第60話 現状 I
翌日の土曜日、久し振りに秋菜と夏物の服を買いに出掛けることになった。
すっかり日差しも強くなったので、装いも夏向けだ。
わたしの今日の服装はノースリーブの襟付きワンピースだ。襟以外の部分には黄色いオーガンジー素材にフラワー柄の刺繍が施されている。それに、今やすっかり慣れたハイヒールのパンプスを合わせた。甲に向日葵の花があしらわれており、黄色くてかわいい。
こうして、女の子としておしゃれをして出かけることもほとんど抵抗感なくできてしまうくらいに女子化が進んでしまった。以前なら受け入れ難かったところだが、最近では前向きに捉えられるようになってきている。
秋菜の方は、デニムスカートと黒のギンガムチェックブラウスにネイビーのニットキャップ、それに足元はレースアップシューズというスタイル。黒タイツなので色味は全身黒っぽいのだが、暗く見えないのは秋菜の個性ゆえだろうか。
以前は二人のコーディネートのバランスが云々とうるさかった秋菜だが、何故かしらこの頃はうるさく言わないというか、むしろ敢えて外してきてる気がする。
最近は
なので着るものには別に困ることはないのだが、Dioskouroiで扱いのないブランドの服だとか、小物や雑貨などで別のショップを回ったりするのも楽しい。
なんてすっかり女の子だなぁ。ははは……。
二人でああでもないこうでもないと言いながら、アクセサリーを何点かと、わたしはスカートを購入した。
白地に紫系のアーガイル柄の膝上くらいの丈のスカートだ。
実は結局Dioskouroiで、いつものJohnbull Tumbleというブランドのものを買ってしまった。何だかんだ、秋菜もわたしも気に入ってるってことかな。
アーガイル・チェックは、元々戦地に赴く想い人のために女性が編んだ柄なんて薀蓄を店員さんから聞かされたが、本当かどうかは定かでない。
秋菜は別の店でサマーセーターを購入していた。わたしのスカートの後にコーディネイトするようにして購入していたので、どうせまたシェアする気なのだろう。
秋菜は衣装持ちなので、そんなにシェアする必要はないはずなのだけど、わたしの服を見ると着たくなるらしい。多分わたしがが着ていると自分と見た目が同じなのでイメージしやすいから便利なんだろうな。
わたしも秋菜を見てるとその服を着たくなることが多々あるから分からないでもない。
買いものを存分に楽しんでから、帰る前に昼食でも取ろうかということになってファミレスに入った。
席に案内されて注文をしてから、ドリンクバーで好きなミックスジュースを作る。わたしは果汁百パーセントのオレンジジュースを炭酸で割った。ストレートだと甘すぎるし、何となく糖分やカロリーのことも気になるし、いつもそうして飲んでいる。
「秋菜の何それ?」
秋菜が持ってきたドリンクは薄茶色でウーロン茶みたいに見えるが、発泡しているので炭酸風だ。
「これ? アップルジュースと紅茶をジンジャエールで割ったの」
「うぇっ、何それ不味そ」
「ふふーん、これが美味しいのよ。知らないの? 勿体ない」
そう言って秋菜は、コップを両手で持って美味しそうにその謎の炭酸液体を飲む。
「マジで? ちょっと味見させて」
味についてはかなり懐疑的ではあるが、それより好奇心の方が上回ってしまい、秋菜からコップを受け取り恐る恐る一口啜る。
「どう? 意外とイケるでしょ?」
「ほぉ。ホントだ。悪くないね」
「でしょうが〜。結構美味しいんだって、これ」
得意気に秋菜が言うのがちょっと悔しいが、でも確かに悪くはない。
※個人の感想です。
「じゃあわたしも作ってくるかな。分量どれくらいにした?」
「ん? コップにプリントされてるロゴマークの下までジンジャエールで、ロゴの真ん中までリンゴ、残りが紅茶って感じ」
「へ〜、分かった。ちょっくら作ってくるわ」
