サキュバス

つばさ1 『またね』

 放課後、私はセーラー服を着て、クラスメートを校門で待ち続ける。


 校門からは私と同じ年齢の子達がおしゃべりしながら楽しそうに去っていく。


 皆が同じ格好をしているけれど、それぞれに個性を出そうと頑張っている生徒達。


 平凡な中学校の情景。それを私は懐かしいな、と思いながら眺めていた。



 なんで懐かしい、って思うんだろう。私だって同じ学校の生徒のはずなのに。

 なんでもう見ることができないんだな、って思ってるんだろう。これからも毎日嫌って程皆と顔を合わせるはずなのに。


 男の子が慌てて私に駆け寄ってきた。私はその男の子を見て手を振る。


「ごめんね、日直長引いちゃって……待った?」


「ううん、いいよ。今日はなにも予定ないし」

 男の子が息を整えるのを、ゆっくりと待つ。


 もう名前も思い出せない。私のクラスメートの一人で悠人の友達だった筈だ。



 私の幼馴染みである白石悠人。



 遠く離れていった私の最も大事な存在。

 中学時代の私はその思いを大事に、大事にしまい込んで、蓋をしてしまっていた。


 その所為で同じクラスに居るのに。毎日教室で会えるのに。とても遠い存在になってしまっていた。


 あれ? 私中学生だよね。なんで中学時代、だなんて思ったんだろう。


「じゃあ、行こうか」


「うん」

 私たちは足を進める。街で買い物をするためだ。

 デート? ちがうよ。

 悠人の誕生日がもうすぐ来るからだ。



 悠人と私は中学三年間、たまに顔を合わせるだけでほとんど話をしていなかった。

 しょうがないかと割り切ってはいたけれど、ちょっとだけ寂しかった。


 中学三年生の頃、悠人と仲がよい男の子に突然話しかけられた。

 最初は緊張したけど、悠人っていう共通の話題があったからすぐに打ち解けた。


 その男の子には悪いけど、これがきっかけでまた悠人とお話できるようにならないかな……なんて下心もあった。


 ある日、男の子と話している時に悠人の話題になった。

 悠人の誕生日が近いって話。


 その頃はもう、悠人とそんなに話をしていなかった。中学になってからは誕生日プレゼントだってあげてない。

 今年もそのつもりだったけれど、この男の子、悠人の友達が勇気をくれた。


 私たちはお店に着いて、悠人になにが似合うのか色々話し合い、男の子は万年筆。私は安物のペンダントを選んだ。

 それでも、直接渡すのは恥ずかしかったので、男の子経由で渡してもらうことになった。

 悠人はどんな顔をして受け取るんだろう。それ以前に受け取ってくれるんだろうか。

 帰る道でそんなことを考えていた。


「……悠人のこと、どう思ってるの?」

 唐突に、男の子が尋ねてきた。


「どうって……幼なじみだよ」


「うん、知ってるよ」

 ちょっと困った顔をして男の子がうなずく。どう、と言われても困る。


「いや、学校では全然話しているのを見たことがないから……」


「私は別に話したくない訳じゃないんだけどね……なんでだろ」

 なんで、なんだろう。私はもっと悠人と話したいのに、悠人の前に透明な壁がある。

 近づきたいのに、足が勝手に離れていく。


「まあ幼なじみって一口で言っても色々だもんね。いいお友達、くらいかな」

 男の子は一人納得して笑顔を見せる。


「……そう、だね」

 悠人は私がいなくても、それでも気にせず学校を楽しんでる。

 私とはただの昔なじみのいい女友達。悠人からしてみたら、そうだ。


「……僕ら今年で卒業して、離ればなれになるかもしれないけど」


「うん……早いもんだ!」


「もしよかったら僕と……どうしたの?」

 あれ? どうかした? 人の顔を見てそんなにびっくりして……。


「え、なに……これ?」

 私の頬を涙が伝っていた。慌てて拭くけれど、次から次に流れてくる。


「ご、ごめん、大丈夫だから……ありがと」

 私の頬を涙が伝っていた。慌てて拭くけれど、次から次に流れてくる。

