ロキ6 『謁見』

【ロキ⑨】

「お久しぶりです。父上」


「おう、来たか。ロキ。大きくなったな」

 六年ぶりに果たす親子の再会場所は、寝室だった。

 寝間着に身を包んだ厳ついオッサンが、無駄にデカいベッドに腰掛け俺に笑いかける。


 諸処の手続きをガラハドに任せ、半日かけてやっと面会の機会をいただいた訳だが、まさかこんな生活感溢れる場所での再会とは思わなかった。


「お元気そうですね。安心しました」


「はっはっは。今年で七十になるが、まだまだ萎むには早いわ。まあ、来い。座れ」

 バンバンと自分の隣を叩き俺を招きこむ。俺は犬か何かか。

 まあ、オッサンからしてみたら辺境に飛ばした俺など犬と変わりないのだろうな。


 俺は文句も言わず、国王の横に座り込む。

 部屋の隅で物置のようになっていた侍女が俺の横にローテーブルを引っ張ってきて、果物を搾り始めた。


 ……というかとんでもない美人だな、この侍女。

 父上の新しい妾かなにかか?


「どうだ、美しいだろう?」

 邪推しながら絞りたてのジュースが入ったコップを受け取ったところで、父上が俺の思っていたことを口にする。


「ええ。正直な話、見とれておりました」


「夜は冷えるからな。相承が気を利かせ、国中を探し最も美しい女を連れて来おったわ」

 ……抱き枕要員か。受け取る方もどうかと思うが、探す方も探す方だ。相変わらず内政に携わる奴らは碌でもない。


「丁度お前と同い年位だ。どうだ? 気に入ったのならばやってもいいぞ」


「……ご冗談を」

 俺は愛人など取るつもりはないし、そもそも父上の手つきにちょっかいを出すなど、余計な軋轢を生むだけだ。


「遠慮するな。ワシはあっちの方はもう駄目だからな。この女を知ってはいない。生娘だぞ」


「そういう問題ではないかと。……それに、本日はそのようなお話をしに来た訳ではありません」

 興味を示さない俺を見つめていた国王が、侍女に目を移し、人払いする。

 侍女が部屋から下がったところで、王の表情が変化した。


「……エスタール公国への婿入りの話だな。大体の流れは封書で確認をしておる」


「これを機に身を固めるのも悪くはないかと思っております。エスタールは風土も良く、民とも公家とも良き関係を築いております」


「そうだろうな。ワシもたまに使いをやるが、お前の噂は良いものしか聞かんよ」

 使いだと? いつの間にそんなのが来たんだ。俺は知らないぞ。


「だからこそ、今回の話は目を回したぞ。“公国の姫に手を出していた”だと? はっはっは、流石はワシの息子といったところだな」

 笑いごとじゃないが、それを押し通さないといけない立場なのが辛い。


「申し訳ありません。ですが、その責任はこの身にて償う覚悟です」


「ロキ、王をなめるな」

 急に口調が変わり、眼光鋭く俺を睨み付ける。


「この話、戯れ言だな。色を好むのは別に良い。だが、色に眩む男を見抜けぬとでも思ったか? お前は色に惑わされる男ではない。それは先ほどの侍女を見る、お前の目を観察すれば分かる」

 ……なるほどな。流石は国王といったところか。

 美女が近くに要るときに、俺がどんな反応を示すのか観察していたというわけだな。

 要するに試されていたという訳だ。抜け目のない……。


「お前は子供の頃より誰よりも聡明で、賢かった。そんなお前が後先を考えず姫を抱くなど有り得ぬ。であれば、今回の婿入りの件、別の理由があるな」


「意外ですね。父上は私に余り興味を持っていないかと思っておりましたが」


「子に興味を持たぬ親がどこにいる。ワシは国益の次に、息子達の未来を案じている」

 本当かよ。まあ、俺の話はいい。問題は嘘がバレてしまっていることだ。

 ……ここは正直に話していた方がいいな。


「……この件、ターンブル帝国が関わっております」

 俺の言葉に国王は少しだけ考え、続けた。


「姫に縁談が来たのだな。行政特区の俗国とはいえ、ルスランの領地だと分からぬ奴らでもないだろうに」


「相手は帝国側の公爵とのこと。姫は……少しガサツではありますが、美しく育っております。欲しくなったのでしょう」


「なんにせよ、領土を奪うわけでもない。姫を持っていくだけだからな。本国ワシらは文句だけしか言えぬ。その辺りの計算もあったのだろうな」


「とはいえ、元王朝に授かった唯一の子、一人娘です。王国側の心情として、旧王朝の血筋が帝国側と混じるのは喜ばしくないと感じるのでは?」


「論外だな。長い時間をかけ、エスタールを帝国側へ寝返らせる思惑が見え隠れしておるわ」

 ……議論が良い方向になっているな。このまま畳みかけるか。


「……帝国に諦めさせるため、王家と強く結び付けるためにも、ここで私がエスタールへと婿入りすれば――」


「ならん」

 俺の発言がバサリと切り伏せられる。


「ロキ、お前は王家の重みを軽んじている。長男であったとしても、五男であったとしても、王家が王族を婿に出すなど有り得ぬ。そんな前例など聞いたことがない。そもそも、婿入りする必要が何処にある」

 ……そこだよな。婿入りするのならば、そもそも――


「姫を得たいのであれば、ルスランの法に従い得れば良い。貰えば良い。それで長らく行政特区など中途半端な位置にいたエスタールも晴れて、ルスラン王国エスタール省へと変わる。王国の王子が納める領土が出来上がる。何故、それをしない? それこそが最もルスランに益があることであろう?」

 そうだ。恐らくこのオッサンが考えていたシナリオこそ、それなのだろう。


 エスタールは行政特区区画であるから、表立って内政に干渉することはできない。

 領地の一部ながらも独立した国家であることから、外部がちょっかいを出しにくいのだ。ルスランはそれを疎んでいたということか。


 だからこそ、比較的姫と歳の近い俺が送り込まれ、時間をかけてエスタール側の信頼を得た。そういうことなのか?


