは。それは良かった。沢山食べなさい」
「うん! おじさんありがとう!」
男達が置いていった箱を持ち主であるおじさんに返したところ、是非お礼がしたいと言われ町の中でも一段と高そうな食事処に連れて行かれた。
最初は遠慮したんだよ。だけどさぁ、丁度良くお昼ご飯の時間で、丁度良く私とマシューのお腹が大きな音を立てたものだから、断るに断れなくなっちゃった。
「お嬢さんも、足は大丈夫かな?」
「ええ、薬草がだいぶん効いてきたみたいです」
足をブラブラさせてみると、さっきまで響いていた痛みが嘘みたいに消えている。ご馳走を食べて回復したのかな。自分のことながら調子の良い足だ。
机の端から自分の足首をちらりと見てみると、薬草を固定している巻き付けられた布が見えた。
観光客の一人、見知らぬおばちゃんが私の足に巻いてくれたやつだ。
オジサンが言うにはそれなりに高い薬草らしい。もし、また会う機会があったらお礼言わなきゃ。
「これは私にとって大事な荷物でね。この中に全財産も入っていた。本当に君たちには感謝しているよ」
オジサンの両脇には私が悪漢から奪い返した木製の箱が置かれている。取っ手付きの高級そうなやつだ。
「たまたまねぇちゃんが居て良かったね」
腰に手を置き胸を反らせるマシュー。
「偉そうに。アンタ、なんにもしていないじゃない」
「僕だって、このオッちゃんのところに行って言ってやったんだからな。心配しなくても、ねぇちゃんが退治してくれるって」
「こら、初対面の紳士の方にオッちゃんとか言わないの」
「じ、自分だってオジサンって言ってたじゃん」
「はっはっは。構わないよ。好きに呼びなさい。ところで自己紹介が遅れたね。私はオーレンと申すしがない商人だ。
「
商人ギルドの拠点で、大きな川に架けられた橋の上に街が置かれている……らしい。
橋とはいっても、その横幅はとてつもなく広い。面積だけで考えるなら、王都よりも大きいんだって。私もいつか行ってみたいと思っている場所だった。
「それで、君らの名前も聞いていいかな?」
「僕はマシュー。それで、この凶暴なのはソフィア――ってぇ!」
マシューは私が蹴り飛ばした自分のふくらはぎを摩っている。
凶暴ってなによ。これでも外面は大人しくしているんだからね。
「私たちもこの町には来たばかりなんです。それまでは王都に居て……」
「なるほど、王都。あそこも発展した良い街じゃないか。何度か行ったことがあるよ」
「ホントに!? じゃあ僕ら会ったことがあるのかな?」
「はっはっは。そうかもしれないね。それで……」
オーレンさんが私たちの顔を交互に見比べる。
「君たちは姉弟なのかな?」
「うん、こっちがねぇちゃん!」
んなの見れば分かるわよ。
と、言おうと思ったけど、微笑ましそうに目を細めるオーレンさんを見てやめといた。
ありがたい話だけど、色んな人に、似ていないって言われる。
ほんと、この糞弟と似なくて良かった。
「君たちの親御さんは……何をされている方なのかな? いや、別に詮索しているわけではないよ。君たちの髪色が珍しかったものだから」
……ああ、なるほど。
私は隣に座るマシューの髪を見つめる。
艶のある真っ黒な髪。金色や赤色が多い大陸ではとても珍しい色だ。
お母さんのお父さん、私からするとおじいちゃんにあたる人が、生涯真っ黒な髪だったらしい。
私は会ったこともないし、何をしていたのか分からないけれど、多分、その人の遺伝だ。
「お母さんはこの町の雑貨屋さんで働いているよ。お父さんと色々あって今は離れて暮らしている」
「そうか……いや、変なことを聞いてしまったな」
オーレンさんが頭のてっぺんの禿げた部分を私たちに見せつける。別に謝るようなことじゃないのに。
「お詫びと言ってはなんだが、良い物をあげよう」
オーレンさんが自分の荷物をごそごそと漁り、筒状の入れ物を取り出す。
蓋の部分が鉄で綺麗に細工された、いかにも高そうなやつだ。
筒の中心部分にはどこかで見たことがあるような紋章が描かれている。
「これを君たちにあげよう」
目をきらめかせるマシューと対象に、私は首を振る。
「こんな高そうなのいただけません」
「私にとってはたかが知れているものだよ。それに、全て失うところだったんだ。遠慮することはない」
「そんなつもりで行動した訳じゃ――あ、こら!」
「すっげー。オッちゃん、コレ、なんなの?」
オーレンさんから躊躇いもなく筒を受け取ったマシューが、ぽんっと蓋を開ける。
「聞いて驚きなさい……コレはね、宝の地図なんだよ」
宝の……地図!?
「っすっげー……ってコレのこと? 何も書いてないじゃん」
マシューが筒の中からボロボロになった羊皮紙を取り出す。
筒の中で丸まっていた真っ黄色の紙は裏も表も何も書かれていない。
「そう。ただの悪戯道具だよ。昔、私が騙されて買ってしまった商品さ」
なんだ、そういうことか。と高まった気持ちが治まっていくのを感じる。
「昔おじさんがコレを買った時にね、ある場所に行けば地図が浮かび上がると聞いて買ったんだ。オジサンも最初は楽しみにしながら旅をしたものさ。けれども……結果はご覧の通りだよ」
オーレンさんが小さく舌を出す。
「なんだ嘘かー期待して損した」
マシューも残念な気持ちを隠しもせず、地図を乱雑に丸めて元の筒に放り込む。
「いやいや、まだ分からないよ。オジサンは地図が浮かび上がる場所を見つけられなかったが、君たちはそうじゃないかもしれない」
オーレンさんはマシューを諭すようにゆっくりと続ける。
「いいか、君たちの未来はまだこれからだ。これからオジサンのように色んなところに旅ができる。オジサンよりも沢山の場所に行けるかもしれない。そうやって新しい、珍しい土地に辿り着いたら、ちょっとだけこのオジサンのことを思い出して、この地図を開いてごらん。そこで何も浮かび上がらなくてもいいんだよ。次に行く土地では地図が映るかもしれない……そんな『楽しみ』が新しく生まれるだけさ。そうやって『楽しみ』を繋げていけば、いつか君たちはお宝に巡り会えるかもしれないね」
なるほど。
オーレンさんの言葉を聞いて、何故、この人がこの品物を買ったのかその本心が分かった気がする。
オーレンさんも本当のところは宝の地図が浮かび上がるなんて信じてないんだろう。
それでも、この筒を持ち歩いている限り、常に『楽しみ』ができる。
“次に”もしかしたら、という期待が生まれる。
そのためにオーレンさんはこの地図を買って、こうして旅をする度に持ち歩いてたんだろう。
そして……
「私は君たちに、これからの『楽しみ』を託したい。駄目かな?」
その思いを、“次の”『楽しみ』と期待を託してきた。
そういうことなら、断るのは失礼ってものだよね。
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