 男の子からハンカチを受け取り、目頭を拭う。なんだろう、どうして、私は泣いたんだろう。


「悠人のこと、好き?」

 そんな私を見つめながら男の子が聞いてくる。そうだ、私は悠人のことを考えていた。それで何故か悲しくなって……。


「うん、好き……大好き」


「……そう、解った。上手くいくといいね」


「駄目だよ……もう全然二人で話してないよ」


「僕からさりげなく伝えようか?」


「っ! いやっ! ……やめて」


「ん、解った。じゃあ僕からはなにもできない。後は二人の問題だ」

 そうだ、誰にもどうにもできない問題だ。

 私と悠人がこのまま離ればなれになってしまっても、それをきちんと受け止めなくちゃいけない。


「これは、僕から渡しとくよ。お礼、ちゃんと伝えるように言っておくね」

 私が選んだプレゼントを見せる。


「お礼なんて別にいいよ……」


「ううん、駄目だよ。人として、受け取ったならお礼言わなきゃ。」


「……ああ、そうそう」

 思いついたかのように、男の子が手を打つ。どこか芝居がかってるふうに見えるのは気のせいだろうか。

「その時にでも、高校の進路を相談してみるといいかもね。あいつ、悩んでたみたいだから」

 じゃあ僕は、と言って男の子は去って行った。

 あ、ハンカチ……まあいいや、ちゃんと洗って返そう。



 歩いているうちに、壊れた心の決壊が修復されて、気持ちが少しは楽になる。男の子には悪いことをしたな。一緒に歩いてたクラスメートが突然泣き出したんだ。きっとびっくりしたよね。

 明日会ったらちゃんとお礼言わなきゃな、と思いながら家の前まで辿り着く。


 あれ、家の鍵が……おーい、カギー、かぎー。


「おい」


「ひぁあうん!?」

 突然声を掛けられ振り向くと、悠人が立っていた。


「なんつー声出してんだ」


「び、びっくりしたぁ……急に声かけないでよ」


「あー、悪い、そこで見かけたから、つい」

 久しぶりの、悠人との会話だ。余計に鼓動が早くなるけれど、それを意識しないようにしていつも通りになろうとする。


「別にいいけどね。どうする? た、たまには部屋によってく?」

 話しかけるまでの壁は有るけれど、話しかけてしまえば、一瞬で昔のような会話ができる。不思議だ。


「あー、……いいや、すぐに出かけなきゃならないし」

 悠人の返答にほっとする。勢いで言ったけど、最近部屋の掃除をサボってる。見せてはいけない物が転がってた。


「塾? 頑張るねー受験生」


「お前もだろ、受験生」

 とりとめのない会話で笑い合う。そのうちに悠人がそろそろ、と切り上げてきた。


「……じゃあ、またね」


「……ああ、またな」

 次の『また』はいつ来るんだろうか。

 タイミングが合わなければ二度と来ないかもしれない。

 それでも次があるかもしれない、そんな希望があるだけでも十分だ。

 その『またね』を楽しみにして生きていけるから。


           ****


 見慣れたノエルの部屋の中で、私は目を覚ました。



 つばさの大切な過去、記憶の霧が払われていく。

 そして代わりに押し寄せる後悔。

 私が今ここで生きていることに自責の念をかられる。


 悠人との思い出に浸っていたかった。

 中学生時代どれだけ辛くても、希望があったから。


『またね』の可能性があったから。


 今の私にはもうその 『また』はない。

 悠人は死んだから。私も死んだから。


 私だけ、再び生を受けて魔族として、十六年間も楽しく暮らしてた。

 大変なこともあったけど、私だけ、幸せにのほほんと生きてきた。


 今の現状は、その罰だ。

 悠人のことを忘れられてないのに、魔族として生きようとした私の罪だ。


 私は、私のことを好きだ、と言ってくれていた存在を殺してしまった。


 彼の心を、殺してしまった。




 私はもう、幸せになんてならなくていい。


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