「……父上もエスタールが何故、行政特区区画であるかはご存じでしょう。民は旧エスタール王朝王族を盲信しております。その他何者にも染まりません。ルスランがエスタールを省として得たところで、反旗が揚がるのは目に見えております」


「染まらぬ民などおらんよ。民は自分で物事を考えたがらぬ。先導者がルスランに染まっておれば、民もそれに従うだろう。そうなってしまえば反旗など、小事に過ぎぬ」


「私に染めろと?」


「なに、苦労して染めなくとも、混ざれば良いだけだ。何を躊躇している。何を考えることがある。旧王朝王族の血を引きつつ、ルスラン王家の血を引く先導者を作れば良いだけではないか。反発はあるかもしれぬが、民の殆どは受け入れるだろうよ」

 俺は頭を抱えそうになる。

 このオッサンはつまりこういうことを言いたいのだ。


 俺とファティの子供を作り、ルスラン王国エスタール省に君臨させろと。


 ……俺がエスタールへ出向する前から計画されていたのだろうか。


 だとしたら恐ろしく良く練られた計画だ。

 俺が旧エスタール王朝の王族達と今の良い関係を築くのを見抜いていたということだからな。


 そこまでではなくとも、あわよくば俺が姫をかっさらえば上々だ、位には考えていたかもしれない。

 強制できる立ち位置の国家でないからこそ、あくまで、自由恋愛として。


 ちょっと、このオッサンをなめていたな。伊達に強国の王をやっていない。

 ……結局、俺もファティもこのオッサンの手のひらで転がされていたのか。


「何故、そこまでするのです。エスタールは敵国ではありません。碌な軍事力もない田舎の小国に過ぎません。今更敢えて支配する必要も、私が向かう必要もなかったのでは」


「そこだ。ワシが聞きたかったことは」

 父上が身を乗り出す。


「ロキ……お前は長らくエスタール王朝王族と深い付き合いを行った。……何も見ていないのか?」

 何も……? なんの話だ?


「質問の意図が分かりかねます」


「ラーフィア山脈へ向かったことは?」

 ラーフィア山脈だと? エスタールの南、平原を越えた所に位置し、登ろうとするとドラゴンが出ると噂されている山脈だ。何故、この話の流れでラーフィア山脈が出てくる?


「十二の頃、少しだけ。麓近くの教会聖堂へは向かいましたが……登りはしておりません」

 俺の回答をじっと見つめる国王だったが、暫く何かを考え、一人でなにやら納得する。


「なるほどな……どれ、少しだけ待て」

 父上が立ち上がり、机の引き出しを開け何やらごそごそと漁りだした。


「くれてやる。これを持ち、大聖堂へと向かえ。話はワシから通しておく」

 父上は拳大の鉱石を見せつけ、俺の手にしっかりと握り閉めさせる。


 それは宝石の原石を思わせる、歪な形状をした鉱石だった。


 透明な水晶の周りを赤黒いゴムのような物質が血管のように這い回っている。


「これは……?」


「“魔石”だ。エスタールでは縁がなかったかも知れぬが、お前も聞いたことはあるだろう」

 聞いたこともあるも何も、王族ならば知っていて当然だ。


 “魔石”とは、王国の軍団長以上に与えられる特殊な兵器だ。

 簡単に言うと、これを与えられた軍団長は『魔法』が使えるようになる。


 『魔法』といってもなんでも有りな訳ではない。

 魔石一つにつき一つの魔法。炎魔法が込められた魔石を持っていれば炎魔法が。氷魔法が込められていれば氷魔法が使えるようになる。という代物だ。


 まあ、実際は“手から炎が出せる”といった類いの単純な魔石は余りないと聞く。

 シンプルイズベスト。単純な魔法ほど強力なため、炎や氷、風魔法などの魔石は権力者が別で管理している。


 砂利を降らせる魔法や、自分と他者の位置を入れ替える魔法なんかは俺も目にしたことがあるが、そういった人の限界を超えた少し変わった能力を付けることができると考えていい。


「何故、魔石を大聖堂へと? ……そもそも、これはなんの魔石なのです?」


「それが分からぬからひよっこなのだ。大聖堂ならば“魔石”と“王族”の関わりについて、詳しく話せる講師もおろう。それを知れば、自ずと何故ルスランがエスタールを手元に置きたいか分かるはずだ」

 どういうことだ? エスタール公国の領内では魔石など見たことはない。そもそも、魔石なんてものは、ルスランでもごく一部の人間しか持てないレアな代物だ。


 それと、エスタールが一体なんの関係があるんだ。


「ともかく、お前の婿入り話は却下だ。ワシから直接書状を書こう。ホルマに叩きつけてやれ」

 ファティの親父である毛むくじゃらのオッサンの顔が浮かんでくる。


 オッサン、悪い。俺の親父は思っていたよりも聡明で、腹黒いようだ。


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