ロキ10 『聖堂』

「ロキー! 会いたかった!」

 聖堂の扉を開けた瞬間、ファティが飛びかかってくる。

 抱きかかえるように聖堂内に入り込み、騒ぐファティをなだめ付ける。


 背後では民の一人が慌てながら扉を閉めていた。


「……三人か。少ないな」

 俺は残った民を数え、ため息を付く。

 二十歳そこそこの男二人に、女が一人だった。


「残りは帝国兵に立ち向かい……逝った。状況を聞きたい」

 鎌を持った女が険しい顔で尋ねてくる。


「外に五十人はいる。囲まれているが攻める気配はなく、何か機会を伺っているようだ」


「そうか……良くここまで辿り着いたな」


「初めて来た訳ではないからな。目立たず辿り着ける場所は把握している」

 とは言っても生きた心地はしなかった。

 侵入寸前に見つかり、矢の雨を降らされたしな。幸いにも射手の精度が低くなんとかここまで辿り着くことが出来た。


「姫を連れて突破できそう? 正直、諦めかけてたよ」

 桑を肩にかけた男が窓から外を気にしながら言う。


「……難しいな。ガラハドが軍団長と戦っているから、それが終われば、ここまで来てくれるだろうが」


「おいおい、それまで待てってのかよ。今攻められたら、護りきれねーぞ」

 鋤を手にした男が投げ槍に言う。


「だが、今外に出たところで無駄死にだ。戦うならば、ここで戦った方がいい」


「駄目だ。姫様を危険な目には合わせられない。脱出だ。私たち全員で壁になれば矢避け程度には――」


「敵の数が多すぎる。今外に出たところでそう長くは持たないだろう」


「じゃあどうする!?」

 言われなくても考えている。

 もう少しこちらに頭数があれば手はあるが、いかんせん生き残りが少なすぎる。

 まさかこんな場所が戦場になるとも思っていなかったから、事前の策も用意していない。


 ……籠城戦か?

 いや、侵入場所は扉だけじゃない。窓を破られ突入されたらそれまでだ。すぐに囲まれてしまうだろう。

 そもそも自分で言うのもなんだが、俺は弱い。

 ガラハドと剣の訓練はしているが、武芸の才能は皆無だ。


 ……不味いな。詰んでいる。

 向こうに指揮官がいるならば一度、降伏を申し出るか?

 ……リスキーだが、それしか――


 まとまらない考えに身を委ねていると、袖を引っ張られる。

 見ると、ファティが神妙な顔つきで俺を見つめていた。


「……どうした? 少し待て、今助かる算段を……」


「違うの! 聞いて」

 全員の注目を浴び、ファティマがそれぞれを見わたす。


 そして自分の握りしめていた手を開き、俺にその手の平を差し出す。

 手の平には、細い鎖が取り付けられた小さな鍵が置かれていた。


「ロキ、皆、ちょっとこっち来て」



 聖堂の壁に描かれた幾何学な文様の上をファティの指先が流れていく。

 線と線が重なる場所に指を置いたファテイが、先ほど皆に見せた、鎖の先に着いた鍵を差し込んだ。

 瞬間、文様が輝き光を放つ。壁の一部がせり上がり、人一人が入れそうな穴が広がる。


「……これは、なんだ?」


「……私たちの役目はこれの管理。どこの教会にもあるみたいだけど、私たちは特別」

 戸惑う俺に、ファティは淡々と応える。


 管理だって?……なんの管理だ? 俺はこんなの、知らない。


「この先は?」

 鎌を持った女がファティに尋ねる。開いた隠し扉の先は階段になっていて、地下へと続いているようだった。


「行き止まりだけど、逃げ道がある。そこまでたどり着ければ――」

 謎かけのような発言だったが、最後まで聞くことは出来なかった。

 何故なら、静寂を守っていた聖堂の外が突如騒がしくなり、聖堂の扉が破られたからだ。


「行って! ここは私が!」

 扉から、窓から侵入し、突撃してくる兵を次々に鎌で切り倒す女。


「早く行け! 姫を守れ!」

 ファティと俺を階段へと押しやる男。


「待て、お前達は――」


「いいから先に行って。ここは絶対、僕らが通さないから」

 強がりを言って、階段の前に立つ男。

 三人の思いを受け取り、俺とファティは走った。


 ファティの手を握り締め、飛ぶように階段を駆け下りる。


 行けども行けども、同じ光景が続く。駆ける階段は行き先を示さず、永遠に終わらないように感じる。


 一点の青白い光が見えた。

 それは徐々に大きくなり、出口であることを俺に示す。


「ファティ、もうすぐだ! 頑張れ」

 後ろを走るファティは何も応えない。

 いつもの無邪気さは消え、ただ無言で俺に着いてくる。


 青い光が近づいてくる。

 どんどん、どんどん大きくなってくる。


 そして俺は辿り着いた。

 広い、ドーム型の天井を持った空間に。



「これは……コイツは……ッ!」


 その空間に入った瞬間に、“それ”は俺の目に入ってきた。


 それほどまでに、“それ”は目立っていた。


「これが……私たちの役目」


 ファティが“それ”に近づいていく。


 “それ”は宙を浮いていた。


 突如侵入してきた俺達を迎えるかのよう、淡い光を放っていた。


「……転移石。私達はこう呼んでいる」


 それは石版だった。一つの石版が砕かれ、その一部が宙を浮かんでいた。



 そして、俺は、その存在を“既に知っていた”


「これは……これは“石碑”だ……! 何故……何故ここにッ!?」

 俺がこの世界に飛ばされる前。


 常見重工ビルの地下にあった“石碑”。その砕かれた一部が浮かんでいた。



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