第72話『世界の管理』

「この世界が、何故滅ぶのか。簡単にいえば魔力の供給過多じゃ」


 この世界には魔力がある。


 そしてそれはこの世界に必要不可欠な、魔法、魔術、魔道具の動力源となっている。


 魔力の供給源というのは世界その物であり、それは世界から染み出すような形で生まれてくるらしい。


 その供給量を決めるのも原則として世界そのものであり、それは需要に伴って自動調整されるようになっている。


 つまり、世界での魔力消費量が多ければ供給量も増え、魔力消費量が少なくなれば供給量も減る、といった具合に。


魔力とは、人類にとって貴重なエネルギー源であるとともに、魔物を生み出し、活動させる力の根源でもある。


 もし魔力消費量が少ないにも関わらず、魔力の供給量が多いままだと、余った魔力で魔物が生み出されてしまう、ということになる。


 そんなわけで、この世界の管理者は、人類の魔力消費量に合わせて、上手い具合に魔力が供給されるよう設定していたらしい。


「ま、その管理者というのはワシの前任者の事なんじゃがの」


 ただ、魔力供給量の変化というのは、急激に出来るものではない。


 魔力供給量は100年単位でゆっくりと変化するので、需要と供給のバランスには微妙なズレがあった。


 そのズレが人類にとっては時に試練となり、それを乗り越えることで文明は発展してきた、という側面もある。


「さて、お主は500年前の大飢饉の話を知っておるな?」


「えっと、危うく人類が滅亡しかけたって奴だよね? 賢者サンペーのお陰でなんとか持ち直したみたいだけど」


「うむ。まさにあの大飢饉が今日こんにちの滅亡の遠因となるわけなんじゃが……」


 500年前の大飢饉。


 それは当時の管理者にとって、想定以上の被害が発生した。


 それまで順調に人口が増え、魔法も発展していく中で魔力需要も高まり、それにともなって供給量も増えていった。


 そんな最中に起こった未曾有の大飢饉。


 人口は激減し、その結果魔力需要も急落。


 供給過多の状態となった。


 魔物の異常発生、ダンジョンの活性化が起こり、それらが飢饉で苦しむ人類に追い打ちをかける。


「あやつが人類の強かさというものを、もう少し信じておればのう……」


 お稲荷さんの見解だと、この程度のことで完全に滅亡するほど人類は弱くない、ってことなんだが、前任者はそこを信じきれなかったらしい。


 そこで最初に行ったのが、魔力供給量の削減。


 本来100年単位でゆっくりと変化するはずの供給量調節を、無理やり早めることにしたそうだ。


 だからといって1年2年で変化するわけではなく、100年が50年に縮まる程度。


 しかも、自動調節であれば需要に合わせて細かく増減するところを、無理やりテコ入れしたもんだから、その先50年は何があっても供給量は減る一方となった。


 しかし、すでに発生した魔物が消えるわけでもなく、しばらくはまだ魔力供給過多の状態が続くので魔物の脅威は消えないし、飢饉は解決していないので人口増加も見込めない。



 そこで第二のテコ入れとなる。


「魔物を減らすか、人口を増やすか、じゃな。そのための異世界人召喚を前任者は行ったのじゃ」


 圧倒的な力で魔物を駆逐する勇者召喚か、飢饉を脱し、人口増加を手助けする賢者召喚か。


 無論後者が選択されたのを俺は知っているわけだが。


「せめて勇者召喚にしとけばよかったんじゃが、あやつは中途半端に優しくてのう。魔物が可哀想とかワケのわからんことをぬかしおって、最悪の手段をとってしもうたんじゃ」


 あとはご存知の通り、賢者サンペーのもたらした知識により飢饉から脱した人類は、順調に人口を増やし、そして増えすぎた。


 この人口爆発と、前任者がとった魔力供給削減措置が、最悪の形で交錯する。


 で、資源を奪い合う戦争の始まりってわけだ。


「ショウスケよ。お主、この世界が妙に平和じゃと思わんか?」


「ああ、そっすねぇ。こんだけいろんな人種が居て、それなりに国が存在するのに、争いごとが少ないなぁとは思ったかなぁ」


「出来るだけ争うことのない世界で文明を発展させる、というのが、前任者がこの世界を管理する上で掲げたコンセプトだったのじゃ」


