生まれの片一羽

ノエル1 『二度目の十六歳』


 ―― 生まれの片一羽 ――


「あら、ノエルちゃん。お母さんのお手伝い?」

 馴染みの野菜売りであるシーカー族のおばちゃんに声をかけられる。シーカー種はカマキリがそのまま大きくなって服を着たような見た目をしている種だ。

 正直年齢とか見ただけだと分からないんだけど、おばちゃんが自分で自分のことをおばちゃんと呼んでるからおばちゃんなんだと思う。

 両手が鎌になっていて、透明になれるのが得意だって言っていた。


「ええ。今日は私たちの誕生日なんで、お母さん張り切っちゃって」

 既に私の両手には大荷物が沢山握られている。晩ご飯の材料だ。


 買い物を頼まれた時は暇だったし、なにも考えずにリストを受け取って鼻歌交じりに商業区まで向かってしまったけれど、いざお買い物リストを開いてみたらゲンナリしてしまった。

 お母さん……いくら私達の誕生日だからって一週間分くらいの食材いっぺんに買って料理とか、一体どんな超大作を作るつもりなんだろう。

 

 防壁から吹いてきた悪戯な風が私の身体をなでつけて、転ばそうとしてくる。

 枯れ草で編んだ帽子が私の長い髪と共に風で揺れる。飛ばないようにするのが大変だ。


 今日の私は白のワンピースにサンダルと、サキュバスにあるまじき格好だ。

 全部お母さんの手作り。なんかお母さんは子供の頃黒い服ばっかり着せられたらしくて、私には白い服ばっかり着せてくる。もうちょっと色のコーディネートを……とも思うけれど私は服を作れないので文句も言えない。

 それによく考えたら一部魔族は裸で歩き回ってる世界なので気にするだけ無駄、という結論に達した。


「あらあら、大変ねぇ、ノエルちゃんいくつになるの?」

「今年で十六歳です」

 二回目だけどね! 元いた世界と合わせると……アラサー……いや、私はまだ十六だ! 誰がなんと言おうと十六歳だ!


「早いわねぇ……もうそんなになるのね。いいわ、まだ持てるでしょ? おばちゃんの奢り!」

「いいんですか!? ありがとうございます!」

 おばちゃんが果物をいくつか見繕って渡してくる。ってか、おばちゃんの手……っていうか鎌に果物がくっついてるんだけど、どうやってくっつけてるんだろう。

 ま、いっか。細かい事は。貰える物はありがたく受け取ります。


「ノエルちゃんも綺麗になったし、悪ガキだったフィリーも立派になって。……おばちゃん嬉しいわ」

「あははは……色々とご迷惑おかけしました」

 主にフィリーが。あいつ今でこそ落ち着いたけど、市場で働いている人達に悪戯をしょっちゅうしてた。その度にお母さんだとか私だとかが謝りに行って大変だった。


「こりゃあ、あんたらの子供も楽しみねぇ」

「ふぇ!? げふっげふっ」

「だ、大丈夫?」

 おばちゃんがしみじみと変なこと言うので喉に唾を詰まらせたじゃないか。

 あれか、とっとと良い相手見つけろよという老婆心か。


「まだ早いですよー。そんな相手もいないですし」

「なに言ってんの! フィリーが悲しむよ」

 フィリーが悲しむ……? ああ、私に結婚相手ができたらってことね。


「そうかなぁ……『ははっ! せーせーしたぜ!』って言いそう」

「駄目よ、そんなに自分を悪く言っちゃ! ノエルちゃん綺麗なんだから自信持ちなさい」

「え、私?」

 おかしい、さっきからおばちゃんと会話がかみ合ってない……気がする。

 こんなときは、さくっと切り上げよう。

 適当に相槌を打ち、お礼を言っておばちゃんの店を後にする。さあ、後はお母さんと料理開始だ。


      ****


「……ってことがあってさーおばちゃんも気が早いよね」

 ポロロ芋の皮を向きながらお母さんに話しかける。ここ最近はお父さんの現場は人……魔族手が足りているとのことで、主に家の中のお手伝いをすることが多い。


「あら、そんなことはないわよ。十六歳になったらもう子供産めるんだから」

 お母さんは私がこの世界に来て、初めて見た時のままの姿。相変わらず大人の色気がむんむんだ。勝てる気がしない!