ものは試しだ。わたしは秋菜が飲んでいた謎の液体を調合すべく、ドリンクバーのコーナーへと向かった。
その途中で携帯に着信があった。十一夜君がLINEで、これから丹代さんを移送するという情報を送ってきたのだ。
丹代さんは、今までは療養のために現在近県の某所——十一夜君のセーフハウスなのでわたしも場所は知らない——に滞在していたそうだ。しかし今ではすっかり健康状態も良くなり、同じ場所に長く滞在するのは危険でもあるしということで、十一夜君の目が届きやすい近場に場所を移すことになったのだ。
それで、これから移送するという情報をわざわざ知らせてくれたわけだ。わたしに知らせてもわたし自身は何の役にも立たないというのに、こういうところが律儀な人だ。
席に戻ると、注文していたハンバーグセットが来ており、秋菜は先にパクパク食べ始めていた。
「先にいただいてるよ」
「おぉ、オッケーオッケー。わたしもいただきま〜す」
「ねぇねぇ、夏葉ちゃん。最近どうなの?」
「ん、何が?」
「気になる男子とかいないわけ?」
「はぁ? そりゃ女子としての生活にも慣れてきたけどさ……流石に男と恋愛とかはないわ」
「ふ〜ん、相変わらず拘ってるんだぁ。何が嫌なの?」
「えぇ? いや何がって……う〜ん、何だろうなぁ……」
やっぱりつい何カ月か前まで男で、それまでストレートだったわけだし、それが女になったからすぐに恋愛対象が男になるのかっていうと、そう簡単に割り切れるものでもないんだよなぁ。
別にだからと言って女子が恋愛対象なのかっていうと、そんな感じもしない。
「そうなんだ〜。そこの変化はゆっくりなのかもね。でもさ、何となくこの人のこと気になるな〜とかホントに全然ないわけ?」
「いや〜、何て言うか、男を恋愛対象として見るっていう発想が自分の中にないって感じかな。そりゃそうでしょ。ついこの前まで男だったんだよ? って言うかさ、秋菜こそどうなわけ?」
「わたし? う〜ん、わたしはあんまり。ピンとくる子がいないっていうのかな〜。あ、でも夏葉ちゃんのクラスの十一夜君だっけ? 前に夏葉ちゃんがお泊まりデートした彼。かっこいいよね」
「え、十一夜君? デートじゃないし。何回も言ったじゃん、もぉ。妹の聖連ちゃんと仲良くなって泊まりに行っただけだって、しつこいな」
「ほほぉ〜、それじゃわたしが貰っちゃってもいいのかな〜?」
「は? 好きにすれば? そういうのじゃないし。て言うか物みたいに言うなよ」
「あは。ムキになっちゃって、夏葉ちゃんってばかわいいの」
「うっさい。バカ秋菜が」
「もぉ〜、冗談だから怒らないでってば」
ちょっと腹を立てて秋菜を睨むと、人の顔を見ながらニタニタと笑っている。何だよ。にやけやがって、腹の立つ。
そうして腹が立ちつつもふと、以前叔母さんから聞いたエピソードが頭に過ぎり全身で否定したくなった。そう、母と叔母さんが男性の好みが丸被りだったため、結構な攻防戦を繰り広げていたとかなんとかいう話だ。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけだが、自分と秋菜にそれを重ねてしまい、総毛立つような怖さを感じた。男を好きになるなんて考えたくないものだ。
だけどこのまま一生恋愛することもなく年取っていくのか? それはそれで寂しい気もするけど、今はまだそんな先のことまでは考えられない。
まぁ偶にこうして秋菜とやんややんやと言い合っているのは気が楽だけど、明日は細野武蔵さんに会いに行かなくちゃならないんだよな。ぶっちゃけ面倒臭いよ。
明日のことを考えると、気楽なはずの昼食もちょっとだけ憂鬱になってしまうのだった。
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