「まぁ、悪くないと、俺は思いますけど」


 俺だって戦争よりは平和の方が好きだし。


「しかしの、魔物を駆逐するのですら可哀想とか言うボケた平和主義者が、100年も続く戦争なんぞ見たらどう思うかの? しかもその原因を作ったのは己自身ときておる」


「あぁ、辛いっすね、そりゃ」


「結局前任者は心を病んでしまっての。ここで人類の逞しさを信じておれば、例えあと50年戦争が長引いたとしても世界が滅亡するような事にはならんかったろうな」


 お面で表情は見えないが、お稲荷さんが悲しげな雰囲気でため息を吐く。


 隣りに座るコンちゃんは、特に茶々を入れるでもなく、すまし顔で話を聞き入っていた。


「さて、追い詰められた前任者はこう思ったわけじゃ、”資源さえあれば争いごとはおこらない”とな」


「はは……、また安易な」


「まぁ、それは事実ではあるんじゃが……」


 ん……?


「ちょっと待って」


「なんじゃ? 話の腰を折るでないぞ」


「いや、ちょっと気になる言葉が……。えっと、資源さえあれば戦争って起こらないの?」


「そりゃそうじゃろう。ちょっとした諍いならともかく、いくさレベルでの争いの原因というのは例外なく資源の奪い合いじゃからの。これはどの世界、どの時代でも変わらんわい」


「……いやいやいやいや、ちょっと待ってお稲荷さん。人類ってそんな単純じゃないよ?」


「お主きちんと歴史を勉強しとるか? お主の世界でも古来より戦の原因といえば資源の奪い合いじゃろうが。まぁアホなお主にわかりやすく言うとくが、エネルギー源はもちろん、土地、人、金、知識、技術なんかも立派な資源じゃからの」


「ああ、うん、そうだろうけど、俺らの世界に限っては、戦争の原因は複雑だよ? そりゃもちろん領土や領民の奪い合いってのもあるけどさぁ。宗教問題とか民族紛争とか、いろいろあるわけよ」


「そんなもんはただの化粧じゃ」


「化粧?」


「そうじゃ。資源の奪い合いという真の原因を隠すために施された大義名分という名のな。お主の言う宗教戦争や民族紛争で儲かる者はひとりもおらんのか? おるじゃろ? つまりはそういうことじゃ。くだらんことで話の腰を折るでない」


 ……俺的にはかなり興味深い話なんだけどなぁ。


 まぁ、元の世界で全人類に必要な資源が行き渡る時代なんて俺が生きてる内に来るもんじゃなかろうし、なんだかんだ言っても他人事か。


「えーっと、どこまで話したかの」


「資源さえあれば戦争は終わるって話」


「おう、そうじゃったそうじゃった。まぁそんなわけで前任者は例のごとく魔力供給量を変更し、今度は大幅に増やす方向へ舵を切ったわけじゃな」


 そして魔力供給量がじわじわと増え始めたが、さらに予想外のことが起こる。


「やはり人類は逞しいの。魔力がないなら、ないなりに何とかしようとし、それまで軽視されていた魔術を発展させたわけじゃ」


 魔法と魔術の違いは魔術講座で教わったが、簡単にいえば魔力を使って好き勝手出来るのが魔法、効果を限定させることで使用に必要な技術を省略し、魔力消費量を抑えたのが魔術って感じ。


 つまり魔力がきっちり供給されさえすれば、自由自在に使える魔法のほうが使い勝手はいいわけだ。


 でも魔力供給量が少なくなり、満足に魔法が使えなくなった人類は、少ない魔力でも必要な効果を出せるように魔術をどんどん発展させていった。


 戦争による人口増加の軽減と、魔術による魔力消費量減少、そして管理者テコ入れによる魔力供給量増加がうまい具合に噛み合い、無事戦争は終結。


 潤沢な資源を元に文明が発達し続ける時代が到来し、この世界の人類は末永く平和に暮らしたとさ。


 どっとはらい。



「……などというわけにはいかんわな。ワシが前任者からこの世界の管理を引き継いだのはちょうど戦争が終わって100年ほどたった、まぁお主の世界風に言うところの高度経済成長期とでもいう時代じゃったかの」


 前任者テコ入れによる魔力供給量の無茶な増減。


 それが狂気の沙汰の始まりだったワケだ。

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