ノエル22 『第一章 エピローグ』

 今日の晩ご飯はメルビルラビットの甘辛煮だった。……ついにやってしまった。

 美味しく頂いちゃいました。耳までとても美味しかったです。はい。

 私とフィリーは最近、晩ご飯の食後に運動を兼ねてのお散歩をしている。ある日、お母さんから「あなた、太ったんじゃない?」とド直球の発言を投げかけられ、「おう、俺も思ってた」と横に居たフィリーから追い打ちをかけられた。

 運動して絶対痩せてやる! 絶対続かねぇよ! と言い争ってるうちに、いつの間にか一緒にウォーキングする事になってしまい、今に至る。

 ……フィリーやる必要無いじゃん、飛べるし。まあ、話し相手が居るのはいいんだけどね。


「あ、今日また領事館行ってきたよ!」

 私は歩きながらフィリーに話しかける。


「あいつら元気してたか?」


「うん、鷹のお兄ちゃんによろしくー! って言ってた」

 私達が助け出した人間の子供三人は領事館の中で元気にしている。人間世界側へ移動するのは中々難しい事らしい。でも方法が無いわけじゃないらしいので、そのうち戻る事が出来るだろう。

 その間だけでも、と私が遊び相手を任されていた。見た目が取っつきやすいらしい。……まさか子供っぽいとかじゃないよね? 子供は嫌いじゃないからいいけど。


「……この前は済まなかった」

 唐突にフィリーが頭を下げる。……この前?


「え? なに、どうしたの?」


「お前に手を上げた。……だから、お前も俺を殴れ」

 そう言ってフィリーは頬を差し出してくる。なにその少年漫画的思考。


「もう忘れてたよ。気にしてないから」


「俺が気にするんだよ」


「あれのお陰で目が覚めたんだから、むしろ私がありがとうって言わなきゃ」


「ノエル!」


「しつこーい! 解った、じゃあ今度火炎弾一回ね」


「お、……おう」

 ちょっとフィリーの顔色が青くなって、何か変な覚悟を決めたみたい。この位で十分だ。本当にやるつもりなんて無い。

 私は空を見上げる。満点の星空が、暗闇を照らす。月が見当たらないけれど、星のきらめきが大きいから寂しさは感じない。

 よし、伝えよう。私はいつか言わないと、と思っていた覚悟を決める。


「ねえ、今なら、聞いてくれる? あの時の言葉……それと、私の話」

 叩かれたあの時、言えなかった言葉、フィリーに伝えたかった私の中身。


「……ああ。聞く」

 フィリーは私の前に立ち、真っ直ぐ私の方を見ている。


「私ってね、人間なんだ」


「はぁ?」


「……きいて、私の中にはね、人間として暮らしてた時の記憶があるの」

 ずっと黙ってたこと。言っても信じてくれない、と思ってた事がするりと出る。


「そこではね、私とすっごい仲が良かった男の子が居た。フィリーみたいに、ちっちゃい頃はずっと一緒に居た。喧嘩もして、悪戯だとか酷い事もいっっぱいされたよ。私の方も嫌な事いっぱいしたし、もう口もききたくない! って何度も思った」

 フィリーは黙って、私の目を見ている。


「でもね、次の日になったらもうすっかり忘れてるの。喧嘩してたことも、前の日にされた酷い事も。その日、その子と顔を合わせる事が楽しみになって、昨日の悩みなんてすぐに吹き飛んじゃう」

 それが、私と悠人の関係。どんな状況になっても、どんな世界に行っても、忘れる事は無い大切な思い出。


「それが、私が好きな人。大事な人」

 馬鹿だ。これじゃ私は頭のおかしな子だ。夢見がちで、現実との区別が付いてない。誰だってそう思う。


「ごめん、いきなりこんなこと言っても信じられないよね」


「……信じる」

 ぼそり、とフィリーが言った。


「信じられるの?」


「俺が何年、ノエルを見てきたと思ってんだ。信じるに決まってんじゃねーか」


「……そうだよね」

 フィリーはいつでも私の事を解ってる。嘘を言ったら解るし、本当の事を言えば、ちゃんと聞いてくれる。この世界での、一番の理解者だ。


「……っしっかし、ガキだなお前は。昔の思い出にばっかり引きずられやがって」


「な、フィリーにガキって言われたくないんですけど」

 十六歳も年下の癖に。私もまあ、十六歳上って自覚は無いけど。


「おうよ、俺だってまだまだガキんちょだ。一人じゃ何にもできねーガキだ。この前つくづく、そう思った」

 そんな事は無い。フィリーが居なかったら、あの場は何も出来なかった。


「俺たちはまだまだガキだ。だから恋愛(つがい)ゴッコしてても上手くなんかいかねぇ。他の奴らより遅いかもしれねぇけど、俺たちのペースでやればいいさ」

 いつも通り、私たちの十六年間の関係でやっていこう。そう言いたいのだろう。


「……うん、そうだね。私たちは、私たちだもん」

 焦る必要なんて無い。魔族の寿命は長いんだ。私は家族と暮らす今、フィリーと過ごす日々をとても気に入ってる。この生活は何よりも代え難いもの。だからそれに甘えて、もう少しこのまま暮らしていきたい。


「ねぇ、フィリー……」


「おう」


「私はフィリーと生まれて良かったよ」


「ああ、俺もだ」


「魔族に生まれて良かったと思ってるよ」


「ああ。ノエルが人間じゃなくて良かった」


「でもまだ悠人が好きだよ?」


「ユート? ああ……好きな相手か。別にいい。どうせ俺にはまだ早いんだから。ただ……」


「ただ?」


「これから、ノエルと一緒に居るのは俺だ。喧嘩するのも俺だ。酷い事だって一杯する」


「……それはしないで貰いたいかなぁ」


「俺らは俺らで思い出を作る。良い思い出も、悪い思い出も。それでいつかお互い大人になったら、そんときにノエルが決めればいい」


「……解った。フィリーがそれでいいなら、私もそうしたい」


「だからそれまで……一緒に居させてくれないか」


「……うん。こちらこそ、よろしくお願いします」


「俺はお前の事が好きだから、今まで通り一緒に居たい」


「なんか……面と向かって言われると恥ずかしいんですけど」


「お前は鈍感だからな。俺だって恥ずかしいから、もう二度と言わねーけど」


「あのね、フィリー」


「うん?」


「私はまだ好きな人居て、フィリーに応えられないけれど……待ってて」


「おう、ずーっと待ってやる」


「いつになるか解らないよ?」


「ずっと他の相手が好きでも、俺にとってお前は大事な存在だ。だから俺は死ぬまで待つ」


「うん、……ありがと」

 フィリーの目を見る。その純粋で、真っ直ぐな瞳は幼い頃から見てきたまま。きっとフィリーは本当にずっと私の事を待っててくれる。


 魔族の心は揺るがない。ずっとずっと変わらない。それはとても安心する。安らげる。

 私の心は人間のままだから、想いは揺れ動く。でも心が揺れる事が悪い事じゃない。

 沢山訪れる愛情の中で、自分で一つを選ぶなら、それはとても大事なものになる。


 だから私は人間の心のままで良かった。

 人間の心のまま、魔族を、フィリーを愛する未来。それはどれだけ幸せなんだろう。

 それまで、それが出来る日まで、ゆっくり待っててね、フィリー。





   私は、フィリーの頬に手を当て、顔を近づける。



   フィリーは少しびくっとしたけれど、私の顔を見つめたまま。



   悠人ゴメン。この位は、いいよね。



   だってずっと待ってくれるんだもん。私なんかの為に。










   私は彼の唇に……

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