 魔族は一部の種族以外みんな寿命が長くて、成体になれば何百年も同じ姿のまま生きるらしい。


「ちょっとお母さんまで。やだよ、まだ相手も見つけてないんだ……か、ら?」

 その私の言葉に、息を呑むお母さん。え……なに? なんか怒ってる?

 コトコトとお鍋の蓋が立てる音が、やけに大きく感じる。


「ノエル、ちょっと座りなさい」

「えーえっと。お鍋、吹き出るよ」

「いいから、こっちに座りなさい」

 怖い。いつかの灰色の猿事件の時よりよっぽど負のオーラが出てる。こんな時は逆らわない方がいい。私はスゴスゴとお母さんの前にある椅子に座る。


「……何か私たちに不満でもあるの?」

 えーと、質問の意図が読めません。


「ないよ。私ここの家族で良かったと思ってるよ」

「じゃあ、どうして? 何かフィリーに酷いことされた?」

「フィリー? え、なんで?」

 酷いことって言われても……昔、鞄にアースウォーム詰められたり、コケトリスけしかけられたりだとか? でも今はめっきりそういう悪戯してこないし。


「お父さんには、黙ってるから。……話して」

「いや、そんな深刻な感じ出されても困るというか思いつかないというか」

「……じゃあ相手がいないって言ったのはどうして?」

「ふぇ? ……? だって、いないのに理由なんて……」

「フィリーじゃ不満?」

「フィリー!?」

 はっ? いや、……は? なにこれ? どういうこと?


「昔こそ色々悪さしてたけど……あんなのお父さんに比べたら可愛いものよ」

「え……いや、フィリー? え、なに言ってるのお母さん」

「不安になるのも分かるけど……オスなんて叱りつければすぐおとなしくなるんだから」

「それはお父さん見てれば分か……じゃなくて! 兄妹だよね。私たち」

「そうよ。どっちも私が苦労して産んだんだから」

 駄目だ。私の理解をぶっ飛んでる。話が進まない。


「あなた、フィリーのことどう思ってるの?」

「どうって……喧嘩もするけど仲の良い兄というか弟というか」

「愛してる?」

「へ!? そ、そ、それは家族愛?」

 なんかお母さんが眉間に手を当てて考え込んでる。

 今の話をまとめると……どうやら私はフィリーと結婚する流れ? いやいやいや!


「……そうだったわね。あなた、昔から本が好きで、普通の魔族より飛び抜けて頭良かったわ」

 まあ、それは二度目の人生ということで、色々事情があるからしょうがない。


「色んな知識を先に植え付けちゃったものだから、魔族の本能、言われなくても分かってる部分が分かってなかったのね」

 それは多分アレかも。私が元々、別世界の住人だから。


「……あの、もしかして魔族って兄妹で結婚するのが当たり前?」

「結婚? 人間のアレ? そんなの魔族しないわよ。交尾をして、つがいになる。そして、未来のつがいを生む。それが私たちよ」

「つがいって……じゃあお母さんとお父さんも?」

「あなたたちと同じように一緒に生まれて……今はずっと一緒に暮らしてる」

「そ、そうなんだ……ははは」

 確かに私は、そういう道徳的な部分というか保険体育で得るような知識が得られなかった。この世界に学校なんてなかったから。

 今のお母さんの発言で大体は言いたいことが分かった。


 魔族は別種同士で夫婦になり、子供を作る。子供は必ず二人一組で生まれる。

 私の家庭からの推測だけど、生まれてきた子供は必ず男女でそれぞれの親の種を受け継ぐ。魔族という生き物は、遺伝子が交わらないようにできているんだろう。

 その生まれてきた双子は成長した後に夫婦になることが定められていると。


 なにこのダイナミックな許嫁制度。


「もし片方が死んじゃったりしたら……?」

 この際だから気になったことは聞いとこう。自分の親とこういう話をする機会はそんなにない。


「交尾前なら『片一羽カタワレ』ね。他の異性の片一羽カタワレと心の中が繋がるわ。どんなに遠くにいても、お互いがどのあたりにいるのかなんとなく分かるようになる」

 素敵、なにその運命の赤い糸システム。それだけで恋愛小説一本書けそう。


「でもね、そんな不吉なこともう言わないで。生まれのツガイが一番幸せになるんだから」

「あー……そうだよね。ごめんなさい」

 ですよね。お母さんにとっては、もしフィリーが死んだらって話になるわけだし。


「もし、……えーもしもだよ。お互いに嫌になったとしたら?」

「交尾前?」

「……です」

 あんまり年頃の娘の前で交尾交尾連発しないで。……年頃の娘? ここにおるわ!


