夢6 『安らぎの夢』

「いこ、テトラ。目標は、巨大ゴブリンの斜め上あたり!!」

 私はイメージで生み出した馬の姿をしたテトラに語りかける。

 テトラはひとなきして、角の先を光らせた。

 虹を駆け上がり、みるみるうちに巨大ゴブリンの上空へと辿り着く。


「ありがとね。妖精フェアリーたち!」

 戻れ、とイメージしながら指輪を掲げると、妖精フェアリーたちが指輪の中へと吸い込まれていった。


 巨大ゴブリンは敵を見失い、戸惑っている。けれど、メフィスは私たちを認識していた。

 私たちに向け、目を開いて動きを固めている。


「メフィス。人間にはね、沢山の可能性があるんだよ」

 メフィスはなにも答えない。ただ、呆然と私たちを見つめている。


「私の知っている世界ではね、沢山の人達が、沢山のものを生み出している。この世界の住人では考えられないことも沢山あるんだよ」

 頭の中でイメージを作り、私は指輪に魔力を注ぐ。

 大量の魔力が指輪を伝い、一つのものを作り上げていく。


 私は、つばさに変わっていた。まだ人間だったころの、思い出を蘇らせていた。


「これは、その一つ。人間の作った誇れる物。そして――悠人が大好きだったもの」

 巨大ゴブリンの足元には二本の長い線が走っていた。等間隔で枕木が敷かれ、砂利まで敷き詰められている。

 私がイメージしたものだ。ここまで正確に出てくるとは思ってなかった。


 遠くから汽笛の音が響き渡る。


 車輪が回る音が聞こえてくる。



 私がまだ人間だったころ、小っちゃい頃にテレビの特集も見たし、それが書かれた本も読んだ。展示会にも足を運んだ。


 私は興味なかった。けれど、一緒に居た男の子がソレを見て、目を輝かせてたから。

 その男の子が好きだったから、私も覚えていた。


 メフィスが私から目を離し、それを認識する。

 汽笛を鳴り響かせ、接近してくるそれを認識する。

 目と口が、大きく開かれる。


「……な、な、――なんだ!? 君は、何を、……何を出した!!??」

 長い筒状の車体に付けられた煙突から黒い噴煙が上がっている。

真っ黒な鉄の塊が車輪の音を響かせてメフィスと巨大ゴブリンにハイスピードで向かっていく。


「蒸気機関車。……SL《エスエル》って言うんだって」

 蒸気を動力とした人間の英知の結晶が、巨大なゴブリンの腹に突撃した。


 空っぽになった魔力の脱力感を感じながら、私は壊れた家の残骸をどけてまわり、巨大ゴブリンの肉塊をかき分ける。


 蒸気機関車の追突を受けた巨大ゴブリンは身体のバランスを崩しながらもその衝撃を耐えた。

 そのまま太い両腕に力を込め、反撃に転じようとする。


 だから私は戦車、飛行機、ロボットと、悠人が持っていた玩具を次々にイメージし、召喚していった。


 気がつけば、巨大なゴブリンはその形を無くしていて、居住区の一角は瓦礫の山になりはてていた。


 ……正直、やり過ぎた。魔力空っぽになっちゃったし。

 久しぶりに向こうの世界で見てきた物を見れたからついつい、調子に乗っちゃったよ。


「やっぱり、まだ生きてたんだね」

 ゴブリンの肉塊が散らばるところを重点にして私は探索を続けていた。

 そして、彼を見つけ出した。瓦礫が黒いローブを突き破り、血が流れ続けている。


「……見ての通り、僕はもう虫の息さ。君の勝ちだ」


「ごめん……」

 さっきメフィスは本体は別にいるといっていた。

 現実に傷付けたわけじゃないことは分かっているけれど、それでも気持ちが沈み込む。


「あやまることはないよ。僕は死ぬわけじゃない。悪夢がなくなるだけだ。……それより、聞いていいかい?」


「私で、答えられることがあるなら」


「……夢魔法の幻想は、なんでも出せるわけじゃない。自分がそれまで見てきた存在しか出せない筈だ。君は、あの妙な幻想達を生み出した君は……いったい何者なんだ?」


「私は――」

 メフィスは私が生みだした幻想を、日本で生まれ育ったつばさが見てきたものを自分の目で体験した。

 だったら、大丈夫だ。……多分、信じる。


「私は――人間だった。こことは違う世界で、あなた達とはまったく別の物を見て育った。アレは、沢山あるその中のひとつ」


「……それは、随分と、物騒な世界なんだろうね」


「使う人しだいじゃないかな。……魔族の魔法みたいにね」


「手厳しいね。……でも、――本当にそうだ」

 メフィスは視線を私から、一点へと移す。

 その眼差しの先には、私が生みだした幻想のテトラがいる。


「なぜ、あなたは――」

 その視線には優しさが灯されていた。愛情が込められていた。

 フィリーが私を見るときのように。


 だから、すぐに理解できた。この魔族は、テトラのツガイだ。

 だからこそ、私は尋ねた。


「何故あなたは魔族の敵になったの?」


