第101話 ありがとう

 夕食後、祐太の部屋に来ている。

 ずいぶん久しぶりに来たなぁ。そういえば女子化してから初めてかも。


 部屋を見渡した限りでは、フィギュアだったりポスターだったり、アニメやゲーム好きを示唆するようなものは何も見当たらない。


 祐太はベッドに腰掛けたまま気まずそうに俯いている。

 わたしは床にそのまま座って祐太が話すのを待っていたのだが、ようやく祐太はその重い口を開いた。


「なんで?」


「ん?」


「なんでバレた?」


「あぁ〜、それね。結構ネットで話題になってるらしいじゃん。それで友達がわたしに似てるって言ってて、見てみたらどう見ても祐太だったから……」


「はぁ〜……」


 溜息を吐いたきりまたおし黙る祐太。


「祐太がああいうの好きだったって全然知らなかったわ」


「……ああいうのって?」


 ちらちらとこちらを窺うようにして遠慮がちに訊いてくる祐太。


「ん? だからアニメとか、ゲームとかのキャラ?」


「あぁ……まあ好きっちゃ好きだけど……」


「だけど?」


「……はぁ……」


 また溜息……。

 なんだ?

 何を言いあぐねているんだろうか?


「僕は……子供の頃から……女の子になりたかったんだ……」


 なぬっ!?


「って言っても、別に男が好きとかじゃなくて……ただ……外見的に女の子がかわいいなと思ってて……小さい頃、お姉ちゃんがいっつも髪とか服とかかわいくしてるのを見て、羨ましいなって」


 うむむ……。

 これはあれか、恭平さん的なやつだろうか……。


「だから正直、かー君が女になってお姉ちゃんと服をあれこれ着まわしたりお洒落してるのを見てるうちに、なんか羨ましいっつうか悔しいっつうか……なんとも複雑な気持ちになったんだ……」


 あーーっ。

 祐太がなんかよそよそしかったのってそれか!?

 温泉行った時に、待っててって言ってたのは、自分も女の子になってみせるってことだったとか?


 うぅん……こういう場合なんと声をかけるのが正解なのか……。

 さっぱり分からん……。


「まあでも、ずっと女の子でいたいって思うわけでもなくて……。たまたま友達に誘われてコスプレやってみたら、自分のやりたかったことができて案外これがちょうどいいかなとか思って……それにネットでみんなに褒められるとなんだか認められた気がしてどんどんハマっちゃって……気がついたら結構有名になってたんだ……」


 なるほど……。


「いいじゃん! 画像見たけどすごくかわいかったよ。誰にも迷惑かかるわけじゃないし、悪いことでもないし、わたしは祐太がやりたいことをやれて楽しんでるならいいと思うよ」


「ホントに?」


「もちろん。正直あそこまでクオリティ高いならどんどんやれって応援したい気持ちだよ」


「そっか……」


 祐太はわたしの言葉を噛みしめるようにして呟いた。なんかウルウルしてるようにも見えるんだけど、ちょっと大袈裟じゃないか?


「あ、そういえば春休みに毎日友達のところに出かけてたのって、もしかしてコスプレ関係だったとか?」


「うん、そうだよ。仲間と衣装探しに行ったり撮影したりしてたんだ」


「ねえねえ。ネットの画像以外にももっとあるの?」


「……まあ……あるけど……」


「見せて見せて!」


 わたしが頼むと渋々タブレットの画像を見せてくれた。

 どこが凄いとかここがかわいいとか褒めているうちにわだかまりが解けてきたのか、色々と解説をしてくれて動画まで見せてくれた。


 てか結構露出が多くて際どい写真が多くてなんだか見ててドキドキしてしまった。

 よくよく考えたらこれ祐太(男)なのになんなのこの腰のくびれ? それに相当際どいビキニパンツ履いてるのに股間が全くもっこりしてないんだけど、どうやってんのこれ? 今ならむしろわたしの方がもっこりするんじゃ……?


 次から次に疑問が湧いてきて相槌が雑になってきてるが、祐太はそんなことお構いなしにますます興が乗ってきた様子だ。

 最終的には顔を上気させながら熱く語り出し、本気で好きなんだなぁと感心させられた。


 わたし自身にここまで熱くなれるものがあるかといえば、思いつくものがない。

 趣味としていて結構凝ってることはたくさんあるんだけど、祐太みたいな熱を持ってとことん打ち込んでいるかというとそこまでのものはない。

 だからちょっぴり祐太のことが眩しく見えた。


「今度ビッグサイトのコミケでやる予定なんだ」


 コミケってあれか。ヲタクの祭典みたいなヤツ。

 へぇー。いよいよ本格的な場でコスプレデビューするってことなのかな。

 話によれば今までは自宅や友達の部屋で撮影してたらしいからな。


「そっかー。頑張ってね」


「うん。かー君……」


「ん?」


「ありがとう」


「うん……」


 祐太はすっきりと晴れやかな表情をしていた。

 これがあんな風に完璧な女の子になっちゃうのか。

 わたしはしげしげとその顔を見つめたのだった。

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