第3話
俺は夢でも見ているのだろうか。
いや、これは夢じゃない。その証拠にこいつを見た瞬間に噴き出したミルクココアで口が濡れている。おまけにどこからか悲鳴も聞こえる。
それでも有り得るのか?学校の校舎を優に超えて、無数のツタできた胴体にパラボラアンテナのような大きい花を咲かせた朝顔なんて。
それに……
「動いて、る?」
胴体の一部であるツタを触手のように動かしている。それも一本だけじゃなく何本も。これは絶対ただの植物ではない。アニメや映画に出てくるような怪獣だ!
そ、それにしてもどうする?逃げるに越したことはないけど、どこへ?とりあえず家まで逃げれたら逃げよう。そうすれば捕まりは——、
「危ない!!」
「え?」
誰かの叫ぶ声を聞いた時には、俺は校舎内に倒れ込んでいた。その数秒後、ドドガッという腹に響く音が聞こえてきた。
慌てて起き上がって見てみると、俺がさっきまで立っていた場所に朝顔のツタが振り下ろされていた。それも一本だけじゃない、何十本ものツタを束にした巨大なツタだ。俺は思わず息を飲んだ、あのままあそこに居たらと思うとゾッとする。
それにしても、一体誰が俺を助けてくれたんだ?思い返してみると誰かに突き飛ばされたような……
「だ、大丈夫か少年?」
「ん?」
さっきの声がまた俺に呼びかけてくる。
視線を少し下げると、そこには今朝玄関で俺に突っ込んできたチワワがいた。
「まさかお前が助けてくれたのか?いやーありがとうな!」
俺は嬉しさのあまり犬を抱き寄せた。別に鶴の恩返しのように助けた覚えはないけど、きっと俺の身が危ないことを察知して来てくれたんだな!なんて賢いワンコなんだ!もし無事に帰ることができたらこいつをペットにしよう!
「それにしてもさっきの声は誰だ?そいつにも一応礼を——」
「あの、ちょ、苦しい!苦しい!!」
「えっ?」
俺の胸元からさっきの声が聞こえてきた。そこにはジタバタしている犬しかいなかった……おかしい、これはおかしいぞ。俺が抱きかかえているのは犬であって人じゃない。それなのに声が俺のすぐ近くから……
「いい加減離してよ!僕にそういう趣味はないから!それともソッチ系?獣系が好きなの!?マニアックにもほどがあるよ!」
「どおおぅわぁ!?」
突然喋り出した犬に驚き、思わず中庭の方へと投げた。
叫びながら飛んで行った犬は、すでにツタがいなくなっている通りに着地し肉球でブレーキを掛けながら止まった。
するとすぐさまこちらに戻って器用に中庭へのドアを閉めた、過呼吸になるんじゃないかと思うほど息が荒い。
「何をするんだ君は!殺す気か!」
「や、やっぱり喋った!なんなんだお前!」
俺の問いかけに答えるために、犬は何度か深呼吸をしてから咳払いをした。
「僕の名前はマーチ。犬の聖獣だよ」
「聖獣?」
「そう、魔法を使うことが許されたとても神聖な生き物なんだ!」
さっきソッチ系とか獣系とか言ってたような気がするけど、今はそれどころじゃない。
「マーチとか言ったな、お前あの朝顔のこと何か知らないか?」
「知っているさ。あれは“バク”、人の願いを叶える為に現れる怪物だよ」
「人の願い?こいつも誰かの願いを叶える為にやってるってことか?」
だとしたら、こいつは一体どんな願いを叶えようとしてるんだ?
「アイツのツタの先を見てごらん」
俺はマーチに促され、中庭へのドアをゆっくり開けた。
アイツにバレないように影から怪物のツタを辿っていく。地上から伸びているツタは途中で枝分かれし、宙で蠢いている。そしてその先には……
「んっ、くぅ……」
「い、いやぁ……」
女子高生がツタに捕まり、ブレザーやらスカートやらが捲れてあられもない姿に——って!
「うおい!なんだあれ!?」
「あんなので顔赤くしちゃって、なんだい君?もしかして
「どどどどど童貞ちゃうわ!あれが願いになんの関係があるんだよ!」
「だからあれが願いだよ。おそらく触手に捕まってあられもない姿になる女の子を見てみたいとでも願ったんだろうね」
「なんちゅうロクでもない願いを叶えようとしてんだよ!」
最悪だ。俺はあんなのに殺されそうになったのか。もし死んでたら変態怪獣に殺された男として身内に笑われていた!
「……アイツは誰かの願いを叶えようとしてるんだよな?もうあれで十分叶えてるんじゃないのか?」
「そこがバクの厄介なところなんだよ。どんな願いだろうと一度叶えたら終わりじゃない。それを永遠と叶え続けるんだ。それも、どんどん過激になっていく。あのまま放置していたら、全世界の女の子がアイツのツタで絡め取られるだろうね」
それを聞いて背筋に嫌な汗が流れたのを感じた。そんなことになったら愛華ちゃんが……!!それに世界だって滅びるかもしれない!!
「なあ、アイツなんとかできないのか!?」
「安心するといい!それをなんとかするのが、僕たち聖獣がサポートをする魔法少女の仕事だよ!」
「魔法少女!?」
まさか二次元の世界にしか存在しない魔法少女が三次元に存在するとは、信じられないことだがこんな状況だ。信じるしかない!
「それで、その魔法少女っていうのはどこにいるんだ?さっき外を見た時には見かけなかったけど」
俺の質問に、さっきどや顔で「魔法少女の仕事だよ!」とか言っていたマーチは何故か俺から目を逸らした。
「い、いるよ?」
「えっ、いるの?」
「う、うん、もうここにいる。ていうかバクが現れる前からいる」
「マジで!?」
現れるのを見越して先回りしてたってことか、なんて有能な——あれ、だとしたらなんで今戦っていないんだ?
「あ、ああ、でも~その~なんていうか~……」
「なんだよその煮え切らない返事」
「今はその、変身してないっていうか、出来てないっていうか……」
「えっ、じゃあ早く変身して戦ってくれよ!もう暴れてんだぞ!見ろ、さっきより捕まってる人増えてるし!」
ドアの影から見えるバクが教室から次々と女生徒を引きずり出している状況を、マーチの首根っこを掴んで見せつける。
「う、うん、そうだね、そろそろやばいね」
「だろ?じゃあ早くしろよ!」
「で、でもな~……」
「あーもう焦れったいな!なんだよ一体!」
いつまで経ってもハッキリした返答をしないマーチをこっちに向けて怒鳴りつける。前足を何度も合わせながら、今朝のような滝の汗を流す。すごい人間味のある犬だ。
「えーと……その子まだ魔法少女になりたてっていうか、今朝なったばかりだから変身の仕方を知らないんだよ」
「はぁ?それならそれで早く教えてあげろよ」
「ごめんなさい、ほんとごめんなさい……」
「それで、その子はどこにいるんだ。連れてってやるから」
「えーと、どこにいるかというと……」
マーチは前足を前に突き出した。
それを見て俺は後ろを向いた。そこには職員室へと続く廊下と二階に上がる階段があった。
「向こうにいるってことか、それじゃあ——」
「君」
「……………………………………は?」
「君なんだよ……その魔法少女……」
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