つばさ3 『ドラゴンの盟約』

【ノエル】  


「ノエル! 久しぶり!」

 ポロロ芋の収穫をしていると、畑の外側から可愛らしい声が飛んできた。

 マンドラゴラ種のルールー。

 人間で言うと、中学生くらいの見た目、人でいう髪の毛の代わりに植物の蔓と葉っぱを生やしてる。

 人間の領事館で働いていて、歳は私より一つ下の十五歳。最近仲良くなった友達だ。


「来てたんだ! ちょっと待ってて。これ抜いたら行くね」

 ジャガイモの様な植物を種芋の先から引っこ抜く。よしよし、ちゃんと子種を沢山作ってる。今日の貴重な炭水化物だ。


「あーあ、すっかり慣れちゃって。あのか弱かったノエルはもう何処にもいないんだねぇ」


「いやいや、最初っからいないよ?」

 これでもれっきとしたアウトドア派だ。人間時代の頃も夏になればおばあちゃん家で農作業を手伝ったりしてた。この位なら朝飯前だ。


「それにしても沢山採ったね。こんなに食べられる?」

 ポロロ芋が沢山詰まったザルから一つ取り出して眺めてる。私が集めて置いていたやつだ。


「私も食べるけど殆どお師匠様と子竜達が食べちゃうよ。その位なら一日で。一個持ってく?」


「うーん……野菜はちょっと苦手だからね。遠慮しとく」

 植物型なのに? 共食い感覚なのかな……ま、まあ好みなんて人それぞれだからね。

 農作業を一段落させてルールーの横に座りザルの横に置いといたお茶を飲む。


「ルールーがここに来たって事は館長さんも?」


「うん。まだ諦めてないみたいだよ。いつもの様にししょーさんとお館の中でお話してる」

 ししょーとはこのドラゴン山脈を人間から護ってるドラゴンの事だ。ルールーの中でも師匠で定着しているけれど、元は私が名前を聞いた時に長すぎて覚えられなかったからだ。

 クゥトリファヴァ……なんとかって言ってた気がする。三回聞き直したら師匠でいい、と言われて、以来それで通してる。


 ルールーが同行してきた領事館館長さんの方は本名を知らない。皆が館長って呼んでいるから私もそう呼んでる。

 ここ最近、週に一回のペースで館長とお師匠様がお館内で話し合いをしている。

 多分、今日も内容は魔族の街にいる子供達の事だろう。



 私が仲間達と助け出した人間の子供達。あの子達はまだ領事館の中にいる。


        ****


「ではどうしても認められない訳ですね」


「ああ。何度来ようが、どれだけ頼もうが、わしは首を縦には振らん。例外は無い」

 掘っ立て小屋みたいな質素な館内に入ると囲炉裏を囲んで正座している二人が目に入ってきた。私の想像通り空気が悪い。


 茶色の髪にメガネを掛けた館長さんが私たちの方をちらりと見てすぐに目を戻す。お館は標高が高い場所に建ってるので涼しいくらいだけど、額に汗を沢山かいている。


「どうかお見逃し頂けませんでしょうか? 人間と言っても子供三名。……いえ、一名ずつでもいいのです。しかも『越えて来る』訳ではありません。然るべき場所へと『還す』のです」


「くどい。これは古来よりの盟約じゃ。わしは誰であろうともこのドラゴン山脈を犯す人間は見逃さぬ。お主もそうじゃ『人間』よ」


「人間の私が許されるのであれば、子供達もどうか」


「許されるだと!? 許した覚えは無いわ! お主が勝手にここまで来て、わしが手にかける前に逃げ戻ってるだけの話! それも『越える』事を目的としとらんから目こぼしておるだけじゃ。調子に乗るでない」

 少しの間、沈黙が流れて、館長が一礼する


「分かりました。今日の所はこれで失礼させて頂きます。また来ますよ。もっと美味しい物を持って」

 師匠の横には『クレポンポン揚げ』って名前の揚げまんじゅうみたいなお菓子の包みが置かれてる。包みだけだ。全部食べちゃってる。ずるい。


「いくら来ようが無駄じゃ。小童じゃろうが『越える』人間は喰う。それがわしがここに存在する意味だからの」


「『越えてしまった』人間はどうです?」


「山脈を離れてまでは無理には追わん。じゃがわしにかかればこの山脈内だけで十分じゃ。誰であろうとも逃れられん」


「そうでしょうね。分かりました……こちらも作戦を練り直します」

 館長はもう一度、頭を下げて私の隣にいるルールーに目配せする。ルールーも一礼して私に手を振った。もう帰ってしまうらしい。仕事中だからしょうが無いんだろうけど、やっぱり少し寂しい。


「また来てくださいね。館長さん」


「ああ、すまないね。ホントはもう少しゆっくりしたいところだけど……なにぶん立て込んでて」


「すみません、師匠って変なところで頑固だから」


「大丈夫、館長って実は仕事の息抜きがてらにここ来てるから。どうせ来週にでもまた来るよ」


「ここの山登りはいい運動になるし、気分転換には丁度いいよ。ノエル君が気にする事は無いさ。それに元はこちらが無理を言ってる訳だしね」



「師匠も認めちゃえばいいのに……それがダメなら追いかけてるフリするとか」

 二人が帰った後、お菓子についてひとしきり文句を言った後に尋ねてみる。

 領事館にいる子供三人を人間の世界に戻すにはどうしてもこのドラゴン山脈を越えないといけない。

 でも人間がここを越えようとすると古代から山脈を護ってきた凶悪なドラゴン、なんて呼ばれてる師匠が襲いかかって来る。

 だからああして領事館の館長が許可を貰いにわざわざ来てくれてるんだ。まっとうな理由なんだし通してあげればいいのに。


「気持ちの上では少しは同情しておるがの。こればっかりはどうしようも無いのじゃ」


「魔族はオッケーで、人間はダメってのは何で?」

 魔族なら人間の住む大地にいくらでも行けて、いつでも帰ってこれる。でもわざわざ人間のいる所に行こうとする魔族はいないんだけどね。


「これは魔族側との盟約なのじゃ。人間は魔族と違い貪欲で卑しく、好戦的じゃ」


「そんな人ばっかりじゃないと思うけど……」

 元人間代表として言ってみる。


「全てはツガイの心を持たぬ事が原因じゃ。オスは沢山のメスを得る為にあの手この手を使いよる。メスもメスで次から次へとオスの気を引こうとしておる。どいつもこいつも碌でもないわ」

 そういう人たちがいることは認めるけど、師匠はなんか偏った人種ばかり見てきてるみたいだ。


「そういう輩と魔族との交流を分断する為、わしはここにおる。だがわしの役割は分断じゃ。この山脈を越えようとせんかぎり、先ほどの男や小童どもの命までは奪わん」


「人間との交流を避けたいんなら、還すって言ってるんだから許したら?」


「わしの認識の問題では無い。『山脈を越えようとする人間』を排除する。この盟約はわしの意思とは別のところにあるでの」

 オートマチックで発動する行動みたいなのかな。でもそれだと館長のここまで来る行動が無駄だってことにならないかな……。ちゃんと言ってあげればいいのに。でもお師匠様は館長が来る分にはそんなに目くじら立ててないよね。

 甘い物食べられるし。


「と言うわけじゃ。ノエルの言いたい事も分かるがこればかりは譲れんの」


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