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そこは何の変哲もない、橋の上だった。すぐ下を、市内を貫く一級河川である白砂川が流れている。交通量はそれなりに多く、ひっきりなしに車が行きかっていた。
春の陽気は一転して、冬の肌寒さに逆戻りしている。太陽は忘れ物にでも気づいたように少し遠くへ離れ、風はひどく冷たかった。音の響きさえどこか虚ろで、大切なものをどこかに置いてきてしまったようでもある。
歩行者用の通路には、室寺のほかに誰の姿もなかった。傍らを、自動車が鈍い響きを立てて通りすぎていく。室寺は橋のちょうど半ばあたりで、仁王立ちしていた。川面を眺めて哲学的な思考にふけっている、というわけではない。まるでボードゲームの一旦休憩のマスにでもとまってみたいに、ただじっとしていた。
やがて室寺は、おもむろに構えを取った。
足の開きを肩幅にとって、軽く腰を落とし、脇を閉めて、握りを上に向けて右拳を地面と平行に置く。そのまま息を整え、打撃の一瞬を準備する。
「――!」
と、室寺は空気を圧縮するようにして拳を突きだした。
その腕は何もない空間をただ素通りするだけのはずだった。
はずだった、が――
室寺の一撃は、空中のある場所でぴたりと静止している。自分で打突をとめたわけではない。打撃音も衝撃波もありはしなかったが、その拳は確かに何かを殴りつけていた。
本来なら、魔法の力をこめたその一撃は、どんなものでも破壊できるはずだった。鋼鉄の扉だろうが、ぶ厚いコンクリートの壁だろうが、室寺にはコピー用紙を突き破るくらいの容易さで粉砕できるはずだった。
とはいえ、それが「世界そのもの」ということになれば、話は別である。
鴻城希槻がどんな手段を使ったのかはわからなかったが、そこには見えない境界ができあがっていた。一種の結界といってもいいだろう。それは都市一つをまるごと包みこんでしまうほどの、桁違いの大きさだった。その境界線を越えて、魔法使いが移動することはできない。あたかも、物語と物語のあいだを、その登場人物が行き来することはできないように。
それはつまり、もはや外部からの応援を期待することはできない、ということでもあった。
「くそっ」
室寺は見えない世界の壁を殴りつけた。手応えすら感じないというのに、そこには厳然とした世界の違いが存在している。
「これで俺たちは、密室の中ってわけだ――」
と室寺はつぶやく。
その傍らでは魔法使いでないものたちが、世界の違いなど気にもせずに往来を続けていた。
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