「ああ、それはもう、いいんだ」

 メフィスはゆっくりと首をふる。


「僕はもう、目的を果たせた」


「目的? 目的は魔族を滅ぼすことじゃなかったの?」


「それは、結果だ。そのユニコーン種は君の友達かい?」


「うん。私の大切な友達」


「そうか。やっと……やっと出会えた」


「テトラは……あのユニコーン種のテトラはあなたのツガイなの?」


「テトラって名前なんだ。綺麗な名前だ」


「答えて……あなたのツガイはテトラなの?」

 分かりきったことではあったけど、それでも私は尋ねた。

 彼の口から、はっきりとした答えをききたかった。


「そうだよ。一目見て分かった。彼女は僕のツガイだ。僕は彼女を探し続けていた。……そして、道を間違えた」


 テトラを探し、ブルシャンへと辿り着いたメフィスは焦りを覚えていた。

 自分のことを、いっこうに探そうとしない自分のツガイを愛しながらも、同時に別の感情が沸いてくるのを感じ取っていた。


 それは憎しみだった。


 最初はほんの少し、小さな一点だったそれが、時間が経つにつれ、少しずつ心の中で染みを広げていく。

 ブルシャン中を探して回り、テトラを見つけられなかったメフィスはその染みに心を潰されてしまった。

 そして、彼はこう思うようになってしまった。


 自分のツガイは、人の意識ヒトノイになってしまった。と。


 それなのに、自分の心は魔族のまま。片一羽カタワレのままだ。

 苦しみが無限に湧き出て、自分の心を絡め取る。


 何故、自分だけがこんなに苦しまないといけないのか。


 何故、魔族はこんな呪いに縛られなくてはならないのか。


 湧き出る負の感情に身を包みながら、それでも一縷の望みを求めてメフィスはブルシャン近辺を探し回った。


 そして、彼はそれを見つけてしまった。



 遺跡の奥深くに設置された、“石碑”と“宝玉オーブ”を。


宝玉オーブに触れた途端、僕の心の闇は悍ましいものへと変化したんだ。そして僕はその心に負けてしまった」


「もう少し、もう少しだけブルシャンの周りを探していたら、テトラに出会えたんだよ。……テトラも、あなたを探していたんだよ」


「そうだね。僕の心が弱かったから、諦めてしまった。……ツガイの呪いを恨むあまり、魔族に憎しみを持つようになってしまった」


「だから、あなたは私たちに襲いかかってきたの?」


「君らだけじゃない。僕は……現実の僕はブルシャン中の魔族を眠らせようと力を蓄えている。一度悪夢の中に引き込めば、太刀打ちできる魔族なんていないから」


「……もうテトラに出会えたんだよ。そんなこと、する必要ないじゃん」

 私の言葉にメフィスは首を振る。


「それは今ここにいる僕の話だ。夢の中にいる、この僕と現実の僕は記憶を共有していない。沢山の魔族を眠らせるために、意識を分離しているんだ」


「そんな……」

 じゃあ、現実のメフィスは、自分がテトラに出会えたって事実をまだ知らないってこと?


「君だって、ここで起きた出来事は、現実に戻ったら夢のように断片的にしか覚えていないと思う。それでも、……お願いだ」

 メフィスが私に向け右手を伸ばす。


「どうか現実の僕と彼女を……テトラを出会わせてもらいたい。こんなことを頼める義理はないのは承知してるけど、僕は、彼女と出会えさえすればそれでいいんだ」


「うん……分かった。私は絶対に覚えている。私は……私は絶対に、テトラとあなたをツガイにする」

 私は伸ばされたメフィスの手を受け取る。


「一つだけ、聞かせて」

 私は震えるメフィスの手を自分の手で包み込み、続ける。


「あなたは、まだ片一羽カタワレなの?」

 それとも、心の染みに潰されて、人になったの?

 既に分かっている事だったけど、どうしても彼の口から聞きたかった。


「僕は――」

 魔族の心は、綺麗だ。

 どんなことがあっても、一人の相手をずっと愛し続ける。

 それって、人間からしてみたら、なによりも大変で、凄いことだと思う。


「僕は――」

 例え、出会ったことがない相手でも、誰かと比較なんてしない。

 選びもしない。

 疑いもしない。

 魔族の心は、本当に綺麗だ。



 そうだ、私は、魔族の心に惹かれている。

 純粋な、魔族の心に憧れている。


 メフィスがなにかを口にした。


 バチンと頭の中で何かがはじけ飛ぶ。

 街が、世界が音を立てて崩れ去っていく。


 目の前にいるメフィスが、近くにいるテトラが、空にいるフィリーが消えていく。

 崩れ落ちる世界の中で、私は見た。



 それは人間だった。

 それは私が、誰よりも良く知る存在。



 私の前につばさが立っていた。


 つばさが私に向け、笑顔で小さく手を振った。


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