「『人の意識ヒトノイ』ね。人の意識、でヒトノイ。魔族のしがらみを自分から抜け出したわけだから、人間のように自分で相手を探すしかない。でも魔族はツガイが決まってるから……人間と生活する魔族もいるみたい」

 なるほど。許嫁がどうしても嫌なら自由恋愛もできるんだ。


「でも、それで幸せになった魔族なんて見たことない。人間は移り気が多いから……

それに例え魔族同士でも生まれのツガイ以上の存在なんていない」

 少なくともお母さんはそう信じてる。だから、私のことを心配したわけだ。魔族にとって、生まれた時のツガイが夫婦になるのが当たり前だから……あれ? ちょっとまって?


「じゃ、じゃあもしかしてフィリーは分かってる?」

 お母さん……実の娘に向かってそんな可愛そうな子を見る目を向けないで。


「……すぐにフィリーと会って話してきなさい。気が付かなかった私達も悪いけど……ずっとあなたフィリーに失礼なことしてたんだから」


      ****


「はあ……気が重い」

 私はトボトボと、フィリーが働く職場へと向かっていた。できることならこのまま隠れて一週間ほど考え込みたい。フィリーと私のお弁当を持ってるから無理だけど。お母さんが鬼の形相で渡してきた。


 なんだかんだで仲が良い兄妹だ。と思っていたら実は許嫁でしたー。とかどんな冗談ですか。私は全く気が付いてなかったよ。気が付いてなかったんだから失礼なことしていた自覚もない。だから会って何を話せと。そもそもこんな話を聞かされてどんな顔でフィリーと会えばいいのかと。


そして私がフィリーに会いたくない理由はもう一つある。私が十六年間暮らした、もう一つの故郷が頭をよぎっているからだ。

 日本に戻りたいだとか、そんなことは諦めてる。

 そうじゃない。

 私には物心ついた頃から好きだった人がいた。あの日、私がこの異世界に飛ばされた日、こんな私に告白してくれた男の子、幼馴染みの白石悠人だ。


 思い返せば、今のフィリーは悠人と同じような存在なのかもしれない。幼い頃よりずっと一緒にいて、隣にいるのが当たり前の存在。違うのは私自身が兄妹だと思っていたかどうか。


 でもフィリーは悠人じゃない。

 私はこんなんでも、こちらの世界に飛ばされてから悠人のことは忘れたことがない。

 十六年経った今でも悠人の存在を思うと胸が締め付けられる。

 でももう悠人は死んだ。もう会えない。

 あの白い光の中、私は確信した。

 フィリーが悠人の生まれ変わりなら良かったのにと何度も思った。


 失礼な話だ。

 でもそうじゃないことは、こちらの世界でフィリーと十六年間いっしょに暮らしてきた私が一番良く分かってる。


 もしかしたらこの世界のどこかで悠人も生まれ変わっているかもしれない。

 でもそれってどう探せばいいの? ただの小娘の私が世界中の男の人に聞いて回るなんて不可能だ。

 私が生まれ変わったから、悠人も生まれ変わってるかもしれない、なんてのはただの私の願望だ。そのためにこの新しい人生を犠牲にするなんて、死んだ悠人自身が許さないだろう。


 結局ウダウダ考えてるけども、単純なところ、私はまだ……今はまだ悠人のことが忘れられてない。だからフィリーのことも恋人として想うことができない。そんな結論に至ってしまう。

 でも魔族として生まれ変わったからには、両親のためにも、フィリーと自分のためにも、ツガイの慣習に従って収まるところに収まったほうがいい。

 別にフィリーのことも嫌いなわけじゃない。兄としてみても、弟としてみても好きか嫌いかで言えば好きだ。一生一緒に暮らせと言われれば、案外苦労もなく暮らせそう。

 でも、それでいいんだろうか。恋人としての愛情がなくても……


「ああぁあ! どうしよう! まとまんない!」

「なーに一人ででかい声出してんだ」

 赤が目の前に降り立った。


「ぎゃあああ! でたーーー!!!」

 父親譲りの大きな赤い羽根。余分な脂肪がついていない、かたく締まった身体。

 私のツガイであるグリフォン種のフィリーが、私の大声に驚きの表情を浮かべていた。

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